我が一族の力を見よ②
「
披露宴会場予定地であった、村郊外の空き地のど真ん中に着地する。
「おう、タオ坊。戻ったか」
腕を組んで仁王立ちしていた父様に声をかけると、あっけらかんとした様子でひらひらと手を振る。
「こ、これはどういう状況なんですか!?」
会場の周りを取り囲むように、村人達が集まっている。
その向こうには騎士団の人達が馬から降りて整列し、一番豪華な騎士鎧を着た人がガチガチに緊張してこちらを見ていた。
「あぁ、後から説明する。それよりこの娘がヤチカか」
僕に抱かれたままのナナカさんとヤチカちゃんを覗き込む。
「は、はい。私の––––––妹です」
眠っているヤチカちゃんの顔を、父様に見せるように肩で持ち上げるナナカさん。
「ヤチカ。ヤチカ、ごめんね? アスラオ様にご挨拶を––––––」
ゆさゆさと身体を優しく揺らし、なんとかヤチカちゃんを起こそうとするが、眠りが深いのかなかなか起きてこない。
「良い良い。怖い思いをしたのだろう? まだ眠らせておけ。しかし無事で良かった」
父様がその大きな手でヤチカちゃんの頭を撫でる。
あ、ちょっと。
父様の力でそんな撫で方したら––––––。
「…………ふぁあああぁ……うにゅ」
––––––ほら、起きちゃったよ。
大きく欠伸をして目をこするヤチカちゃんは、上体を起こして周りを見渡す。
頭の上の手にようやく気付いたのか、父様を見上げて固まった。
「…………ど、どなたですか?」
寝起きの
「タオ様のお父上よ? ほら、ご挨拶して」
「……や、ヤチカ・フェニッカ・アルバウスです」
少しだけ怯えの含んだ目で、ヤチカちゃんは父様に挨拶をする。
無理もない。
こんな筋肉オバケ、初めて見たら誰でも怖がるもん。
「おお、俺は亜王院・アスラオ。よろしくな」
今度は遠慮なく、ぐしぐしとその金髪を荒く撫で回す。
こらこら、女の子にする撫で方じゃないですよそれは。
「……ご、ごめんなさい。あぅ」
「怒っとらんぞ。はっはっはっ」
なんでこんなご機嫌なんだ。この人。
父様の後ろには、未だ硬い表情でピクリとも動かず、綺麗に整列している騎士団の人達が見える。
いい加減僕、気まずくなってきたんだけど。
そろそろこの状況を説明してくれても良くない?
「タオジロウ。無事で何よりです。ナナカさんもその妹さんも」
両手にテンジロウとキララを引き連れて、
後ろからトウジロウとサエも付いてきて、僕の家族が勢ぞろいである。
「はい。なんとか間に合いました」
僕の隣へとやってきた母様にヤチカちゃんを見せる。
傷だらけだった身体は今はすっかり癒えていて、痕一つ残っていない。
本当に間に合ってよかった。
「さすがはアスラオ様の子。私たちの自慢の息子です」
そう言って、母様はナナカさんとヤチカちゃんの頭を撫でた。
「はじめましてヤチカ。私は亜王院・シズカです」
「し、シズカ様?」
「はい。タオジロウの母です」
にっこりと優しく、母様はヤチカちゃんの頭を撫で続ける。
みんな撫ですぎじゃないかな。いや、さっき僕も撫でたけどさ。
でもなんだか自然と手が頭に伸びてしまうんだよな。
こう、庇護欲をくすぐられるというか。
思わず守ってあげたくなるんだ。
「私もタオ坊の母よ。トモエと言うわ。よろしくね?」
「……よ、よろしくお願いします」
母様の側からひょっこり顔を出したトモエ様は、頭ではなくヤチカちゃんの柔らかなほっぺたをさすった。
されるがままのヤチカちゃんはオロオロしながらナナカさんを見ている。
「にいさまにいさま! ヤチカちゃんのおかおみせて!」
「お、おお」
キララが僕の着物の裾をぐいぐいと引っ張った。
お前は本当、いつも元気だな。
「ほら、ヤチカちゃん。妹のキララだ」
ヤチカちゃんの顔が見やすいように、キララと同じ目線まで屈んでやった。
そういえば、そろそろ二人を下ろしても良い気がする。
まあ、ヤチカちゃんはまだ起きたばかりだし、もうすこしこのままで良いか。
キララは前のめりでヤチカちゃんの顔を覗くと、満面の笑みを浮かべた。
「こんにちはヤチカちゃん! わたしはわたしはキララだよ!!」
ちょっ、ちょっと声の大きさ下げてくれキララ。
兄様耳がキーンってなってるから!
「……こ、こんにちは。キララおねえさま」
「はぅっ!」
「お、おいキララ?」
ど、どうした?
なんで胸を押さえて仰け反ったんだ?
どこか痛いのか?
「ぉ、おおおおおっ!」
「キララ!? 」
なんか唸りだしたぞ!?
兄様本気で心配なんだけど!!
「––––––っ! おねえさまっていわれたっ!」
「へ?」
「キララ、おねえさまっていわれた!」
う、うん。
ヤチカちゃんはお前の一個下だからね?
間違ってないぞ?
「えへへ、えへへへ。えへへへへへ。ヤチカちゃん、あっちいこあっち! ケーキあるの! たべたことある? おねえさまがとってきてあげる!」
「……あ、あの。えっと」
ナナカさんの顔をちらちらと見て、ヤチカちゃんはどうすれば良いのか分からず困り顔をした。
「いってらっしゃいヤチカ。キララねえさまの言うこと、ちゃんと聞くのよ?」
ナナカさんがニコッと笑い、ヤチカちゃんを支えていた手を離す。
「……は、はい」
「いこっ!」
ゆっくりと僕の身体から降りたヤチカちゃんの手を、キララがしっかりと握る。
「……お、おねがいします?」
「おねがいされました! されました!」
おずおずと返事を返すヤチカちゃんにまた満面の笑みを見せ、キララはその手を引いて駆けていく。
「お、おいキララ! 転ぶからゆっくり歩きなさい!」
「はーい!」
返事だけは立派なんだよないつも!
「テンジロウ、キララとヤチカについてやりなさい」
トモエ様がテンジロウに命令した。
テンジロウは人見知りするから、知らない人が多いこの場が苦手なのだろう。
さっきから恥ずかしそうにトモエ様の後ろに隠れていた。
「えー? テンはタオ兄様と一緒がいい」
「ほら、タオ兄様は大事な用事があるの。あんた兄様なんだから、キララの面倒見るの!」
「いっつもテンだけ仲間外れにするぅー」
拗ねて口を突き出すテンジロウ。
なんか悪いな。
全部終わったら、一日中遊んでやろう。
「ほらテンジロウ、僕も一緒に行くから」
「あんた男のくせにみっともない拗ね方しないの。ほら行くわよ」
僕に目配せをして、トウジロウとサエがテンジロウの背中を押した。
助かるよ。
持つべきものは出来のいい弟と妹だな。
テンジロウもキララも十分出来た兄妹だけどさ。
「トウ兄様とサエ姉様が言うなら……いいけどさぁ」
未だ納得のいかないテンジロウは、渋々とキララ達の後を追った。
トウジロウとサエはその後を苦笑しながらついていく。
さて、これで少しは説明してくれる状況が整った、のかな?
とりあえず。
「ナナカさん、降ります?」
これで抱き上げ続ける理由は、無くなったわけだし。
「––––––はっ、はい! 私ったら、なんて失礼な!」
ナナカさんは慌てて僕の腕から飛び降りる。
「すいませんすいません! アスラオ様やお義母様方の前で––––––なんてはしたない真似を!」
ぺこぺこと頭を下げるのはいいんだけれど、髪が地面に着きそうだから。
「––––––さて、タオ」
「はい」
父様が急に真面目な顔をした。
だからおちゃらけなのもここまでだ。
全てに、結論を出そう。
「あそこに居るのが何なのか、お前はわかるな?」
「この国の、騎士団です」
「そうだ。しかも精鋭部隊。この国の一線級の戦力だ。アイツらは、俺が呼んでおいた」
いつのまに……。
「ウスケの調査のお陰だな。伯爵家の裏帳簿や隣国アガラマとの親書など、あらかじめ手に入れて王都にいる宰相に送っておいたんだ」
ああ、なるほど。
一ヶ月もあれば、ウスケさんなら当然そういうとこまで手を回しているに決まっている。
「今日間に合ったのは本当にたまたまだが、これで俺たちは国のお墨付きでアイツを––––––殺せるわけだ」
父様が指差した先に、アルバウス伯爵とその妻、そして娘達が居た。
地に伏して、縄でぐるぐる巻きにされている。
悔しそうな顔で僕ら、そしてナナカさんを睨んでいる。
その側で腕を組み、伯爵を見下ろしているのは誰だろう。
着ている服や外套を見る限り、かなり位の高い人のようだけど。
「ああ、あれはこの国の筆頭執政官だ。王の勅命を受けて、視察という名目で来たらしい」
「はぁ」
そこらへんの政治的なあれこれは、正直僕はよく分からない。
勉強不足だ。
帰ったら先生に色々教わろう。
「さて、タオ。ここからは俺ら亜王院の『本業』だ。俺の予想では、スラザウルもこのままでは終わらんだろう。お前にとっての––––––初陣である」
「––––––初陣」
亜王院の『本業』。
僕らは戦鬼だ。
だから戦う事が生き甲斐だが、亜王院に生まれた男にとって本当の『戦い』とは普通の戦と少し違う。
これまでだって、戦場や盗賊退治や魔物退治は何回も体験している。
でもそれは、亜王院の『戦』ではない。
ムラクモ刀衆の仕事だった。
だから、僕の初陣は––––––今日この時なのだ。
「準備は、良いか?」
父様の声に、覚悟を決める。
生半可な事は出来ない。
僕の今までの修行や稽古は、全てこの時のため。
亜王院次期頭領として、みっともない姿は晒せない。
一度大きく深呼吸をして、空を見上げる。
うん。大丈夫。
僕は全然戦える。
これはナナカさんのお母様––––––ムツミ様の無念を晴らすための戦いでもあるのだ。
ナナカさんの顔を見た。
遠くで縛についている父親を、なんとも言えない表情で眺めている。
そうだ。
彼女のためにも、頑張らねば。
僕の、僕らの戦いでもある。
それなら僕が、やらねば。
だから僕は父様の顔をしっかりと見つめ、そして––––––。
「はいっ!」
強く大きな声で返事をした。
父様はニヤリと笑い、僕の頭を撫でる。
「上出来だ坊主。シズカ! トモエ!」
「はい」
「ええ、貴方」
呼ばれた母様達が静かに頷く。
「ガキ共は任せた。ナナカもしっかり守ってやれ」
「もちろんでございます。ナナカもそして」
「ヤチカも私たちの子も同然。守ってみせるわ」
息の合った返事を返し、母様とトモエ様はナナカさんの手を取る。
「行きましょう。ここは戦場。男の仕事場になります」
「え? えっと」
「ほらほら、夫を気持ちよく見送るのも妻の勤めよ? タオ坊に発破の一つでもかけてやりなさい?」
状況についていけてないナナカさんが、困惑の表情で僕を見る。
「大丈夫です。見ててください」
安心させるように、努めて優しく微笑む。
「––––––は、はい。お気をつけて……私のタオ様」
「はい。行ってきます」
ナナカさんの頬を拭う。
何故だか急に、触れたくなったのだ。
自分でもかなり不思議だけれど、一体この気持ちはなんなのだろうか。
まあ、いっか。
あとは全部、終わってから考えよう。
「行くぞ」
「はい!」
僕の横を通り過ぎる父様を追って、僕はナナカさん達に背を向ける。
大きな背中だ。
頼もしい背中だ。
僕もいつか、こんな風になれるのだろうか。
「準備は良いか! ムラクモ刀衆!」
『おおっ!』
いつのまにか、僕らの周りに刀衆の人達が取り囲んで居た。
そりゃそうだ。
だってこれは、亜王院の戦。
その戦場に刀衆が居ないのは、道理が通らない。
なぜなら彼らは、文字通り父様の『刀』なのだから。
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