水面の目玉

 池のそばを目玉模様の蛾が飛んでいた。


 この池にはこんな噂がある。朝早く、池のそばを散歩していた女の子がいた。けれどその子は、女の子のスカートを切り裂く通り魔に襲われて池に飛び込んだと言う。通り魔はそのまま逃げてしまったが、カナヅチだった女の子はそのまま溺れて死んでしまった。


 数日後、また女の子を狙って来た通り魔は、池から視線を感じた。自分のせいで女の子が死んでしまったなんて知らない彼は、池の中を泳ぐ物好きがいるのだと思った。目撃者がいるならここは避けなくてはならない。一体どんな奴だ、と水面を見た彼は息を呑んだ。


 水面から目だけを出した人の頭が見えたからだ。

 あの時池に飛び込んだ女の子が待ち伏せしていると思った男は、慌てて立ち去った。けれど、いつ来てもその顔は水面から目だけを出している。怖くなった男は、ついにその頭に石を投げつけた。


 その途端、顔が水面からものすごい勢いで飛び出して彼に向かって来る。通り魔は悲鳴を上げた。

 それは人ではなくて蛾だった。羽に目玉模様のついた蛾だったのだ。その一匹を皮切りに、次々と同じ種類の蛾が通り魔に群がる。鱗粉には毒があって、男はその毒で窒息して死んでしまった。

 あとで解剖したところ、肺には水がたまっていたそうだ。


 今でも、この池には目玉模様の蛾がよく飛んでいる。

 まるで不埒者を見張るかのように。


「て言う話があってな」

「いや無理でしょ。毒蛾でもそんなことになる?」

「いや噂だから」

 池の周りをランニングしながら、男子高校生二人が軽口を叩き合っている。

「つーか、ここでそんな通り魔があったとか聞いたことないし」

「蛾は飛んでるっすけどね」

「どこにでもいるだろ。威嚇だろ威嚇」

 二人は走りながら、向こうを歩くスカートの短い女子高校生に気付いた。制服からして他校だろう。

「やばくない、スカート」

「ちょっと近づいてみます?」

 二人は顔を見合わせると、何気ない風を装って女子高生に近づいた。


 水面に、目玉模様の蛾が一匹、まるで監視する目のように浮いている。

(目、スカート、蛾)

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