第5話 傷のついた腕

- 第5話 傷のついた腕 -


男の子に愛想よく振舞っていると僕の目の前に拳を出してきた。

「これあげる!いいよっていうまで目を瞑ってて!」

突然やってきて突然なにかをくれるようだ。すこし変だとは思っていたけど10歳も満たない男の子がつぶらな瞳で僕を見つめているものだから断ったらかわいそうだと思い僕は男の子の指示にしたがった。目を瞑って両手を器のようにして腕を伸ばした。すると男の子の手だと思われる人の体温を感じた。その瞬間ちくっと針に刺されたような痛みが全身を走った。思わず反動でいいよと言われていないのに目を開けてしまった。僕が目を瞑っている間目の前にいたはずの男の子がいなくなっており器のようにした両手に目をやると少し血が滲んでいただけだった。なにかをくれた感覚は無く感じたのは男の子のだと思われる体温と針に刺されたような感覚だけだった。不思議な体験をした僕は血で滲んでいる手を服で拭った。なんだったのだろうとあまり気にせずに僕は白い建物の中を見ようとした時だった。

ドクン!

突然心臓が激しく動き出し、血液が沸騰するような感覚に襲われ身体中が燃えるように熱くなった。さらに呼吸もしづらくなりあまりの息苦しさに自然と胸を押さえ、服に皺を作った。定まらぬ視界の中で自分の体が徐々に変化していることに気がついた。その姿にいつかの思い出したくない記憶が蘇ってその記憶にすぐに飲み込まれてしまいそうだった。変化し続けている体は悪鬼になろうといていた、そして心までも。人間である意識を失いかけている。まだかすかに残っている人間の意識をこちらに戻そうとして思い切り自分の腕を噛んだ。ポタポタと腕から垂れる血をぼやける視界のなか眺めていた。乱れた呼吸を正常に戻そうと肩で息をする。どうやら完全に悪鬼にはならなかったみたいだ。強張った体から一気に力が抜け僕はその場に膝から崩れ落ちた。突然のことに戸惑っていた僕はやっと冷静さを取り戻し未だに噛み跡のついた傷から血が流れ続ける腕をペロリと舐めた。

「不味い」

もうデュートたちのところへ戻ろう。このままここにひとりで居続ければ今度は悪鬼になって正気に戻れないかもしれない。急に怖くなった僕はとぼとぼとソフィアさんの家へ歩き出した。噛みちぎれるほど噛んだ腕は傷が深くなかなか血が止まらなかった。そんな腕を抑えながら角を曲がってひとつふたつと一軒ずつ数えていった。みっつと言い終わった時ライルが立って居たことに気づいた。僕はライルは好きだけど目が覚めているライルは少し苦手だった。大きな瞳になんでも見透かされてそうで怖いから。

「ど、どうしたの?」

僕は必死に誤魔化そうと腕を隠した。でも僕の服には血が付いていてなにかあったんだよと言わんばかりの物的証拠があった。

「それはこっちの台詞。顔色も悪い、やっぱりなにかあったんだ」

ライルは全て予想していたかのように言った。やっぱりということは先ほどの胸騒ぎ同様、何か感じていたのだろう。ライルの言葉は怒っているのか僕を心配して言ってくれているのかわからなかった。たぶん怒っているんだと思うけど。僕はふにゃりと笑ってそっぽを向いた。するとバレストリがソフィアさんの家からひょこっと頭を出してライルを呼んだ。その声にライルは反応せず僕の方をじっと見て気まずい空気を作っていた。もう一度ライルを呼ぶバレストリは家から出てきていた。あまり心配させたくなかった僕はこっち見ないでと心の中で叫んだ。そんな叫びは聞こえるはずもなく僕の存在に気づいたバレストリは僕の方へ駆け寄った。

「どうしたのこれ!早く手当てを!」

バレストリは一瞬で顔を青くし血が流れている右腕をかばうように左腕を引っ張ってソフィアさんの家に連れていった。バレストリに連れてこられ中には外での会話を聞いていたであろうデュートが鬼の形相で仁王立ちしていた。これは怒られると僕は体を縮こませ俯いた。バレストリに手当てをされている最中、案の定僕はデュートにこっぴどく怒られた。その後質問攻めを受けた。あの不思議な出来事をどのように説明しようかと黙っているとダーマンが俺の隣にどかっと座り声をかけた。

「何を隠してる」

その一言にびくりとした。ライルのように意外と勘が鋭いダーマンに嘘はつけない、というか嘘をついてもすぐにバレてしまう。僕はゆっくりと口を開いて少し躊躇いながら話した。話した結果、ソフィアさんの頼みが解決してからまた掘り下げようということになった。僕の話を悲しそうな顔で聞くソフィアさんをちらりと見るとその顔には偽りがあるように見えた。ダーマンも同じことを思っているらしく、ソフィアさんを睨んでいた。その姿にライルはダーマンの腹をこっそりと殴った。

すでに日は落ち外が真っ暗になった頃、僕は丁寧に手当てされた腕を空に掲げて見ているとデュートを先頭に続々とソフィアさんの家から出てきた。

「出発するぞ」

上着を羽織りながら放ったデュートの言葉に急いで返事をして付いていこうとすると、誰かにガシッと腕を強く掴まれた。それに驚いて腕の方を見ると細かく震えるダーマンがいた。そういえば列車の中でずっと怯えていたもんな。暗所恐怖症というわけではない、怖いもの特に幽霊がが怖いというだけみたいだ。そんなダーマンに少し可愛いと思ってしまった。出発したメンバーにソフィアさんの姿はなく家にいるようだ。デュートの後をついて歩いているとダーマンが何か呟いた。

「お前、馬鹿じゃねぇの」

こんな怖がって震えているのにそんなことが言えるとはと僕は思ったが自分でも馬鹿だと思いうんと小さく答えた。

デュートに連れられたどり着いたのはソフィアさんの家から10メートルほど離れた場所だった。ここで身を隠して幽霊が出るのを待つらしい。前から順番に僕、ダーマン、デュート、バレストリ、ライルの順で隠れていたがみんなが見よう見ようと後ろから押してきて僕の体がはみ出していた。一人は奥で熟睡していて、一人は僕の袖をぎゅっと掴み小さく丸まっているけど。

「もう少し奥行ってよ」

「これ以上は無理だ」

軽く寸劇をしていた僕とデュートはバレストリに幽霊が出たと教えられすぐに視線をそちらに向けた。バレストリが指差す先には小さくて白い、まるでボールのようだった。


To be next scene…

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