雀さんとラムネ
あの駄菓子屋の前に、俺はいる。
部活後、1人だけこちらを通って来た。
赤い花の飾りを作ったのは美紗だ。しかし、彼女は今まで1度も本州の外に出たことはないと言っていたし、親戚に沖縄の出身者がいたという話も聞いたことがなかった。
では、あの花の作り方はどうやって知ったのか。それはここの店主に習ったからと考えるのが妥当ではないか。
もしそうなら、店主は美紗の先生ということになる。
可能性の段階ではあるが、それは貴重な可能性だ。
それに根拠なら、ある。
「ねぇ、眞琴?」
「うん?」
大翔に名前を呼ばれ、目をやると、大翔は手元で彼女がくれたというお守り袋をいじっていた。
「このお守り袋さ、あの花の飾りと似てるよね?」
たしかに。赤がベースの花柄……。あの飾りと似ている。
頷くと大翔は話を続けた。
「それでもしかしたらって思って、聞いてみたらこの学校の近くの駄菓子屋でこう言うやつの作り方教えてくれてるんだって。
ワークショップみたいな感じで」
「そうなの!?」
「うん。だからあの花飾りも教えてもらえるかもしれない。
行ってみる?」
俺にはそれが神からの啓示とでも思えるほど、嬉しいものだった。
同じ班の人に相談したところ、誰か1人がアポを取りに行くということになり俺はその役を買って出た。
そして今に至る。
たぶん俺が今から会うのは美紗の先生。一体、どんな人なのだろう。
俺は期待に胸を高鳴らせ、扉を開けた。
「いらっしゃい」
お店にはおばあさんがいた。
白髪をお団子にしていて、椅子に座っている。優し気な人。
店内にはあの花飾りが吊り下げられていた。
商品はもちろんだが駄菓子、冷凍庫に入ったアイス、その場で作ってもらえるらしいお好み焼き(張り紙に書いてあった)や氷水につけられたラムネ、それにプラモデル等々。守備範囲が広い、というのが店内の第一印象。
俺は幼い頃に駄菓子屋に来た思い出があるわけではないが、なぜか懐かしく思えた。
「何をお求めで?」
感慨にふけっていたがおばあさんに声をかけられ、我に帰る。おそらく店主はこの人で間違いないだろう。
俺は慌てて何か欲しい物を探す。
何か冷たいものが良いな……。
あぁ、ラムネがあった。
「ラムネ下さい」
「1本100円だよ」
そう言われて俺は財布から百円玉を出してカウンター(というより机だろうか)に置く。
汗をかいたかのように水滴が散っているラムネを出されたが、どうしたものか、飲み方が分からない。
蓋に爪を引っかけて試行錯誤していると、おばあさんが隣にもう1本ラムネを置いた。
「こうやって開けるんだよ」
ラムネに付いていたピンクの丸い突起の付いたものを蓋に垂直に差し込んだ。瞬間、泡がラムネから溢れ出して、おばあさんはそれをすぐに口元に運んで飲んだ。
なるほど、そう飲むのか。
喉を鳴らしてラムネを飲むおばあさんの横で、俺は見よう見まねで蓋を開けた。溢れ出した泡が手を伝い、机に垂れた。
慌ててラムネを口に付けると、おばあさんはそれを見て笑った。
「ラムネを飲むのは初めてかい?」
「はい」
俺は少し顔を赤らめる。
「最近の子はあまり飲まないのかねぇ」
おばあさんは少しだけ寂しそうに呟く。
地黒な顔が下を向く。
「駄菓子屋に来る子も昔と比べてだいぶ減ったしねぇ」
「仕方がないか」と呟くと、おばあさんは立ち上がり、棚の中の整理を始めた。
先ほどまで座っていたから気が付かなかったが、この人、案外背が高い。170くらいはあるか。
思わず見つめていると、おばあさんは不思議そうな顔をしてこちらをみた。
「どうかしたかい?」
思わず「なんでもない」と言いかけて、当初の目的を思い出した。
「あのっ、僕南一高校の1年生の黒石眞琴といいます。ここに掛かってる赤い花の飾りの作り方を教えていただきたくて──」
すると、おばあさんは納得したように頷いた。
「いいよ。また文化祭かい?」
この言葉にドキリとした。来たことがある生徒は、もしかして。
「はい。
あの……“また”ってなんですか?」
期待を込めながら尋ねる。
「前にも来たんだよ。中学校の方だけどね。
美紗ちゃんって子でね。私のことを雀先生だなんて呼んでくれて……。だいぶ前から来なくなったんだけどね。
最後に来たときに、自分の作った飾りが備品として来年からも使われるかもしれないって、嬉しそうに言っててねぇ」
やっぱり、この人が“美紗の先生”だ。
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