advent.08

 次の街にたどり着くためには縦に貫く山を越えなければいけないのだと、麓に広がる村の者が口を揃えて言っていた。

 カズトたち三人が心底嫌そうな顔を揃えたが仕方のないことなので、渋々彼らは山越えの準備をしてからこの急斜面に挑んでいた。


「はあ……やっぱりなかなかキツイ道だねここは」

「なんだよ。これくらいでへばってんのか?」

「ザコだな」

「二人の体力が異常だとボクは思うね! かれこれ四時間は休み無しで歩いてるとか、尋常じゃない……」

「まあ格闘家だしな」

「そうだね……レンカちゃんは格闘家だから体力あっても問題じゃない。オマエが異常なんだよカズト!」

「勇者だしな」

「うぐ……そもそも、こいつ本当に勇者なのか? 未だに信じられないんだが」

「……ステータスは裏切らないからなぁ」

「信じられないな……」

「吠える元気があるならまだまだ余裕だろうよ」

「確かに」

 それとこれは話が別だと食ってかかるリオを軽くあしらいながら尚も歩みを進める。


 和気あいあいと会話を続ける途中でふとカズトが立ち止まる。

「……誰だ?」

 カズトが目先の大岩を睨むと、小さな笑い声が岩の向こうから聞こえた。少女だろうか、その無邪気で幼いながらも悪意のあるさえずりにレンカとリオも警戒を強め各々の武器に手を添える。

 三人が身構える中、声の主は悠々と岩陰からその姿を現した。

「ミナに気付くなんて、流石ね勇者カズト」

「なんだ、敵……?」

 揺れる桃色の髪を二つに束ね目立つシルクハットを頭に乗せた少女は、敵だと決めつけるにはあまりにも幼く、リオは僅かに戸惑いの色を滲ませる。


 しかし彼の憂いなどすぐに掻き消えるほど、少女――ミナの敵意は明らかにカズトを突き刺していた。

「なんでこんなとこにガキが?」

「……ただのガキじゃなさそうだね」

「ガキ、ガキうるさいわよそこのアホ面ガンマンさん。ミナにはミナっていう名前があるんだから! ……ガキだからってナメてるなら痛い目を見せてあげる!」

 誰がアホ面だ! という怒りの声を無視し、ミナは手元に小さく黒いオーブを取り出すとそのまま宙に放り投げた。

 オーブは地面に付く前に形を変え、剣や杖を持った影法師のような黒い生物に成り変わり三人を取り囲んだ。

「げ、なんだこいつら!?」

「……めんどくさ」

影魔シャドウ……。ってことはアンタ、まさか……!?」


「ふふ、驚いた?魔王軍幹部ミナ、キミを倒しにきたわ勇者カズト!」

 彼女の号令を聞くなり影の魔物は矛先を三人に向け襲いかかってきた。

「うわったったっ!?」

「チッ。リオ下がれ!」

「くっ、ボクは大丈夫だ。それに……魔王軍だって?このガキが?」

「魔王軍に見た目も年齢も関係ない。リオ、行けるな?」

「もちろんさ」

 振りかぶってきた影魔の攻撃を避け屈むと、その黒い腹に拳をめり込ませる。

 格闘家である彼女の一撃は敵を浮かせるのには充分だ、敵がくの字に体を折り宙に上がった瞬間を縫うように後方から二発の銃弾が空を裂き黒い体を貫いてやがて霧散した。


 ふうとひと呼吸を置いたリオの背後から、影は不意を突こうと忍び寄り刃を振りかざし――彼が意識を向けるよりも早く、レンカの背面蹴りが影の顎を捉えていた。

 短い感謝の言葉を交わす二人。だが彼らの周りを囲むようにして現れた影法師が一斉にリオとレンカに覆いかぶさろうと等身を伸ばした。

 そのタイミングを縫うように銀色の刃風が煌めいて、取り囲んだ黒い胴体が鮮やかに斬り落とされた。代わりに二人の前には安い剣を握り少女をひと睨みするカズトの姿があった。


 敵を一掃したのにも関らず、双眸の先にいるミナは表情を崩さないまま笑っていた。

「あーあ、流石にあんな雑魚じゃ相手にもならないか!」

「当たり前だろ、こんな程度でボクたちがくたばるわけがない」

「……うっわ、なんかこいつムカつく。ミナはキミのような人嫌いだわ」

「あ?」

「安い挑発だろ、踊らされんな」

「ミナは自分の気持ちには正直だもーん。ならこれならどうー?」

 それは出来すぎたマジックのように、両手にカードを出現させるとそれらを投げつけた。

 地面に突き刺さったカードに霧散したはずの影が集まりやがてその姿を変化させ、カードにそのまま手足頭が生えたトランプ兵のような外見となった。

「……!? 復活した?」

「いや違う、あれはまた別の……」

「……あー」

「ふふ、こいつらはさっきとは違うよ? サクッと殺られないよう気をつけてね?」

 その言葉の通りトランプ兵となった影魔は一斉に飛びかかってきた。

 すかさずリオが発砲し一体を貫くが、すぐに別のトランプ兵が間合いを詰めてくる。

「こいつら……! さっきよりも動きが機敏になってやがる」

「ほら、どうしたの?このままじゃやられちゃうよ!もっとミナを楽しませてよ!」

 ミナが大きく両腕を振り上げると彼女の後ろには少なくとも百は超えそうなトランプ兵が出現した。その姿は一言に幼いと切り捨てることはできない風格だ、言うなれば狂った閉鎖空間の小さな女王様。

 いつの間にか空は太陽を隠す黒い雲に覆われ、靄のかかるこの場はまるで異世界のようだ。



 やがて辺りが閃光に包まれていく。

 空を破いた白い光は暗雲に飲まれた青を救い出し天使のハシゴをかける。ハシゴの光を翔けるかのようにトランプ兵はその姿を無に還した。

 刹那の光が晴れ、すっかり澄みきった青空の下でカズトは一人佇むミナへと切っ先の睨みを効かせていた。

「そのテーマは『アリスの夢』……違うか?」

「……!」

「なんだ、それ……?」

「不思議な世界に迷いこんだ少女の物語……でもテーマってどういうことだ?」

「……奇術の種を割ったんだ。これでこのトリックともおさらばだ」

「……ミナの奇術を見破ったの?」

 いまいち熱の入らないトーンでうんざりと呟くカズト。恐らく事細かに説明してやる気がないということを遠まわしに言っているのだろう。

 ミナは大仰に目を瞑ってふるふると頭を動かし、手で顔を覆いうずくまる。

「奇術……? ってことは、そういうことか!」

「ああ。これで満足したか、奇術師ミナ? テメェのくだらない奇術は見飽きた」

「奇術師? つまりあのトランプ兵はまやかし?」

「そうとも言える。これは、物語の主人公アリスの見た夢になぞらえた巧妙な見かけ騙しだったんだ。奇術師は見る者の空間を騙すジョブだよ」

「……ただの見かけ騙しなら苦労はしないけどな」

 奇術は一つのテーマを元に異空間を魅せる魔法だ。奇術師という滅多にお目にかかることのないこの特殊なジョブはカズトとてとても手間のかかるサポート職くらいにしか思わなかったものだ。

 しかし奇術のテーマさえ見破ってしまえばそれはただの見せかけとなり効果をなさなくなる。

 言うなれば『アリスの夢』は醒めたのだ。醒めた夢には無限に現るトランプ兵も、トランプ兵を指揮するハートの女王もいるはずもない。

「…………い」

「何だ?」

「……かっこいい!」

 うずくまる姿から一転、ミナはその大きい瞳を輝かせながら自分を負かせた勇者を見つめていた。どうやら落ち込んでいたわけではなさそうだ。それどころか溢れ出る愛しさに悶え必死に抑え込んでいた、というのが近いのだろう。


 そんな彼女の変貌っぷりに心底興が冷めたのかカズトは刃先を下ろし、しゃがみ込んだままのミナに見向きもせず先へと歩き始めた。カズトからすれば、この手の黄色い視線はうんざりするほど慣れていた。

「ねえ、どこでミナが奇術師だってわかったの? 待ちなさい! いや、待って!」

 すぐさま立ち上がり声をかける。勇者は一度足を止めてはくれたものの、振り返ることなく再び歩み始めてしまう。

 構わずミナは声をあげた。


「勇者、ミナを連れてって!」


 それはタネも仕掛けも無い心の声にも聞こえた。

 はあ? と口を揃えたのはレンカとリオだ。

 当然の反応だろう、彼女はついさっきまで自分たちを襲ってきた魔王軍の一人なのだから調子が良いにも程がある。

 それでもミナは尚も食い下がる。

「ミナの奇術を見破ったのは魔王様の次にキミだけだわ勇者カズト! その鋭い洞察力、その揺るぎない強さ、その素っ気ない態度……その全てが魔王様よりかっこいいの! ミナがそんな勇者に惚れちゃったんだから、連れてってよ」

「そんなの理由になるかよ!」

「そうだ! だいたいお前は魔王軍だ。腹ン中で何を考えてやがる……?」

「失礼ねー、勇者よりも顔も良くないのにキャンキャン吠えてうるさいったらないわ! 顔どころか頭も良くないんだねハリボテ銃士さん? その腰に下がるのはただの玩具? ……ミナが腹の中で何か考えてたらどうだって言うの」

「……このクソガキ!!」

 面と向かって堂々と悪態をつくミナに耐え切れずリオは瞬間的に掴み慣れた鉄把を引き抜いていた。が、銃口を向けられたミナは怯えもせず、ただへらりと笑うだけだ。

 その笑みは、リオがここで感情に任せて引鉄を引く程の阿呆ではないと語っているようにも見え、心の内を見透かされているようで更に苛立ちが募る。

 リオは悔しそうに舌打ちをして、問いかけられている本人を見る。

「……お前はどうなんだカズト?」

「ねー、いいでしょう?勇者!」

「どうするんだよ、カズト」

 三人の問いかけが重なり、論争の行く末はカズトに託される。

 渦中の勇者は面倒くさそうに頭を掻いてから次の歩をやめて、冷めた視線だけ三人に投げかける。


「……あのさ、なんでオレに聞くの? どうぞご自由に、勝手にしろ。正直お前らの感想とかどうでもいい、邪魔であることに代わりはない。お前らが着いてくることでオレに需要があるかはオレが決める」

 彼はそう言い切ると再び行く先を見据えて歩き出す。当然ながら、彼の素っ気ない態度に一人は怒り、一人は呆れ、一人は喜んだ。

「邪魔って、テメェ……。どこまで利己主義なんだ! お前それでも勇者なのか、このクズ野郎!」

「……それを聞いて安心したよ、いつものカズトだ」

「ってことは! ミナがついていっても問題ないってことだよね?」

 既に数メートル先を行くカズトから返事は無いどころか止まるつもりも更々ないようだ。


「そういうことだから、いいかげんこの玩具降ろしてくれる? クズガンマンさん?」

「……ボクはリオだ。まだ納得していないとはいえ、これからつるむんだ、名前ぐらい覚えてもらおうか」

「じゃあクズリオだね!」

「ふざけてんのかテメェ……! ボクはクズじゃない! クズ野郎は」

「勇者のがキミなんかより数百倍かっこいいよ!」

「話は最後まで聞きやがれ! だいたいボクの方があいつよりかっこいいだろ、テメェの目は節穴かクソガキ!!」

「リオ、いいかげん落ち着けって。カズトに敵うわけないだろ……」

「さりげなくひどいこと言われた気がする!」

「うるせぇから黙れってんだよ!」

 レンカは怒り狂うナルシストのリオを言葉と暴力でなんとか宥め、その場を収束した。リオは数メートル飛んだが気にする者は誰もいない。

「はあ、アタシはレンカだ。もし変な真似をしでかすようなら……遠慮なくぶっ飛ばすつもりだ。そうならない内は仲良くしたい、よろしくなミナ」

「もー、こわいなー。でもクズリオよりはいい人そー! よろしくね、レンカ!」

 自身が可愛いということを充分自覚している笑顔でミナはレンカに手を差し出した。

 仲直りの証とでも言うのか、レンカは恐る恐るその手を握り返した。と、ポンッという効果音と共に手の中に赤い花が咲いた。これは造花だ、どこから出現したのだろう。

「!?」

「ふふ、タネも仕掛けも御座いませんよ?」

 その奇術師の心の声は読めないままだ。


――こうして、勇者一行に元魔王軍の奇術師ミナがほぼ無理矢理加わったのだった。



ミナ「よろしくねカズトー!」

カズト「邪魔だどけ」

レンカ「カズトの腕に絡みつくのが早え、つか近っ」

リオ「こいつ嫌いだわ」

ミナ「ミナもクズリオのことは嫌いだよ!」

リオ「ああ、そうかよ!」

カズト「(うるさい……)」


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