3.ライトの婚約者!?

「ゲ、ソフィネ!? なんでここに!?」


 ものすごく嫌そうに叫んだライトに、少女――ソフィネは言う。


「もちろん、将来を約束した旦那様を追って来たに決まっているわっ!」


 未来の旦那様? 誰のことだ?

 いや、この流れからするとおそらく、俺の横で頭を抱えて座り込んでいるヤツライトのことだろう。


「そんなん、5歳のころの冗談っていうか、オママゴトみたいな約束だろうがっ」

「あらっ、5歳児の約束は意味がないと? あなたの仲間には5歳児がいて、とっても助けられたって聞いたけど」


 ソフィネはちらっとアレルやフロルを見ながら言う。

 確かに5歳児の約束事は意味がないなどと言ってしまえば、先日の魔の森でのアレルとの戦士の誓いはなんだったんだって話になる。


「それとこれとは全然別問題だろ……」


 力なく言うライト。


「ライトぉ? このおねーさん、ライトのお友達ぃ?」


 空気を読まないアレルの質問。

 ナイスだアレル。俺も詳細が知りたい。


「俺の家――実家の隣に住んでいたヤツだよ。確かに5歳のころ、一応結婚の約束をしたような気もするけどさぁ……」


 要するに、ライトの幼なじみの少女ってことらしい。


「……ソフィネ、なんで俺がこの町にいるって分かったんだ?」

「先日村に戻ってきたバーツ達に聞いたに決まっているじゃない」

「しまったぁぁぁぁ。あの3人に口止めわすれていたぁぁぁぁぁ!!」


 ライトはほとんど半泣きで叫ぶのだった。


 ---------------


 とりあえず、ギルドの入り口で立ち話もなんだということで、中に入って椅子に座る。

 机を囲む俺達5人。

 いや、俺的にはライトの痴話げんかとかあんまり興味ないんだが。たぶん、アレルもおなじだろう。

 フロルはニヤニヤしながら2人を見ているので、ある意味興味津々かもしれないけど。


「まあ、真面目なことをいうなら、私だって別に今でもライトと結婚したいと思っているわけじゃないわ」


 あれ? てっきり婚約者が追いかけてきたのかと思ったけど違ったの?


「お前がここを知ったってことは、親父やお袋や村長も?」

「ええ、もちろん」


 頷くソフィネ。

 ライト達はほとんど家出同然に村を出て、この町のギルドで冒険者登録をしたらしい。

 別に珍しい話ではない。冒険者の中にはそういう連中も多い。


「もっとも、小父様達はバーツ達の話を聞いて、ライトがそこまで頑張っているならば認めようって仰っていたわよ」


 なかなか理解のあるご両親じゃないか。単に諦めただけかもしれないけど。


「ただねぇ、私としてはやっぱりライトが心配なのよ。泣き虫ライトのくせに、カイに触発されて冒険者になるなんて言って村を飛び出しちゃってさ」

 

 もともと、ライト達4人の中で、冒険者になろうと言い出したのはカイだったらしい。次にバーツが乗り気になり、マルロとライトはむしろ最初は消極的だったとか。

 もっとも、結果は先日のようなことになったわけだが。


「誰が泣き虫だよ……」

「あら、5年前までオネショしては怒られて泣いていたじゃない」


 ちなみに、彼女の声はあいかわらずキンキンしていて、ギルド内のほとんどに聞こえている。


「へー、5年前までオネショね」「オネショライトちゃんか」「天才オネショ少年戦士くんかな?」


 ギルド内の冒険者達が口々に囃し立てる。


「うぅぅぅぅ」


 もはやうめくことしかできないライト。

 そんなライトにアレルとフロルがとどめを刺す。


「ライト、7ちゃいまでおねちょしていたのぉ? アレルはもうおねちょしないよぉ?」

「違うでしょ、アレル。13ひく5は8よ」

「しょっかぁー、8ちゃいまでかぁー」


 お前ら、悪意はないんだろうけど、さすがにライトが可愛そうだろ。

 いや、フロルのニヤニヤ顔は悪意十分か。


 そんな俺達に、ミレヌがコップに入った水を持ってくる。

 冒険者ギルドでは簡易的な喫茶店――あるいは居酒屋的なサービスもしているのだ。


「どうぞ。皆さんお疲れでしょう」


 確かにね。鉱山から歩き通しだし。この水は嬉しい。


「あ、でも、ライトさん。飲み過ぎてオネショしたらダメですよ」


 ミレヌにまでニヤニヤ顔でそうからかわれ、今度こそ、ライトは完全に沈没していくのだった。

 合掌。


 ---------------


「で、結局お前は何しに来たんだよ?」


 とりあえず、水をググッと飲んで少し立ち直ったのか、ライトがあらためてソフィネに尋ねる。


「私も冒険者になろうかと思って」

「はぁ?」

「そうすれば、ライトの面倒も見れるし。それに、私だって村の中で一生を終えたくはないわ。っていうか、もう登録した」


 ソフィネはそう言って、冒険者カードを俺達に見せる。


 ===========

 氏名:ソフィネ

 職業:冒険者(レベル0)

 HP:45/45 MP:0/0 力:39 素早さ:62

 装備:旅人の服/木製の弓

 魔法:なし

 スキル:アイテム鑑定 初級/罠発見 初級/罠解除 初級/解錠 中級/必中 Lv1

 ===========


 うん? このスキルってひょっとして?

 俺はソフィネに尋ねる。


「ソフィネってひょっとしてレンジャー?」

「ええ。まあまだレベル0なので、厳密にはレンジャー志望だけど」


 なんでも、ソフィネの父親は元冒険者のレンジャーらしい。現在は時計技師や錠前技師をしているらしいが。

 ソフィネも幼い頃からレンジャーの基本技術を仕込まれていたとか。

 ちなみに、『必中』っていうのは弓矢の技術らしい。


 っていうか、この子すごくない?

 HPや力、俺やフロルよりはるかに多いし、素早さにいたってはライトより上じゃん。


 シルシルじゃないけど、俺達にはレンジャーが必要で、ひょっとして渡りに船ってやつなんじゃ。


 だが、そんなソフィネにライトが言う。


「ふんっ、お前なんかが冒険者をやっていけるわけないだろ!?」

「あら、ちゃんと登録できたわよ」

「ミレヌから説明聞いていないのかよ!? レベル0は誰でも登録できんの。レベル1になるのは、そりゃあ、もう大変なんだからな。俺で120日、アレル達ですら30日くらいかかったんだから」


 だが、その言葉をソフィネはむしろ鼻で笑う。


「まあ、そんなちびっ子たちが30日でできることに、ライトは120日もかかったのね。それでよく威張れるわね」


 この言葉には、さすがにギルド内の空気が変わる。

 そりゃあそうだ。俺達が異常に早かっただけで、120日だってかなり早いのだ。

 ここにいる冒険者達の中には300日かけてレベル1になった者もいれば、1000日レベル0のままのヤツもいる。

 一応、みんな初心者の戯れ言と受け取ってくれてはいるみたいだが、心中穏やかではないだろう。


 だが、そんな空気など全く気づかず(あるいは気にせず)、ソフィネはライトに言った。


「いいわっ。私は20日でレベル1になってみせる。そうしたら、あなたたちのパーティに入れなさい」


 おいおい。20日って。


「いいぜ、やれるもんならやってみろよっ! その時は土下座して『俺達の仲間になってください』って言ってやる。その代わり、20日後にレベル0のままだったら諦めて村に帰れよ」

「ふふん、分かったわ」

「おーし、約束だぞ。これはままごとじゃないからなっ!」


 ライトがここまで自信満々に言うのもわからなくもない。

 レベル1になるためには、最低でも20回依頼をこなさなくてはならない。

 毎日1回こなしたとしてもそれだけで20日かかってしまう。

 しかも、テストは条件を揃えて申し込んでから2日くらいは経たないと受けられない。


 つまり、20日でレベル1になるのは物理的に不可能。

 ライトの中ではそんな判断もあったはずだ。もちろん、売り言葉に買い言葉という側面も大きいだろうが。


 実際、ギルド内の誰もが条件をクリアーするのは無理だろうと思っていた。俺も含めて。


 だが。

 世の中にはそんな計算、あっさり乗り越えるヤツもいるのであると、それこそ20日後俺達は思い知るのだった。

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