第18話 いつもより早い朝
「あっぶねー!!」
朝起きた俺の第一声がそれだった。
十秒ほど前、俺が目を覚ますと制服姿の萌絵が馬乗りになっていて、いきなり俺の頬にキスをしようとしてきた。咄嗟に首を曲げて回避したが、曲げ方が悪かったのか、結構痛い。
「ちっ、外した」
「外したじゃねぇよ! お前、何しに来た」
「何しにって……おはようのチューをしにきただけだよ」
当たり前のように言ってるが、この状況を他人が見たら、完全にイケないことやってるようにしか見えねぇぞ。
俺は手で自分の顔をガードしながら体を起こし、萌絵を俺から引き離した。
時間は午前五時半。まったく、こんな朝早くから勘弁してくれよ。正直まだ眠いが、俺は睡眠に時間を
「萌絵、着替えるから部屋を出てくれ」
「着替え見られるの嫌なの?」
「嫌に決まってんだろ。逆に訊くけど、お前は着替えるところ見られたいか?」
「私はお兄ちゃんに見られるなら平気だよ。何なら今から脱いでもいいけど」
やめろやめろやめろ。それは色々とマズい。
俺は暴走しかけている萌絵を抱え上げて、部屋から追い出そうとした。そこで萌絵が言う。
「もう、お兄ちゃん、いきなりお姫様だっこだなんて大胆~」
「離すぞ」
「それはやめて。ごめん、おとなしくするから」
だったら、最初からそうしてくれ。朝から余計な体力使わせやがって……。もうそろそろドアに鍵を付けた方がいいかもしれない。ネットで探せば、取り外しできる補助鍵も売っているだろう。
俺は萌絵を追い出した後、制服に着替えていつもより早く勉強を始めた。
だが、睡眠時間が短かった影響か、中々勉強に身が入らない。スマホで時間を確認すると午前六時。いつも起きている時間だ。俺は顔を洗ってリフレッシュしようと、洗面台に向かうためドアを開けた。その瞬間、何かが当たり、物が落ちる音がした。
「う~、鼻痛い」
部屋の外で、萌絵が涙目になって両手で鼻を押さえていた。床に筆記用具とノートが落ちている。
「お前、何やってんだ」
「一緒に勉強しようと思って……いきなりドア
説明が飛び飛びだが、言いたいことは分かった。
「少し鼻、見せてみろ」
萌絵は涙目のまま手を鼻から離した。少し赤くなってはいるが……。
「大丈夫だな。で、一緒に勉強だって?」
「うん。起きててもやることないし、勉強だったら部屋に入ってもいいでしょ?」
どんだけ俺の部屋に入りたいんだよ。
「別にいいけど邪魔はするなよ。あと、次に勝手に部屋入ったら二度と入れんからな」
俺の言葉に萌絵は一瞬顔を強張らせたが、すぐに頷いた。ならよろしい。
部屋に入ってから萌絵はやたら上機嫌で、鼻歌を歌いながらノートを書き進めていく。
椅子と机は萌絵に独占されてしまったので、俺は仕方なくベッドに座って教科書を黙読していた。
それから数分、鼻歌がまったく聴こえなくなった。気になって萌絵を見ると、俺の方を向いて寝ていた。目は閉じているが、見られているような感覚に陥り集中できない。
「おい、萌絵」
反応なし。もう一度呼んだが結果は同じだった。
面倒だがここは強引に起こすしかない。抱え上げて部屋に戻してもいいが、妹の部屋に勝手に入るのは気が引ける。
俺は萌絵の肩を揺すり、耳元で何度も「起きろ」と言った。が、一向に起きる気配がない。完全に熟睡している。
考えた末、俺は萌絵をベッドに寝かせて起きるのを待つことにした。気にならないと言えば嘘になるが、邪魔されなければそれでいい。
椅子に座ると生温かい。少し違和感を感じるがすぐに慣れるだろう。
いつの間にか眠気もすっきり覚め、ようやく勉強に身が入る。さてと、どの教科からやろうか。
「お兄ちゃん」
声の方を向くと萌絵が体を起こして寝ぼけ
「私、さっきそこに座ってたよね。なんで今はお兄ちゃんが座ってるの?」
「お前が寝ちまったからそっちに移動させたんだよ」
「え、私寝てた?」
覚えてねぇのかよ。思いきり寝てたぞ。
「あれ、ノートと筆記用具は……」
「枕元に置いてる。それで、お前は勉強する気あるのか? ないなら出てってくれ」
「ああ! するする! ちょっと待って」
俺は萌絵の慌てっぷりに思わず笑いそうになったが、口を引き締めなんとかこらえる。
「……お兄ちゃん、今笑ったでしょ」
意外と鋭いな。こいつの洞察力は中々侮れない。
萌絵はベッドから起き上がると、大きな欠伸をしながら俺に近づき訊いてきた。
「お兄ちゃん、椅子それしかないの?」
「一人でしか勉強しないのに、二つもあったら邪魔だろ」
「じゃあ、お兄ちゃんの上に座っていい?」
「なぜそうなる」
「だって、座るとこないし」
「ベッドに座ればいいだろ」
「ベッドは寝るとこだよ」
「……分かった。俺が立つからお前は椅子に座れ……また寝るなよ」
俺は再びベッドに移動し、萌絵はチョコンと椅子に座った。はぁ、なんで朝から萌絵の相手をしなきゃならんのだ。
やはり部屋に入れるべきではなかった。俺は教科書で顔を隠して深いため息をついた。
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