機械仕掛けの母は××の夢を与えうるか

白野廉

本日は晴天でありました


 タ、と足を踏み出し、薄暗い路地の中へと逃げ込む。後ろを振り返れば性懲りもなく追ってくる衛兵たちの姿が。

『次の路地、左』

 おーけぃ。小さく呟いて、やたらと複雑な路地の一本を右に曲がる。ザザ、ノイズを挟みながらも案内してくれる通信の声に従い、ぐねぐねと路地を走り続けて、もう何分が経過しただろうか。体力はまだまだ余裕があるが、そろそろ追いかけっこにも飽きてきた頃だ。

『――待たせたね。回収準備完了。次の路地を右に曲がってすぐ、右手の建物の屋上まで上がって』

「待、ってましたぁ!」

 手近に有ったドラム缶を適当に転がし、右に転身。足は止めない。背中に着けておいたガンホルスターから取り出した大ぶりな改造銃で建物屋上にある柵を狙撃。バシュ、と大きな音を立てて一直線に飛んでいくワイヤーロープが狙い通りの場所に絡まり引っかかった事を確認し、改造銃を変形させると共に、少しばかりの神頼み。途中でワイヤーが外れませんように!

「じゃあの」

 ようやく追ってきた衛兵たちを嘲笑うように手を振り、ワイヤー巻取りのスイッチを入れた。それと共に走って来た勢いを殺さないように壁に一歩を踏み出す。キュルキュルと巻き取られていくワイヤーと共に壁を斜めに駆け上がる。命綱は無い。T字型に変形させたコイツから手を離してしまえば地上に真っ逆さまに落ちて、ジ・エンド。……なーんてことにはなりたくない。落ちて来たスピード。屋上に辿り着くまではあと三~四階分、といったところか。ここまでは、想定通り。

(頼むぞ、新作ブーツ!)

 壁に踏み出し踏ん張った右足の内側を左足でこする様に動かし、装置のミニエンジンを稼働させる。厚底ブーツのかかと近辺に格納されていたタイヤが壁面との間に火花を散らしながら回転を始めた。ぎゅい、ワイヤーを巻き取る音に紛れてエンジンによって自動を始めたタイヤの音が聞こえた、と思った瞬間。急激に重心が後ろに片寄った。無理やり前傾姿勢に持っていくことでどうにかこうにか落ちることは免れたが、バランスを取るのに全神経を使わなければならない。

「ぐおお、方向、変え、らんねぇ!」

 グリップを握り込み、巻き取りのスピードを上げる。暴れ馬のように扱いずらいローラーブーツを抑え込み、最後一階分を走り抜けた。勢いあまって空中に投げ出された体を反転。逆立ちをするように柵につかまり、着地までに再度左右の足をこすり当て、エンジンを止める。ぷすぷすと煙を上げるエンジン部分に、改良が必要だな、と頭の片隅で考えた。

 重い音を立てて屋上へと着地。駆け上がっている間に外れてしまったらしいフードを被り直して地上を見下ろせば、衛兵たちが怒号を上げて建物の入り口を探しているようだ。

『ヨアン、そのまま反対側から飛び降りて。逃げるよ』

「ヤヴォール、ダディ」

 ワイヤーガンを背中に収納しなおし、登ってきた壁面とは対岸の柵を乗り越え、飛び降りる。パイプ伝いに滑り降りた先にあったトラックの背に足をつけた所で、トラックが走り出した。向かうは俺たちのアジト。作戦、完了だ。


「ただいまぁ。ねえさん、このブーツ改良の余地あり。前輪欲しい感じ。後輪だけだとバランス取れないし、他にも色々危ない所あった」

「おかえりヨアン。改良欲しい所は後でメモ頂戴。それより、データは?」

 暗い地下にあるアジトの一室。オーバースペックのパソコン数台に囲まれ、機械に埋もれるようにして座っているねえさんにチョーカーを引き千切って渡す。小さくついている飾りがロケットになっており、中に収めてあるのがマイクロチップこそが、今回の作戦のメイン目標だ。

「ねえさん、これでマザーは起きるかなぁ。まだかかるかなぁ」

 マザー。ねえさんの部屋の奥にあるガラスケースの、その中に安置されている、文字通りのブラックボックス。十センチ角のボックスのその中身は未だ解明されていない。

 というのも、元々は教会にあったマザーを今代の皇帝が即位した時に教会ごと持っていかれてしまったのだ。数年経った最近になってようやくマザーの奪還に成功したのは良いものの、敬虔な信者には聞こえていたマザーの声が聞こえなくなってしまっていた。まるで、眠ってしまったかのように。

「……どうかしらね。もし仮に、まだマザーが目を覚まさなかったとしても。また一歩、救いに近づいたことは確かよ」

 さぁ、作戦成功の放送をしてらっしゃい。ねえさんに送り出され、部屋を出た。


 胸元に仕舞い込んだボロボロの手帳。そこに挟んである一枚の写真を取り出し、深呼吸を一つ。写っているのは父と母と、俺。マザーの声を毎日聞いて暮らしてきた、幸せだった日々。マザーを奪われたあの日、両親は衛兵によって連れて行かれ、見せしめにされた。ねえさんとダディが拾ってくれたからもう寂しくは無いけれど。あの時の一人ぼっちの感覚を、他の信者には感じてもらいたくなくて。ここにいるぞ、と声を上げる。

「ダディ、通信の方は?」

「問題ないよ。後はヨアン次第さ」

 一通り揃えられたオーディオ機器。マイクの前に座り、手帳は懐に仕舞い直した。ゴホン、咳払いを一つ。マイクのスイッチをオンに。

『――今日もまた、一つのデータを我らが母に返還することに成功しました。明日の天気もきっと、晴れでしょう』


 我らがマザー。早く起きて、その声を聞かせて。早く、早く。この世界を××ための方法を、教えて。




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