タオとナナ⑥
「ラーシャ! こっちこっち!」
ナナカさんの手を取って村の外に出ると、大きな口で欠伸を噛み殺している
「きゅう? くあぁあ!」
ぶんぶんと手を振って居場所を知らせるとラーシャは嬉しそうに一鳴きして、その太くて長い尻尾を同じようにぶんぶんと振る。
拾った時は子供の頃の僕が抱えて持てるぐらい小さかったのに、大きくなったなぁ。
ラーシャの足元を見ると、何人かの里の大人が荷物を降ろしていた。
なにあの量……。
バザールに定期的に卸している商品より荷物多くない?
「たっ、タオジロウ様!? 危のうございます! あれは飛竜ですよ!?」
ナナカさんのが身体を強張らせ、足を地面に突っ張らせて僕を引き止めようとするが、その程度じゃ僕の勢いは殺せない。
ナナカさん、華奢な人なだけあって力弱いなぁ。
『禁』が施された今の状態の僕でも引っ張れるって相当だよね。
「大丈夫ですよ。あの子はラーシャ。僕が四歳の時に拾ってきた、兄弟みたいな子なんです」
「……大丈夫と申されましても」
なんでみんなラーシャのこと、こんなに怖がるんだろうか。
前に南の国のお祭りをラーシャと一緒にこっそり見に行った時なんか、そこの国の騎士団の人とか術師の人とかにめちゃくちゃ攻撃されちゃったし。
あとで父様にめちゃくちゃ怒られたっけ。
こんなに大人しくて人懐っこいのに、みんな酷いよね。
「タオ〜。こちらですよ〜」
ラーシャの足元で手をゆらゆら振っているのは
旅衣装である
長い黒髪を風に靡かせて、いつもと変わらない優しげな笑顔。
母様はいつだってのんびり屋さんだ。
「母様!」
「きゃっ! タオジロウ様、速すぎます!」
「あっ、ごめんなさいっ」
ナナカさんを強く引っ張りすぎてしまった。
久しぶりに母様の顔が見れたからって少しはしゃぎすぎちゃったな。
もう十二歳になったんだから、少しは母親離れしないとダメなのに。
ナナカさんに子供みたいって思われちゃう。
「……あ、あとお手を離していただければ、と」
「へ?」
なんで?
「ナナカは、恥ずかしゅうございます」
そう?
里の子供達なんか手を繋いでないと危なっかしいから、僕ら年長がいつもこうして引っ張って歩いているぐらいだ。
そんなに恥ずかしいことじゃなくない?
「ナナカさんがそう言うなら……」
握っていた手を離すと、ナナカさんが大事な物を抱えるように手を隠した。
なんか顔、赤くない?
大丈夫かな。
風邪?
ナナカさん、身体弱そうだもんな。
「ナナカさん、はいこれ」
ちょっと心配だったから、僕の上衣を一枚その肩にかけてあげた。
旅衣装の中でもけっこうお気に入りの一枚で、背中に荒獅子の刺繍が施されている半纏。
母様が縫い上げた父様とお揃いの品だ。
「……え?」
その綺麗な翠色の瞳をぱちくりさせて、ナナカさんは僕の顔を見る。
「どうしました?」
「……い、いえ」
なんだろう。
なんで顔背けたんだろう。
変な事したかな僕。
「……落ち着くのよナナカ。相手は歳下じゃない」
「––––––? なんか言いました?」
「な、なんでもございませんっ」
本当どうしたんだろう。
謎すぎる。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「タオジロウ。久しぶりですね。また逞しくなって」
そう言いながら母様は僕の頬や頭や髪を撫でる。
「一月程度ですよ母様。そんなに変わるものじゃありません」
グニグニと撫でられまくりながらの僕はされるがまま。
くすぐったいからやめて欲しいって昔から何度も言ってるのに、絶対にやめてくれないから僕はもう諦めている。
友達とかに見られたら恥ずかしいんだよなぁ。
「きゅあっ! きゅうういっ!」
「ラーシャっ、はははっ。お前もくすぐったいよ」
ラーシャは鼻先を僕に差し出して、撫でて欲しそうにスリスリと擦り寄せてくる。
いくつになっても甘えん坊なんだからこいつぅ!
おーしおし、ほらほら、ここが気持ちいいんだろう?
「男子三日会わざるは刮目して見よ、と言う言葉もあります。荒旅、ご苦労様でした」
頭を撫でるのをやめた母様が、両手で僕の顔を包んでまた微笑んだ。
うん。
母様の顔を見ると不思議と安心する。
「へへっ、ありがとうございます」
なんだかとても気恥ずかしくて、僕は鼻の頭をポリポリとかいて微笑み返した。
本当に、この田舎に来るまでの旅路は険しいものだったもんなぁ。
主に父様のせいで。
わざわざ人の通らない険しい道を通ったり、魔物の巣を好奇心で突いたり、夜の火の番全然交代してくれなかったり!
あの人本当やることなす事めちゃくちゃなんだから!
そもそもこうしてラーシャに乗ってきたら一日もかからず、むしろまっすぐ来たら三日でこれるような旅程を一月もかかったのも、全部あの人のせいなんです!
ようし母様に全部チクってやろう!
今朝お腹蹴られて起こされたのも含めて全部!
全部だ!
「––––––それで」
母様の視線が僕の後ろ、ナナカさんへと移った。
「貴女が、タオのお嫁さんね?」
「はっ、はい! ナナカ・フェニッカと申します!」
可哀想なぐらい緊張で強張るナナカさんが、ふわふわの金髪を思いっきり揺らして頭を下げた。
ああ!
ダメダメ!
それ以上頭を下げたら地面についちゃう!
せっかくの綺麗な髪が!
「頭を上げなさい。ナナカ・フェニッカ」
うん?
なんか、母様の声がとても重く聞こえるぞ?
それは父様が何か大変な事をしでかした時に良く聞く、母様が怒っている時の声。
足の先から髪の毛の先まで凍りつくような、恐ろしい声。
「……はっ、はい」
その恐ろしさを感じ取ったナナカさんが、何かを覚悟した表情と共に頭を上げた。
な、なに?
なんで急にこんな空気になっているの?
あれ?
なんでみんな、僕らから離れていくの?
ラーシャから降りてきたばかりのヨシヒサ叔父さん、なんでそんな顔引きつってるの?
「私の名前は亜王院・シズカ。貴女の旦那となるタオジロウの生みの母です。アスラオ様––––––ウチの人の文で貴女の境遇についてはだいたい理解しました。ナナカさん」
薄い微笑みを浮かべたまま、母様はナナカさんに少しづつ近づいていく。
じりじり、じりじりと。
ナナカさんは辛そうな顔でその歩みをじっと見ていた。
母様の顔を見ていないのは、その圧力に耐えられないからなのだろうか。
「わ、私の境遇……全てご存知なのですね。……借金の代わりの婚姻など、本来は唾棄されて然るべき鬼畜の所業。シズカ様がお気分を害されるのも最もでございます。縁談の破棄、私から父に––––––」
なにやら早口でまくしたてるナナカさんの様子がいよいよおかしい。
境遇って、なんのこと?
昨日言ってた、妹さんの事と関係あるのだろうか。
母様とナナカさんの距離は、もう手を伸ばせば届くところまで詰められている。
「母様っ、なにを––––––」
「––––––っ!」
その右手が持ち上げられた時、僕はなぜかナナカさんが叩かれるかと思ってしまった。
目をきつく閉じ、唇を噛み締めて身体を一層強張らせたナナカさんもそう思ったのかもしれない。
だけど––––––。
「可哀想な、なんて可哀想な子」
「––––––っえ?」
母様はそう言いながら、ナナカさんを優しく抱きしめた。
抱きしめられたナナカさんが、一番戸惑った声を出した。
「良いのです。もう良いのです。貴女は今日から亜王院の嫁。私の
スリスリと、その金髪の髪に頬ずりをして。
母様はナナカさんをしっかりと胸に迎え入れる。
「しっ、シズカ––––––様。あの、えっと、その」
「辛かったでしょう? 大丈夫です。我が一族は貴女を快く迎え入れます。もう我慢することも、耐え難い理不尽を受けることもありません。全てこの母と、タオジロウに任せなさい」
それは小さい頃、泣いていた僕をあやすような口調。
小さな小さな子供を泣きやませようとする、母様の優しさの発露。
「––––––いや、だって。私はタオジロウ様に––––––酷いことを」
「仕方がなかったのでしょう。そうするしか、聞き入れるしかなかったのでしょう。自分で自分にそう言い聞かせて、ずっと歯を食いしばって堪えていたのでしょう?」
オロオロと狼狽するナナカさんを離さじと、母様の手がより一層力強くその身体を引き寄せる。
「本当に、貴女は強くて良い子ね。ナナカ」
「––––––っ!」
母様のその言葉を聞いたナナカさんの、何かが決壊した。
「––––––ひっ、ひぐっ、ふえっ、ふあああああああああっ!!」
幼子がそうするように、強く『母』を掴みながら。
ナナカさんは声を上げ、人目も気にせずに泣き出した。
僕はそれを、見ていることしかできなかった。
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