ロングトラベラーズ

ソメガミ イロガミ

ロングトラベラーズ

ジョージはうまれた。

なぜうまれたのかもわからぬがうまれた。

男の腹が糸をひきながらぎちぎちと音を立てて開く。血がどろりと床にたれて、血まみれのジョージはうまれた。

ジョージはユーカリの葉を食べたかった。生きているから食べたかった。狂いそうなくらいに目を見開いて窓ガラスに張り付いてユーカリの葉を食べていた。ユーカリの葉はジョージの歯を溶かした。

マリアの乳は大きかった。それは、ジョージの嫌悪感を刺激していた。だがマリアに罪はない。マリアはいい人なのだ。だからマリアと乳は乖離せねばなるまいとジョージは考えていた。ジョージはバタフライナイフを片手に握りしめていたんだ。

ウィンナーというものは切り裂かれるために生まれたようなものである。ほら、みろ。ミケランジェロがガラス棒でシラクスの町の地面を叩きながら全裸で走る。ミケランジェロは叫ぶ。

「マリアのおっぱいはよいおっぱーい!!」

そしてウィンナーが生まれたのだ。







ジョージはA-4のコピー用紙に書かれたその文字列を見つめてため息をついた。

「なんだこれは」

マリアはジョージの手元からコピー用紙を奪い取り、ぱんぱんっと手で叩く。

「ミケランジェロが書いたのよ」

「…!?あいつは植物どもに食われて死んだはずじゃ……!」

マリアはその言葉を聞き、ジョージから目を背けた。

「霊安室に……死体を持ち帰ったの」

「なんだと!?」

ジョージは立ち上がり、マリアに詰め寄る。

「あれだけ死体は持ち帰るなと言ったろう!どんな病原菌や寄生虫がついとるかわからんと言ったろう!!」

「だって彼は私の恋人なのよ!!」

「情は捨てろマリア・シルベスター!!!」

「情を捨てたら私たちは何になるのかしら!!それこそ私たちが植物に成りかわるようなものよ!!」

マリアはジョージを殴ると、乱れた呼吸を整えて部屋に戻っていく。

頭を抱えたジョージは、そのまま机に突っ伏した。

「何故首をもがれて死んだミケランジェロがあんな文字が書けるというんだッ……狂ってるよ……マリア・シルベスター……」





「これはなにかしら」

マリアは手帳に殴り書きされたそのメモを見て、思わずそう声を出してしまった。

「SF小説かな…ヤツの遺言がそれっていうのが謎が謎を呼ぶがね……」

煙草をふかして壁に寄っかかるミケランジェロはそう言って煙を吐いた。

「ジョージはあの植物だらけの管理棟の探索時でさえ精神汚染が進んでいた。あの頃から狂いきってしまっていたんだよ……」

「でも……なんの意味もなくこんなものを書くかしら」

「さぁな。狂人の思考回路なんぞ理解できん」

「狂人にも狂人の論理があるわ。私はこのメモには意味があると思うわ」

「へぇーっ。そうかい、マリア……」

「すべてのものに意味があるの…だから私は」

「意味?意味だってぇ!?ハッ!!ちゃんちゃらおかしいな!あんな意味のわからん植物どもが存在することに意味があると?そう思ってるのか!!狂ってるぞマリア!!」

「意味のないものを主は創らないわ!!」

「主なんてものはいないから意味のないものは乱立しているんだ。受け入れろマリア」

「ちがう!!ちがうちがう!!!」

「ジョージの死を無駄にしたくない気持ちはわかる。あいつがなんの意味もなく死んだことを受け入れたくないこともわかるさ。だが、それとこれとは話が別だ」

ミケランジェロは煙草を床に捨て、足で踏み潰す。

「この通路の先に、宇宙船があるんだ。さぁ、いくぞ」

その通路はどこまでも続くようにも思える人一人がギリギリで入れる程度の細い通路であった。だが、その先に救いの船があるということを2人は信じて疑わなかった。




「気晴らしで書くにしては趣味の悪い小説だぞ。ジョージ」

机に向かうジョージに、ミケランジェロは背後から語りかける。ジョージはその声に気づくと、回転椅子を回してミケランジェロの方を向いた。

「2人っきりの宇宙船じゃあ暇だろ?だからの暇つぶしだ。娯楽が閉鎖空間には必要だ」

「にしてはお前が死んで、よくわからない仮想の女性と俺が語り合ってるっつーのはまた意味のわからない娯楽だな」

「物事のすべてには意味があるんだよ」

「お前はマリアポジションか」

「ああ、勿論。君と対等な立場で話し合えるのは僕くらいだからね」

「なら何故またマリアなんていう女性を登場させたんだ?むさ苦しいのが嫌だったのか?」

「違うよ」

「ほー。じゃあなんだ?」

「僕がユーカリの葉を食べたら歯が溶けるからだよ」

「は?」

「マリアはね、僕のユーカリの葉なんだ。食べると歯が溶けるんだ。でもそのかわりに、マリアは幸福を与えてくれるんだ。だからこれは依存性が高いんだ」

「なにをいっている」

「君と僕の関係にそっくりじゃないか。君は僕に依存しているんだ。だから僕は小説を書いた」

「まったくもって非論理的だな。意味が通じてさえいない」

「いや、これは合理的なんだよ。これが本当の合理主義なんだ」





植物はうねっていた。

地を這い、うねる。

だが彼らは知らなかった。

マリアは甘い蜜を垂れ流しながら死んでいることを。

そしてマリアに覆いかぶさるようにして三人の男がいたことを……。


ーーーーー……ユーカリの葉を齧った僕の葉は溶けてしまったんだーーーーーー

ーーーーー……悪い冗談だなとミケランジェロは笑ったーーーーーー



ほんの一瞬だけ笑ってたんだ。

今や眼球もないロジャースも。

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