第92話 新たなるグリーンポイント

「な、何なんだよお前は!

 っ⁉その腕...っ!!」


古風な和風の建築物が立ち並ぶ街の人気の無い一角

冒険者風の青年が剣を構え、小さな影と対峙する


その相手はあのアンドロイドの少女だ


その身には再びどこからか調達したであろう

ボロボロのローブを纏っているが

端が千切れており、その機械の腕の一部が露出していた


コツッ...コツッ...


少女は何も変わらず、無表情のまま

1歩1歩、距離を詰めるのに対し


青年はそれに合わせ後ずさりながら一定の間隔を取り続ける


「ちっ!答える気は無いってか...

 折角追い求めていた手がかりが

 向こうから現れたってのにっ

 これじゃ分が悪すぎるぜ...」


額に流れる大量の汗が、形勢の悪さを物語る


青年が僅かに剣の柄を握りなおした刹那

少女がノーモーションで一気に間合いを詰め

その小さな腕を弓矢の如く振り絞りながら青年に迫る


「そう簡単にっ!!」


青年が咄嗟に腰のポーチから

筒状の缶を取り出すと正面に放り投げる


少女の指先が青年の胸元に迫ったその瞬間



カッ!!!


突如、目がくらむ程の閃光が一画を白く染め

耳を劈く様な爆音が鳴り響く


程なく閃光が鳴りやむと、そこには

少女が手刀を突きだした状態で一人佇んでいた


周囲にはキラキラと光る、紙吹雪の様な破片が舞う


「識別レーダー使用不能...

 一部センサー類に支障有...」


そのまま首だけを動かし、周囲に舞う破片を観察する


「閃光弾とチャフを組み合わせた粗悪なさく裂兵器...

 対象は逃走...しかし対象への致命傷を確認」


そう言うと手刀を崩し、

赤く染まり血の滴る自分のその腕を見つめる


「追撃の必要性、認めず、任務完了...」


少女はローブのフードを被り、静かにその場を後にする



—――――――――


一方その頃、ミヤト帝都近傍



ฅ^•ω•^ฅ キュイ!


御者席のるゼロスの肩のタマが声を上げ

その声で皆が正面を見ると、遠くから徐々に

視界に街並みが広がっていく


「皆さん見えてきましたよ、あちらが帝都ですわ」


目的地である事をフレイアが告げた


「アイタタタ...

 流石に何日も座りっぱなしじゃ敷物が有っても辛いわね...

 途中すれ違った行商から湿布っぽいの買っておけばよかったわ


 へぇ...なんか今までの都市とはずいぶん雰囲気が違うわね」


ヴァレラがお尻を摩りながら立ち上がり

馬車の荷台から顔を出し正面の都市を見つめる


「あの門や外壁の上に何枚も重ねて乗せられてる

 板の様な物はなんでしょう...

 金属...いや陶器の類でしょうか?

 門自体も木材と金属を複雑に組み合わせて作られていますね

 奥の都市内の建物も見た事無いデザインばかで興味深いです!」


早速目の前に広がる未知の技術に対し目を輝かせるセルヴィ


「あれは私達の時代でも、特定の地域で用いられていた建築技法ね

 魔具かしら?所々見慣れない物もあるけれど

 概ね、ジダイゲキという世界観に近いかしらね」


「ジダイゲキ?」


プロメの発した聞きなれない言葉にセルヴィが問う


「極東...と言ってももう大陸や地域の概念も変わってしまった

 この世界では的を得ない言い方に成るけれど

 そこにあった日本と言う国で好まれていた

 古い時代を描いた劇の事よ

 ゼロスには覚えがあるかしら?」


「分からない、後ほどデータライブラリーを参照しよう」


御者席から声が返る


「そう...」


(あれ...今一瞬プロメさんの顔が少し寂しそうに見えた様な...

 気のせいですよね、プロメさんなら仮に何かあっても

 表に出す様な人ではないはずですし)


セルヴィは、プロメが一瞬見せたAIらしからぬ表情が気になって

改めて彼女の様子を伺うが、変わった様子は無い

きっと自分の勘違いだろうと思い直し、再び都市へと視線を戻した


先頭で帝都を真っ直ぐ見据えていた

ゼロスの瞳の奥が微かに光る


「っ!プロメ」


「ええ、こちらでも確認したわ

 識別レーダーに反応あり...」


ゼロスの網膜に表示される識別レーダーにも

自分のすぐ背後、馬車の荷台に座るセルヴィの示す「グリーンポイント」の反応とは別に


もう一つのグリーンポイントが表示されていた。


「ん?どうしたの?敵襲...?」


二人の様子に警戒心を強めたヴァレラの瞳が、僅かに鋭くなった

(警戒心を強める)


グリーンポイントとは体内に

アデス因子を持たない人間を指し示す識別色だ


ゼロスがこの世界に着いて以来、セルヴィ以外では

誰一人として確認出来なかった

ゼロス達の時代の人類と全く同じ組成を持つ

人間と識別可能な存在の反応


何故、この世界の人間のほぼ全員が

体内にアデス因子を有しているのか

そして何故、この少女セルヴィだけがそうではないのか

その理由は未だ不明だ


「いえ、敵や脅威、という訳ではないわ

 ただちょっと気になる反応がね...」


臨戦態勢を取ろうとするヴァレラに

その必要は無いとプロメが告げる


「ふーん...やっぱこっちじゃ何も反応無いって事は

 あんたらの絡みの何かってとこかしらね

 ま、それなら私の出番は無いわね」


ヴァレラがこめかみ辺りを操作し

掛けたゴーグルに表示される情報を確認するも

特に何も得られなかったのか、浮いた腰を降ろした


「...消えた」


ゼロスが呟く


ゼロスの視界に先程まで表示されていた

新たな緑の点は、いつの間にか消失していた


彼は振り返り、プロメと目を合わせるが

彼女は小さく首を横に振った


「何かしらの信号を誤認したのか

 それともその対象に何かが起こったのか

 状況は不明

 その他のセンサーでもそれらしい反応は無いわ

 これ以上は街に入って直接調査してみないとね、

 先程の反応地点の記録からおおよその方向は掴めたわ」


「了解した」


ゼロスが再び正面に向き直る。


「あの...何かあったのですか?

 あのアンドロイドの女の子、ですか?」


先程から彼等のやり取りをキョロキョロと伺って

話しかけてよいのかと見計らっていたセルヴィが、声をかける


(アンドロイドの女の子...)


ゼロスの中でセルヴィの言葉が反復される


(アンドロイドの少女...

 彼女セルヴィと同じ識別反応...


 バセリアでの突然の襲撃...

 その初撃は間違いなくセルヴィを狙っていた


 まさか...あの少女はアデス因子を持たない人間を狙っている...?


 変異種と言うのは彼女の様な人間の事を示しているのか?)


暫く思考を巡らせるゼロス


「可能性はあるが、まだ分からない」


「そうですか...」


「それをこれから調べる為に帝都に来たんでしょ

 それこそ行けばわかるわよ

 ついでにこれだけ変わった都市なんだから

 きっと変わった食べ物も沢山あるに違いないわ!」


しょんぼりするセルヴィにヴァレラが檄を飛ばす


「あはは...ヴァレラさんはそっちが主目的みたいですね」


ぶれないなぁ...と思いつつ乾いた笑みを浮かべるセルヴィ


「来た時も言ったけど、考えたって答えが出ないんだから

 そういう時は現状に対し、自分が出来る事を考えるのよ」


「むむむ、確かに...ってそれらしい事いって

 やっぱり買い食いしたいだけなんじゃないですか!?」


「ついでよ、つ・い・で♪」


隣で二人の様子を微笑みを浮かべながら見ていたプロメが

そっとアイコンタクトでヴァレラに礼を言う


「さ、もうすぐ関所見たいよ、でも誰も並んでないわね

 本当に通してもらえるのかしら」


照れ隠しなのか、プロメから顔を背けると、ヴァレラが急にフレイヤに話を振った


「はい、お任せください、大丈夫ですわ

 わたくしは帝都には数度来ておりますのでご安心を

 関所の前で馬車を停めたら、皆様は中でお待ち下さい」


「降りなくていいって...

 身分証のチェックとかしなくていいの?

 外との関わりを制限してるって割に結構ザルなのね

 それともそれ程までに教会の影響力が強いって事なのかしら?」


「ふふ、さぁそれはわたくしには答えかねますわ」


そして関所の大門前に馬車を停車すると

フレイアが丈の長い神官服のスカートを押さえ

器用に素早く馬車から降りると

優雅な足取りでゆっくりと衛兵の元へと歩いて行った。

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