2.幼女な神様シルシル
俺が目を覚ますと、そこは見たことがない部屋の中だった。
四畳くらいの部屋の中にはテレビとタンスがある。
だが、一番印象的なのは目の前にいる存在だ。
なんと、羽の生えた幼女が宙に浮いていた。
彼女は俺を指さし大いばりで言った。
「おう、やっと起きたか!
わけがわからない。
「……えっと、なにがどうなっているんだ? ここはどこ? お前は誰?」
俺の問いに、幼女は答える。
「ふむ、ここは輪廻の間じゃ。そして、ワシはシルシル。分かりやすくいうと神様じゃ」
ずいぶんと年寄り臭いしゃべり方をする幼女だ。
それにしても、質問に答えてもらっても、やっぱりわけがわからなかった。
「えっと……どういうこと?」
「むむむ、物わかりの悪いやつじゃな。それとも記憶がおかしくなっておるのか? ほれ、最後の記憶を思い出してみろ」
ふむ。
最後の記憶。
えーっと。
そうだ。
あれは50社目の就職面接の直後のことで……
俺は記憶の糸をたぐり寄せた。
---------------
またダメだったか……
俺はため息交じりに道ばたに座り込んだ。
半年前に就職活動用に作ったリクルートスーツのズボンが汚れてしまうが、そんなことを考える気力もわかない。
ほんの数分前まで、俺は近くにある某会社の面接を受けていた。
結果は後日郵送でとのことだったが、考えるまでもなく不採用だろう。
なにしろ、俺の両隣の兄ちゃん、姉ちゃんには面接官がいくつも質問していたのに、俺への質問は一つだけ。
「あなたのお父様は、現在強盗殺人罪で服役中ですよね?」
……分かっている。
父のしでかしたことは、確かに許されることではない。
被害者遺族に対しては息子として申し訳ないと思う。
だが。
父が事件を起こしたのは俺が赤ん坊の時のことだ。
にもかかわらず、俺は幼い頃から『殺人犯の息子』という十字架を背負って生きてきた。
小学校では当然のように虐められた。
学校内で給食費の窃盗事件があったときは、なんの根拠もなく俺が犯人扱いされた。
友達からだけでなく、担任の教師からもだ。
それでも、俺は品行方正に生きてきたつもりだ。
母は世間の白い目に耐えながら俺を育ててくれた。
母に迷惑はかけられない。
高校を卒業したら仕事に就いて、これまでの恩返しがしたい。
ずっと、そう思って、だからこうして会社を回っている。
今日の会社ですでに50社不採用。
むろん、全てが父の事件のせいだとはいわない。
俺自身の力不足もあるだろう。
だが。
それでも。
やっぱり、殺人犯の息子は真っ当には生きられないのかな……
そんな風に思ってしまう自分がいることも事実だった。
---------------
俺が本日30回目のため息をついたころのことだった。
車道に黄色いゴムボールが転がるのが見えた。
そして、そのゴムボールを追いかけて、3歳くらいの男の子が車道に飛び出す。
おいおい、まずいだろ……
彼が飛び出した場所は横断歩道じゃない。
車も結構走っている。
幼児が車道に飛び出すのは危険極まりない。
母親は?
少し離れたところで他の奥様方と談笑中。
そこまで俺が認識した次の瞬間。
男の子の方に向かってくるトラックが現れる。
運転手も気づいたのか、あたりにクラクションが鳴り響く。
一瞬遅れて母親の悲鳴。
男の子は事態が理解できているのかいないのか、ポケーッとした顔で自分に突っ込んで来たトラックを眺めている。
俺は……
たぶん、この時俺にはいくつか選択肢があったはずで。
見ず知らずの男の子を助ける義理なんてなかったかもしれない。
それでも。
自然と体は動いていた。
俺は男の子に駆寄り――
――彼を突き飛ばして助けた後、背中に大きな衝撃を受けて空中を舞った。
あ、これ死んだかな? 母さん、ごめんよ……
地面に激突する寸前、俺は何故だか妙に冷静にそんなことを考えたのであった。
---------------
そうだ。
そうだった。
俺はあの男の子を庇って、トラックにひかれたのだ。
ということは、ここは……
「ここ、病院、じゃないよな?」
「じゃから、ここは輪廻の間だと説明しただろうに」
ふむ。
リンネ……輪廻……確か、生まれ変わりとか、そういう意味だったか?
「えっと、つまり、俺は死んだ?」
「ふむ、だんだん分かってきたようじゃな」
幼女――シルシルは満足げに頷く。
「もっとも、おぬしはまだ死んではおらん。死ぬ直前じゃ。ま、このままなら死ぬがの」
シルシルの態度はやたら軽いが、俺にとってはなかなかにショッキングな話である。
「じゃが、朱鳥翔斗、おぬしは運が良い。自らの命を投げ出してまで幼子を助けるという人の良さに免じて、蘇生のチャンスが与えられることになったのじゃ! やったのっ!」
シルシルがバンザーイをすると共に、どこからか鳴り響くファンファーレ。
生き返るチャンス、ねぇ。
「そりゃあ、ありがたいことだけどさ」
「なんじゃ? 気乗りせんのか?」
「いや、もちろん、俺だって死にたいわけじゃないよ。だけど、さ……」
正直なところ、疲れていた。
幼い頃から背負っていた『殺人犯の息子』という烙印。
上手く行かない就職活動。
死にたいと思っていたわけじゃない。
だけど、生きるのに疲れていたからこそ、とっさに子どもを庇って死ぬなんていう行動ができたんじゃないかなとも思う。
「ふむぅ。煮え切らんのう……ならば、これを見てみてはどうじゃ?」
シルシルはテレビを指さす。
リモコンもないのに、彼女のその行動だけで画面に映像が表示された。
「……俺?」
そこには頭や手足を包帯ぐるぐる巻きにされ、人工呼吸器をつけられた俺の姿が映されていた。
「ふむ、あの後おぬしは救急車で病院に運ばれたようじゃの。今も生死の境をさまよっておるぞ」
そして、俺が横たわったベッドのそばには、泣き顔ですがりつく母の姿があった。
「母さん……」
映像を見ながら、俺は思わず呟く。
そうだ。
俺が死んだら、母は一人きりになってしまう。
そんなのダメだ。
「本当に、生き返れるのか?」
「ふむ。試練を乗り越えればの」
試練。
やはり、簡単な話ではないのだろうか。
だが。
「わかった。試練でもなんでもうけてやる。だから生き返らせてくれ」
「そうこなくては、じゃなっ!」
シルシルは満足げに頷いたのだった。
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