第93話 過去を知る青年

「わぁ...皆さん変わった服装ですねぇ!

 あ、あの照明魔具の周囲はガラスでは無く紙でしょうか?

 夜は一体どの様な感じに光るのでしょうか?!」


馬車は反応があった方角を目指して

賑やかなミヤト帝都街道を進む


セルヴィが周囲を興味深そうに

馬車から身を乗り出して観察する


「あれは【キモノ】という物よ

 …本当に何から何まで忠実・・ね」


若干の含みを持たせてプロメが答える

セルヴィは見る物全てに夢中の様子で

気付いていない様であるが


「あ、あれがブシと呼ばれる方でしょうか

 本当にゼロスさんとよく似た刀を携えているのです!」


セルヴィが注目した先には、上質そうな絹で仕立てられた

立派な着物を纏うブシの姿があった


「お顔も凛とされていて、ちょっと怖いかもです...

 少し近寄りがたそうな雰囲気ですね、あっ!」


その時、駆けてきた小さな子供が、

ブシの男の足元にぶつかって転んだ


「いたたた…」


子供は何が起きたのか理解出来ず

起き上がり涙目でぶつけた鼻先を摩っている

するとすぐさま


「も、申し訳ございません!!」


すぐ横から一人の女性が飛び出し

すぐに子供に駆け寄ると深々と頭を下げた

恐らく子供の母親であろう


それを見たブシの男はゆっくりと手を動かすと

少し腰を屈め、脇の刀...ではなく子供の頭をそっと撫でる


「坊主、怪我はしておらぬか?」


「う、うん...ぁ、はいっ!」


凛とする男の口から紡がれた声はとても穏やかな物だった


「そうか、それは何より

 余り母上を困らせてはいけないよ


 そなたも気にせずともよい

 子供は風の子、幼子が駆け回るのは性よ」


母親はハッと顔を上げると、安心した表情と共に

もう一度深々と頭を下げ、子供の手を引いて去っていった

子供が去り際にブシの男に手を振ると

男もゆっくりと手を振り答える


「ほぁ~...外見だけ見ると少し怖い人かと思いましたが

 何と言うか、凄く紳士的な方だったのです、

 ブシの方は皆あの様な感じなのでしょうか?」


「そうですね、個人差は勿論あるとは思いますが

 わたくしが見た限りではあの様な立派な方ばかりですわ」


「本当に全然違うのですね...

 王宮の騎士様とかならまだしも

 普段町中に居る様な兵士の方々は

 何と言いますか、もう少し荒々しいイメージでした」


フレイアの言葉を改めて実感し関心するセルヴィ


「軍隊でもまぁ似たようなもんだったかな

 お上品な将校の中にはああいうのも居るけど

 そっちの方が多数ってのは大したもんよねー」


ヴァレラの時代基準で考えても

それは同様の感想の様だった


「しっかしほんとこの都市って

 服も建物もかなり独特、まるで本当に異世界って感じ

 そしてやっぱり...食べ物もね!


 あの看板の絵からするに蛇の一種かしら?

 店先の串焼きにしてる匂いが溜まらないわっ

 その隣の店の灰色の細長いの

 絶対美味しいと私の勘が告げているのよ!」


「あちらはウナギ、と言う川に生息する生物の焼き物

 お隣のはソバと呼ばれる麺類の一種ですわ

 どちらもこのミヤト固有の料理で

 とても美味でございますよ」


「ウナギとソバ、ね...よし覚えたわっ!」


「食べ物の名前を覚えるのは早いですね...」


「何よぅ、歴史オタのあんたと違って

 私は直接関係ない事に興味が無いだけよ」


「むぅ!」


口をとがらせて嫌味を返すヴァレラに対し

セルヴィは顔を膨らませて抗議する


パンパン!


「はいはい、二人ともその辺にね

 全部終わった後は自由に観光するのもいいけど

 帝都に来た目的を忘れないでね」


二度手を鳴らし、プロメがストップをかける


「は、はいっ、ごめんなさいっ」


「は〜い、でもその感知した反応ってのは

 今はもう消えちゃってるんでしょ?

 どう探すつもりなの?」


しょんぼりするセルヴィを横目に

即座に切り替えてヴァレラは今後の行動を再確認する


「そうね、とりあえず反応のあった場所の近くまで行って

 何か手掛かりがないか探してみましょう」


「随分とザックリした目標ねぇ...

 ま、何の目印も無いまま闇雲にうろつくよりマシだけど」


ヴァレラは

背もたれに体重を預けながら

再び馬車の外へと目を向けた


馬車は和風の街並みをかき分け進む

日本の知識が有る者にとっては、ミスマッチな感はあるが

この都市の者にはそれ程珍しい光景ではない様である


僅かながら、教会関係者ではなく

他国から来たと思われる者の姿も散見される


ミヤトは、外部との接触を完全に断っている、という訳ではないらしい


目標地点を目指し馬車を走らせ続けると

間もなく行き交う人の姿は減り、閑散とした区画に入った


「反応は概ねここから半径数百m圏内で

 発せられていたはずだけど、

 変わらず何も反応は無いわね」


プロメが周囲に展開したモニターを見ながら呟く

皆も周囲を見回してみるが

特に変わった様子は見られなかった


「唯一の手掛かりが途絶えた、か

 さてどうしたもんかね、って...んん?

 ちょ、ちょっとセルヴィ!あんたそれっ!」


「えっ?」


ヴァレラが突然、セルヴィの方を指さしながら

驚きの声を上げる


セルヴィは、突然の事に自分でも訳が分からず

ヴァレラが指し示した指の先、自分の胸元付近を

首を窄めて見てみると、僅かに胸元が

膨らむ様に張り出している


「いくら胸を大きくしたいからって...

 何かとんでも薬に手を出したんじゃっ!」


「そんなことしてません!!

 な、何かが服の中で動いて...っ」


セルヴィは慌てて襟首の隙間から服の中に手を入れ

原因を探り、何かを取り出すと

そこにはペンダントの先にはめ込まれた

小石程の宝石細工が僅かに淡く光を発しながら

宙に浮いているではないか


「な、なんで...ペンダントがっ」


「それは...まさかオルタナイト結晶っ

 セルヴィちゃん、あなた一体それをどこで?」


そのペンダントの嵌められた宝石に

心当たりがあるのか、プロメが驚いた様に見せる


「え、えとこれはドミルさんが

 幼かった私を見つけた時、私が握りしめていたそうで

 それをペンダントに加工してお守りにしてくれたんです

 ずっとつけてましたけど、今までこんな事は一度もっ」


「何なの?そのオルタナイト結晶って

 見た目はアメジストの類にしか見えない...

 浮いたり光ったりしてなければだけど」


ヴァレラが、僅かに光りながら浮かんでいる

ペンダントの結晶を、興味津々で見つめている


「オルタナイト結晶はね、私達の時代で

 究極装甲の開発中に産まれた副産物よ」


「きゅ、究極の装甲...」


セルヴィが思わず

自分のペンダントを見つて息を飲む


「物理的にそれ以上は分解不可能である

 物質の最小単位、ただ一つの素粒子で

 構成された装甲の開発...


 結論から言えば失敗したわ

 しかしその際発生した人工結晶

 それがオルタナイト結晶なのよ、

 従ってこれは自然界には存在していない」


「一つの素粒子の装甲って、

 最早あらたな元素の創造じゃない、

 相変わらずあんた等の技術って何でもありね...」


ヴァレラが呆れた様に手を上げる


「で、でもどうしてそんな物が私の手に!?」


「それはセルヴィちゃん自身が分からない以上

 申し訳ないけれど、私には分からないわ

 けれどオルタナイト結晶には

 特殊な性質があるの」


「特殊な性質?」


皆の視線がペンダントの結晶へと集まる


「それはオルタナイト結晶同士が

 近しい距離に於いて、

 互いに共鳴し、引き寄せ合うという(ユニークな)性質よ」


「それってつまり...」


「そう、すぐ近くに

 別のオルタナイト結晶があるという事よ」


「っ! じゃあこのペンダントが引かれる先に向かえばっ!」


「必ず何かの手がかりがある筈よ」


馬車を路肩に停めて、一行は降車した。


辺りには人気はなく、仮に誰かが馬車の盗難を試みた所で

プロメによる偽装で、見た目も中身も違えば、

この時代に複雑な改造車両を操縦出来る者もいないので、

安心して馬車をその場に残し、皆で探索に当たる事にした


セルヴィを先頭にオルタナイト結晶に導かれるまま

一行は更に奥、裏路地を抜け

資材置き場か、粗大ごみ置き場か

様々な大型の木箱が立ち並ぶ一角に足を踏み入れた途端

ゼロスが立ち止まった


「...!、再び識別信号を確認した

 50m程先の山積みの木箱の裏だ」


「こちらでも確認したわ

 生体反応微弱、信号を何かしらの方法で

 意図的に弱めて偽装しているか

 そうでなければ恐らくは...」


「...」


ゼロスがゆっくりとセルヴィの前に歩み出ると

数歩進んで立ち止まり、振り返ってセルヴィの顔を見つめた


先程のゼロスとプロメの口ぶりから察するに

【見たくない物を見る事に成るかもしれない】

【ここでまっていても構わない】

という意味だろう、とセルヴィは悟った


「大丈夫です...一緒に行きますっ!」


セルヴィが力強く返事を返すと

ゼロスは僅かに頷くと、それ以上何も言わず

再び歩みを進めた


一際大きな箱の横を抜けると

奥の物陰から人の脚が見えて来た

そして


ヒュー… ヒュー…


空気が漏れる様な、擦れた音と共に

身に付けたマントや装備品の類からすると冒険者だろうか

セルヴィより一回り程年上に見える青年が

半身を血に染め、物陰に隠れる様に座り込んで居た


ゼロスが軽く手を挙げて皆を止め、一人で青年に歩み寄る


「だ...れか...いるのか...みずを...もえらない...だろうか...」


既に息も絶え絶えの青年が、僅かに顔を上げるが

その唇からは血の気が失われ

目は何処にも焦点が合っていない


「失血が酷く、もう長くは無いわ、

 それに彼の眼と耳はもう殆ど...」


その原因は明らかだ、

彼の右胸から脇腹を抉る様に欠損した傷口が

致命傷に至っている事は誰の眼にも見て取れた


プロメの診断にゼロスは頷くと

そっとその場に膝を折り、青年の背に優しく手を回し

ゆっくりと上半身を抱き起すと

次元収納から水筒を取り出し

青年の口にあてがう


「...んぐっ...あり...がとう...」


青年は1度だけ僅かに喉を鳴らすが

水の殆どは口から零れ落ちてしまっている

実際は殆ど飲めてなど居ない状態だった


もはやこの状態の人間に

無理やり話させる事は出来ないだろう、と

口頭による情報の引き出しを諦めていたゼロスだったが

その時、抱える少年の瞳に僅かに光が戻る


「あ...ああ...あなたは...」


「敵では無い、大丈夫だ、喋らなくていい」


この青年は何者かに襲撃された後、この場所に逃げのびて

僅かに冷静さを取り戻し、不安に陥ったのだろう、と思ったゼロスは

安心させる為、優しく話しかけた


「きて...くれた...僕たちを...助けに...」


青年は切れ切れにそう言いながら、突然涙を流し始めた

瀕死の状態により記憶が混濁しているのかもしれない

そう思ったその時

次に青年が発する言葉でゼロスは動揺する事となった


「それも...ラスト...ガー...ディアンズが...」


「っ!!」


間違いなく青年はその言葉を口にした


―ガーディアンズ―


半身を抱えられるほどの近さであれば

青年からは、光の屈折を用いた偽装ではなく

本来のアーマーの姿が見えているはずだ


それを見てこの青年は自分を

ガーディアンズだと、その中でも

ラストガーディアンズであると認識している


「君はいったい...」


ゼロスは激しく問いかけたい衝動を抑えつつ

静かに尋ねるが、青年からその解答は無い

既に薄れゆく意識の狭間にあるのだろう


「あぁ...オルタ...ナイトが...

 僕以外の...子供達も...

 助けて...良かった...」


青年もまた、セルヴィと同じ様に

オルタナイトの結晶を首飾りにして身に着けており

首元に僅かに輝く光と、視界の端に移る

セルヴィの胸元で淡く光る輝きを目で追いながら

震える指先を伸ばす


「長かった...やっと...みんなに...会え...」


言葉を言い終える事無く

伸ばした手は地面に落ち

青年は息を引き取った


ゼロスの腕に抱えられた青年の顔は

まるで幼い少年の様に安らかに笑みを浮かべていた


一体何があったと言うのか

この青年は何故ゼロスやオルタナイトの事を知っていたのか

気がかりになる事は幾らでもあった


しかし今、この場でそれを口にする物は居なかった

皆ゆっくりと名も知らぬ青年に黙祷を捧げる


―――

――


暫くした後、このままここに放置も出来ない為

ゼロスがそのまま青年を抱えたまま、

ゆっくりと立ち上がる


その時、青年の胸元から何かが地面に落ちる


セルヴィが慌てて駆け寄り、落ちた物を拾う


「これは...冒険者証、それと...宿の地図...?」

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