第15話

ホタルに別れを告げ、家路につくことにした。

僕は広げた物を革袋に詰め込みなおし、川の水ですすいだおちょこや空の容器を布で拭いていた。

"はぁ…。またあの道を歩いて戻らなきゃならないのかぁ…。…めんどくさい。"

彼女は両手を身体の外側に置き背中を預けるようにしながら、うつむくように足下を見つめ足を交互にパタパタとさせている。表情はどこか虚ろげだ。

飲み過ぎてしまったのだろうか、彼女がストレートな物言いをしている。それほど量は飲んでいない筈なのだが、やはり普段から飲んでいない分、十分過ぎる量だったようだ。僕も少しばかり身体が重い。

"でも、楽しかったでしょ?"

"うん‼︎ すっごい楽しかった‼︎ フフ。幸せ。"

彼女はその姿勢のままパッと顔を上げた。うって変わってニコニコとした表情を浮かべ、今度は足を揃えてパタパタとさせている。まるで子供のようにはしゃぐその姿を見て、僕も心が満たされていくのを感じた。

拭き終えた物たちを布でくるみ、革袋にしまい入れる。

"どれ、じゃあそろそろ行きますかね。"

革袋の栓を締めぬまま、開口部の両端を摘まみ上げるように軽く持ち上げ、中身が偏りで壊れそうにないかチェックしていると

"よっ、と…。"

彼女は唐突に、座っていた岩から飛ぶようにして降りて僕の背中にのしかかるようにくっついてきた。

彼女の重みが背中に伝わる。

"シオンくん…。私ね…。"

重みがゆっくりと温もりに変わっていく。

一体どうしたと言うのだろう、彼女はその言葉の続きをなかなか話してくれない。

たまり兼ねて彼女に尋ねた。

"どうしたの?"

"うーん…。"

彼女が背中で唸り声を上げている。それでもなお言葉の続きが話される事はない。

よっぽど話しにくい事なのだろうか…。

背中が急に軽くなった。

"フフ、なんでもない‼︎ なんでもないですよー。"

彼女は離れたようで、声は少し遠くから聴こえた。背中が冷たく感じる。

振り返ると、彼女は背中側で手を組み、ニコニコしながら辺りをうろついていた。

"えっ、なんだよそれー。気になるよ。"

"えへへー。内緒。"

多少軽くなった革袋を置き去りにして、彼女の方へゆっくりと歩を進める。

彼女の頬を、人差し指を握るように曲げた側面でグリグリと突く。

"何を言おうとしたんだよ?"

彼女の頬は夜風を受け冷たくなっていた。

ぷにぷにとした柔らかい感触が面白くて、つい余計にグリグリしてしまう。

"ふふー。内緒。"

頬をいじられながらも、目を閉じてニッコリと笑みを浮かべた。

あぁ、なんて幸せなのだろう。

いじっていた手を開き、彼女の頬に当てがい目をつむった。右手の熱を彼女の頬に伝えると共に、彼女の熱を掌で感じ取る。

"どうしたの?"

今度は彼女が質問をしてきた。

瞼を開けると、彼女は僕を微笑みながら見つめていた。

彼女が言ってくれないのに、僕だって決して言ってやるものか。

手を離し、彼女に笑顔を向ける。

"内緒。"

"もうー。またそうやって。"

彼女は頬を膨らませ、腰に両手を当てがうと不満を露わにした。

"さぁ、どれ、帰りましょうかね。"

革袋のある岩へと戻り、手に取ると背中に背負った。

"はーい。"

彼女がピョコピョコと足音が聞こえてきそうな足取りで僕の方へと近づいてきた。


グォォォーッ‼︎


突然、とてつもない音量の獣の咆哮が聴こえてきた。

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