ムノキスケ
詩一
傍観者
ソイツが現れるのはいつも夜だった。
それも光を避けるように。
駅のホームから見える電柱の向こう。街灯も月明かりも届かない、茂みの中で
ソイツが見えてしまうという不幸の中、幸いなのはソイツが進路を妨害するような位置に
初めてソイツを認識したのは
恐怖のようなものはなかった。と言うのも、暗闇がただ人型に深まっているように見える、
度々目にするようになり、
一度認識すると、見かける回数も多くなった。
これは心霊的な何かに取り
ともあれこれでアイツを断ち切る事ができるならば、と除霊をお願いする事にした。
晴れやかな気分での帰宅途中、ソイツを塀の影に見かけて
あのインチキ霊媒師め。バチが当たればいいのだと思った。
しかしながら、世間的には認められているほど有名な霊媒師の除霊が効かないとすると、これは幻視の類であるのだろうと思った。ストレスならば思い当たる節は多々ある。何しろ残業したその日から見ているのだから、仕事からくるストレスだと言う事で間違いなさそうだった。そんなにメンタル弱いのかとちょっとショックだったが、幽霊や化け物じゃあないならその方が良いと思った。
とは言え医者に行く事も無かった。
それは何となくそうだろうから、という憶測が立った為に
そう言う訳で医者にも行かず、ソイツを夜の
ある日親戚のお姉さんにソイツの事を話してみた。歳も近く話も合うので、そういう深刻そうな話でも別段気負いなく打ち明けられる人だったから。
「ああ、それって多分、ムノキスケなんだと思うよ。真面目に生きてる証拠らしいから、安心して良いよ」
「え。何それ。知ってるの?」
「私は知らないわ。だって不真面目だもの。
彼女に聞く限り、ソイツは危害を加えてくる事は無いのだそうだ。ただ少し距離を置いた場所でこちらの様子を傍観しているだけ。
心霊でもなく幻視でもなくムノキスケと言う不可思議な存在になってしまい、いよいよ僕の想像の及ぶ範囲ではないと知ると、逆に気が楽になった。
傍観者たる影を視野の片隅に置く。と言うと気が滅入る話に聞こえるが、実際そんなに苦痛ではなかった。カレは夜にならなければ
そして今、僕がムノキスケについての
今日僕は、会社で大きなミスをしてしまったのだ。
入社5年目にしてこんな大きなミスをしたのは初めてだったかも知れない。
止むに止まれぬ理由があるなら、仕方ないと
己で引き起こしたものだが、そのストレスに精神が付いて行ってないのかも知れない。それによってムノキスケが近くに居る……ように感じるのかも知れない。
電車を降りて改札を抜ける。
駅のホームを背に
スーパーの入り口を目指す。
生命維持の為に食材を
オツトメ価格ワゴンセール。
バリバリとプラスチック音。
唐揚げ弁当に大根のサラダ。
栄養面も一応気にしながら。
どんなに落ち込んでいても、生き永らえたいものなんだな。
どうして生きていたいのか、それすら分からないと言うのに、これじゃあまるで延命措置みたいだ。
レジで会計を済ませてスーパーを出た。
切り裂く風が景色を
いつもより多く瞬きをしながら、コートのボタンを
アパートの手前、振り返ると闇の中にソイツは沈み込んでいた。
やはりいつもより近い気がするな。
そう思ったが、それでもいつも通りヤツは光の当たる場所には出てこない。
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