チャプター 4-3
日が真上に来る時間帯。休憩するのに良い頃合いになったと弁当を広げ、昼食を摂る事にした。
「よく屋上にいるって分かったよな」
「お、やっぱり聞きたいか?」
「いや……お前の聡明な頭脳は世に出すべきじゃない。 お前の為にもな。 だから、言わなくていい」
僕とてこんな形で友人を失いたくない。
「そうか、そりゃ残念だ。 ところで、どうやって鍵を開けたんだ?」
「それはだな……」
「ん?」
隣でタコ型に切ったウインナーを頬張る紫へと視線を移す。すると、首を傾げ不思議そうな顔をした。この見るからに無害そうで純真無垢な反応をしている紫が屋上の鍵を開けた張本人だ。
──朝の予鈴が鳴った頃。
『真一。 そろそろ時間だよ』
『分かってる。 でも……』
『教室、行かないの?』
『あぁ。 これを夕方までに仕上げて、見せたい人がいる。 だから、今日はサボる』
『……』
『悪いけど、担任にはテキトーな理由で休むって』
『なら、私もサボる』
『一応、最後まで聞いてくれよ。 それに、私もって。 別に、紫はサボらなくたって』
『屋上前の踊り場で待ってて』
『……はぁ。 だから』
『待ってて!』
『わ、分かった。 待ってる。 いや、待たせていただきます』
珍しく語調が強い紫に圧倒され、言われた通りに待つ事にした。
『で、どうするんだ? まさか、ここでコソコソ描くのか?』
『ううん。 ここだと見回りが来てバレる。 だから、こっち』
そう言って紫は屋上のドアを開けた。
『え、なんで!?』
『ふふんっ』
紫は僕が朝から美術室を利用すると聞いた時点でサボる事を予見し、屋上の鍵を開けておいた。無論、僕に美術室の鍵を渡して別れた時にだ。(サボらなかったらどうするつもりだったとか野暮な事を聞いてはいけないと紫の背中が言っている)
どうやって鍵を入手したのか聞くと鍵は壁に掛けているだけで管理は甘く、すり替えるのは簡単だったらしい。(だからって自分の家の鍵とすり替えるのはどうかと思う)
そうやって屋上の鍵を開け、バレる前に職員室に返した。
「ほぇー。 石見のやつがそんな事を。 おったまげーだな」
「あぁ、大胆だよな」
「子龍一心これ胆なりってか。かっけぇな」
青二がそんな事を言うから、つい某人気無双ゲームに登場するお洒落な中国風の衣服に身を包み長槍を手にした紫を想像してしまう。紫の顔つきは、やや凛々しいよりだし、風に靡くポニテは、正に龍の髭。……本気でコスプレをしたらSNSで大人気になりそうだ。
まぁ、紫に限ってそんな事する訳ないだろうけど。
「ところでよ、何で屋上でサボることにしたんだ?」
確かに、僕も何でわざわざ屋上でサボる事にしたのか気になっていた。別に、少しの間、用具を拝借すれば学校にいる必要だってなかったし、何なら家に帰っても良かった。
「そんなの当たり前な話」
「当たり前って、何がだ?」
「学生がサボると言えば屋上かパチンコ。 パチンコじゃ絵は描けないから屋上」
某クイズ番組の司会者のように間を溜めたりせず、あっさり真相を話す紫。僕と青二は顔を見合わせて、しばらく間を置き、盛大に笑った。
「二人ともどうしたの?」
「だって、だってよぉ」
「マンガに出てくる不良じゃないんだからさ、そんな訳ないだろ」
「そうなの?」
『そうなんだよ』
青二と声がハモり、また盛大に笑ってしまった。何がそんなに面白いのか全く理解出来ないけど、笑わずにはいられなかった。今なら『ふとんがふっとんだ』でも大笑いする程ゲラかもしれない。
「はぁ、笑った、笑った。 ところで、真一。 ちょっといいか?」
「ん、急に何だよ?」
「それ誰の為に描いてるんだ?」
さっきまでのおちゃらけな雰囲気はいずこへ。真剣な顔をした青二が、僕の絵を指さして聞いてきた。
「誰かじゃない……僕の為だよ」
「そっか」
気のせいかもしれないけど、僕の返事を聞いた青二はどこか満足げに見えた。
「おし! じゃあ、さっさと飯食って完成させようぜ!」
「そうだけど、お前が仕切るな」
「かてぇこと言うなよ、俺たち親友だろ?」
「……ノー、コメントだ」
「何だよ、照れんなよ」
「あのなぁ、別に照れてなんかない。 ツンデレじゃないんだからな」
「真一、照れてるの?」
「だから、照れてないって」
「今ので照れるなら。 さっき、手を握った時はどうなの?」
「……さて、そろそろ休憩はお終いだ。 早く完成させないとな」
「おい、真一。 さっき手を握ったって、何してたんだ?」
「ねぇ、真一。 教えて。 照れたの? はにかんだの? モジモジしたの?」
どうしてこうなってしまったのか分からないが、二人に問い詰められる状況に陥ってしまった。正直、そんな事に時間を割くのは面倒だし、今は時間が惜しい。なので、話を聞くまで収まりがつかなさそうな二人に煩わしさを感じる。けど、この空間がどうしようもなく心地良いのは確かだ。
だから、少しぐらいこの状況を楽しんでもいいかもしれない。僕は友人達に恵まれているのだから。
「ほんと、騒がしいやつらだな」
僕の口角が上がると同時に昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
「……よし、完成だ」
放課後を告げるチャイムが鳴る頃、ようやく最後の一塗りを終え、絵は完成した。
「やったな! 真一!」
「いい。 すごくキラキラしてる」
すかさず称賛してくれる青二と紫。称賛してくれるのは、素直に嬉しく思う。こんな状況でなければ。
「二人ともありがとな。 でも、喜んでいる暇はないんだ」
辺りを見渡すと練習に使った大量の画用紙があちらこちらに散らばっている。それに、使い終わったパレットに絵の具バケツも片付けなければならない。
本当は、今すぐにでも公園へと向かいたいところだが、ここを片付けずに行くのは、僕の良心が許さない。授業をサボったり、校則を破っている事には目を瞑る都合のいい良心だけど、許さない。許さないったら許さない。
約束は夕方と言っただけで、ちゃんと時間を決めた訳じゃない。だから、片付けをする時間は少しくらいならあると思うが、先に着いているであろう都ちゃんをあまり待たせたくはない。
つまり、急がねばならない。
「すぐに片付けて」
「真一。 絵、見せたい人がいるんでしょ?」
「だから、今すぐこれ片付けて」
「行けよ」
「なっ!? 青二、お前何言って」
「ここは俺が何とかする。 だから、さっさと行け」
「でも、お前一人にやらせる訳には」
「なーに、ここを片付けて、鍵を閉めるぐらい朝飯前だ」
「青二。 もう夕方だけどな」
「おいおい、かっこつけてる時にそういう事言うなよ。 俺だって」
「今度、ちゃんと礼をする」
「……へっ、いいって事よ。 俺も屋上でやらせたい事があったんだ。 雀部に」
「……後で動画」
「ったりめぇだ。 こいつにバッチリおさめて人気者にしてやるよ!」
スマホを片手に悪い顔をする青二。全くもって容赦がないが、そういうの嫌いじゃない。まぁ、そのせいで死亡フラグっぽい雰囲気は台無しになったけどな。
「石見も真一と一緒に行けよな。 一応、早退してる事になってるんだから」
「……ん……」
「それとな」
青二に片付けを任せ屋上を後にする。別れ際に、青二が紫に何か言っていたみたいだけど、何を言ったんだろうか。紫が満足げにしているから何か良い事だとは思うけど。
「行ったか。 よし、ならこっちも……。 あ、雀部ー。この間の負けた時、何でもするって言ったよな? とりあえず、屋上まで来てくれ。 ショータイムだ」
いや、それより雀部のやつが反省文で済むといいな。
教員の目を避ける為、最善の注意を払いながら階段を降りる。そして、昇降口がすぐ目の前に見えるところで、ある意味教員よりも厄介な人に出会ってしまった。
「おやぁ、黒川くんじゃないか。 こんなところで会うなんて奇遇だね」
いつに増して嬉しそうに絡んでくる檀野先輩。それもそうだろう。今、僕の右手には丸めた画用紙があるのだから。
「……そう、ですね」
怖気付いてしまったせいか、声が弱々しくなる。何の悪戯か、このタイミングでこの人に会ってしまうなんて……最悪だ。
「その手に持ってるのはもしかして絵かい?」
冷や汗が出る。やはり、この人見逃してくれなかった。
「はい……僕の、描いた絵です」
「そうか、そうか。 また新しいものを描いたんだね」
「……えぇ、まぁ」
「なら、聞くまでもないと思うけど、塗ったんだろ? 次は頑張ると言ってたからね」
左手に握り拳を作る。
この人は、本当に……手に力をこめさせるのが上手だ。今すぐにでも絵を見せて黙らせてやりたい。
「ねぇ、どうなんだい?」
「……」
でも、僕にとって大切な絵をこんな人に見せる気はない。
「檀野先輩。 真一は、あ……っ!」
僕の気持ちを察してか、代わりに話をつけてくれようとした紫を手で制止する。
紫の気遣いは嬉しい。けど、これは僕がケリをつけないといけない事だ。
「塗りました」
「……。 へぇ、それは良かった。 どんな物か是非見せてくれよ」
「すみません。 もう檀野先輩に構ってる暇はないんですっ!」
「な、おまっ。 か、構ってだとぉ」
「失礼します。 行くぞ、紫」
礼儀正しくお辞儀をしてから檀野先輩の横を駆け抜け、その場を後にする。
「あいつ、僕に対して……あんな、あんな態度を……。 ふざけるなよ、おいっ、黒か──」
「ンフッ、見事にフラれちゃいましたね」
「っ!? 香坂……っ」
「やだなぁ。 ちゃんと部長って呼んでくださいよ、檀野せーんぱい」
「……何か用か?」
「別に用って程でもないですよ。 野暮な事はしちゃダメですよ、って言いたくなっただけです」
「……ふん、僕はそこまで暇じゃないんだ。 失礼するよ」
「はーい。 ……ふふ、やっぱり、彼、面白いなぁ。 これから楽しみだね」
昇降口に着き、靴を履き替えながら紫にさっきの檀野先輩について聞く。
「なぁ、紫。 檀野先輩のあの顔見たか?」
「うん。 見た」
「感想は?」
「満足」
「だよな」
紫にバレないように、小さくガッツポーズを取る。予想外のアクシデントだったとはいえ、あの人の嫌味を吹っ切れたのはそれ程嬉しい事だった。
「ところで、あんな事言ったら怒って追いかけてくるかもしれないよ?」
「……」
「もし来たら」
「は、はは、あの人はそんな事をするキャラじゃない! だから、分かってて言ったに決まってるだろ!」
「ふーん」
「じゃあ、僕は急いでるから! またな!」
慌てるように昇降口を後にする。
無論、慌てているのは檀野先輩の件のせいだ。紫の呆れたようなジト目が脳裏に焼き付いて離れない。……少しだけ遠回りして公園に向かおうかな。念の為に。
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