第16話 あと一人

 さて、俺が文芸部に入部したことによって確保する部員はあと一人。タイムリミットまでは五ヶ月もある。まあ余裕でクリアできるだろう。

 それよりも俺は一秒でも早くこの部室を出たいのだが、吉田先輩がそれを許してくれない。


「せっかく入ったんだしなんか話しようよ。部活でしか会う機会ないし」


 なんだろう。この人、俺の名前を聞いてからずっとまじまじと見てくる。俺は別に名の知れた有名人じゃない。一体に何に反応したのだろうか。

 俺は適当に帰る理由を考える。と、そこでスマホのバイブが鳴った。萌絵の番号だ。


「もしもし」

『お兄ちゃん、今どこにいるの? ずっと下駄箱のところで待ってるんだけど……』


 まだ学校にいたのかよ。もうとっくに帰ってると思ってた。


「今、文芸部の部室にいる」

『文芸部? お兄ちゃん部活入ったの?』

「まあな。人が足りなくてしか……」


 危ない危ない。さすがに皆がいるところで「仕方なく入った」とは言えん。美優は怪訝な顔で俺を見る。俺は適当に笑ってごまかした。

 

「とりあえず、すぐ行くから待ってろ」


 俺は電話を切って鞄を手に取った。よし、これを理由にバックレるか。


「誰から?」と吉田先輩。

「妹です。なんか待ってるみたいなんで俺帰ります」

「妹……もしかして君のお姉さんの名前って『由奈』だったりする?」


 この人姉貴の知り合いなのか? 俺は思わず足を止めた。


「そうですけど……なんで分かったんですか」

「私、由奈と同じクラスでね。由奈から弟と妹がいるのは聞いてたの。だから君の名前を聞いた時、もしやと思って。その表情を見る限り間違いないみたいだね」


 吉田先輩はニコッと笑った。なるほど、やけに俺を見てたのはそれか。

 

「ねぇ、私も妹さんに会いに行っていい? 由奈、自慢の妹だって言ってたし」


 げっ、そうきたか。どうすっかな。あいつ結構人見知りだし、会ったところで気まずくなるだけだ。ただそんなことをストレートに言うのも気が引ける。……仕方ない。

 俺は踵を返し、吉田先輩と一緒に部室を出て昇降口に向かった。外はいつの間にか夕焼けになっている。こんな時間まで学校にいるのは初めてかもしれない。俺はホームルームが終わったら速攻で帰るのがつねだ。

 

「雄輝君はいつも妹さんと一緒に帰るの?」


 吉田先輩がふいに訊いた。初対面なのにいきなり名前で呼ばれるのは少し抵抗がある。


「はい。なんかあいつ、いつも俺と帰りたがるんですよ」

「相当君が好きなんだね。ブラコンってやつ?」


 萌絵は完全にブラコンだな。別に俺を好きになるのはいいんだが、姉貴の影響でヤンデレに変貌してしまわないか心配になる。俺は聞こえないように小さくため息をついた。

 部室を出てから二分ほど経ち、昇降口に着いた。予想通り萌絵は吉田先輩を見て困惑している。


「お兄ちゃん、横にいるのは?」

「姉貴のクラスメイトの吉田先輩だ。文芸部の副部長してる」

「初めまして、吉田恵梨香です」

「え、あの、えっと……関萌絵です」


 萌絵はアイコンタクトで俺に助けを求めてきた。俺に何をしろというのか訊きたい気持ちではあったが、ここは兄として一肌脱いでやろう。

 

「なんか姉貴が吉田先輩に俺と萌絵のことを色々と話してたらしいんだよ。姉貴、お前を自慢の妹って言ってたそうだ」

「……へぇ」


 興味なさそうだな。そこは素直に喜べよ。と、またスマホのバイブが鳴った。今度はメールだ……ってお前かよ! こんな近距離にいるんだから直接俺に言え。えーと、何だ?


『なんで一人で来なかったの?』


 これ怒ってんの? なんでって言われてもなぁ……。吉田先輩が俺についてきたとしか言いようがない。


「今度は誰から?」

「ああ、友人からです」


 俺の言葉に萌絵はポカンとした。本当の事言ったら吉田先輩が怪訝に思うだろうが。念のためにサイレントモードにしとこう。そして設定したそばからメールが来たよ。こいつ画面見ずによく文字打てるな。

 

『歯焼く一緒に帰ろうよ』


 こえーよ。どんな打ち間違えしてんだお前は。つーか、俺の事ほっといて先に帰っとけばいいのに……。わざわざ俺と帰らなくても家で会えるだろ。


「雄輝君、どうしたの? さっきから変だよ」

「あ、いや何でもないです。じゃあ、俺帰りますね。行くぞ萌絵」

「ちょっと待って。萌絵ちゃん、少しだけいい?」


 萌絵は少し後ずさり、警戒する様子を見せている。吉田先輩は緊張を和らげるためか、萌絵に微笑みかけて言う。


「萌絵ちゃん、文芸部に入る気はない?」


 やはり勧誘か。萌絵を引き留めた時点で察したわ。


「別に強制はしない。嫌なら嫌でいいし、入ってくれるなら大歓迎」


 萌絵は考える人のようなポーズを取り、数秒経って言った。


「お兄ちゃんが入るなら……私も入ります」

 

 あれ、意外だな。てっきり断るかと思ってた。まあ、これで今年の廃部は免れたわけだし結果オーライか。

 

「二人ともホントにありがとね、じゃあ、また明日」


 吉田先輩は満面の笑みで部室へと戻っていった。俺たちはその姿を見届けた後、ゆっくりと歩き出す。


「お兄ちゃん、明日部活行くの?」


 うーん、めんどくさいけど一応部員だからな。


「明日考える」


 曖昧な回答になってしまったが、行っといた方がいいだろう。でないと美優に何を言われるか分からん。

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