一章 テンキ

01 悪夢

 突き刺すような強い日差しが降り注ぐ真夏のある日、少年は約束の場所に向かっていた。いつも待ち合わせに使う、丘の上の大きな木の下。額から頬へと流れ落ちる汗を拭いながら、その場所を目指していた。その丘に向かう近道の林に入り、獣道のような坂を駆け上がった。

 薄暗く涼しいはずの林は、やかましく鳴き続ける蝉のせいで暑さが和らいだ気がしなかった。少年は林を駆け抜けると、目の前に目的の大きな木があった。その木の下で麦わら帽子を被り、白いワンピースを着た少女の後ろ姿が見えた。

 その姿を見て、嬉しくなった少年は大きく息を吸い込んだ。

「おーいっ!」

 少年の声が聞こえた少女は、目立つブロンドの髪を揺らしながらこちらに振り返った。

ようちゃんっ!」

 少年、陽介ようすけを嬉しそう呼ぶが、その表情は少しかげっていた。

「悪い、待たせた! 今日は何して遊ぶ?」

 いつもここで待ち合わせをして、何を遊ぶかを決めていた。夏休みで学校の勉強から解放された今、二人で遊びたいことは山ほどある。それにもうじき学校が始まる。それまでに二人で遊び尽くしたかった。

「昨日は山で木登りしたし、家の近所でかき氷も食ったよな? 今日は川で遊ばね?」

 すっかり小麦色に焼けた肌は、彼がこの夏休みで遊び尽くした証拠だ。しかし、ずっと一緒に遊んでいたのに、彼女の肌は白くて綺麗だ。彼女はその白い腕を抱えるようにして立っていた。

 不安でいっぱいな顔をしている彼女を見て、陽介は怪訝な顔をする。

「どうしたんだよ? 腹でも痛いのか?」

「えーっと…………あのね、陽ちゃん……」

 言いにくそうに口を開閉している彼女に陽介は彼女が言い出すのを黙って待っていると、やっと決心のついた顔でこちらを見た。

 緑色を帯びた黒い瞳が真っすぐにこちらを見つめる。

「あ、あのね! 陽ちゃんにずっと言いたかったことがあるのっ!」

 ぎゅっと白いワンピースを握りしめてそういう彼女の顔は真っ赤だった。

「え、なんだよ……急に?」

「陽ちゃんは……アタシと一緒に遊んでて楽しい?」

「はぁ? 当たり前だろ? 楽しくなかったら遊んでねぇよ」

 彼女と出会ったのは夏休みが始まる直前だった。近所に越してきた彼女は、前の学校では友達がいなかったらしい。男子からもいじめ紛いなこともされていたようだった。

「陽ちゃん……陽ちゃんは、アタシとずっと友達でいてくれる? 学校が始まっても仲良くしてくれる?」

 目尻が下がった大きな目には、涙がたまり揺らめいている。なぜ、彼女がそんなことを聞くのか分からず、陽介は頭を掻きながらも真剣に考えた。

「当たり前だろ? 急にどうしたんだよ、御影みかげ?」

「陽ちゃん…………」

 彼女のワンピースを握る手に力が入った。

「実は、アタシ………………っ!」

 バッ

 自らワンピースをめくりあげ、ワンピースの下があらわになった。



「アタシ、なのっ!」



「──……はっ!」

 陽介は目を見開いて飛び起きた。体は寝汗でぐっしょりと濡れていて気持ち悪い。額から流れる汗を拭ってから、ベッドに再び横になった。すぐ横にあるスマホの時計を見ると、まだ夜中だ。まだ寝られる時間にも関わらず目がさえてしまい、陽介はため息を漏らした。

「最悪な夢見だったぜ……」



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