ラッキーナンバー

nobuotto

第1話

「私のラッキーナンバーは二十八。二十八が私なんです」

 席に座るや唐突に伊藤は話し始めた。

「まあ、伊藤さん、そう慌てずに。心のスイッチを切り替えて、ゆっくりで良いのでこれまでのことをお話し頂けますか」

 精神科医の足立は静かに言った。

 ギアチェンジをしたように穏やかな口調で伊藤は話し始めた。

「私は数字に執着しています。物心もつかないうちから数字を見ては泣いたり笑ったりしていたらしいです。数字には色があり動いています。数字は自己主張しているので、幼い時から数字を感じていたのです。学校に入ってもそうでした。算数は考える必要がありませんでした。足し算は勝手に数字がまざって、まるで赤い絵の具に白を足してピンクになるように答えに変わります。算数や数学で苦労しないだけでもかなり得な人生でした。大学を卒業した頃から数字と話せるようになりました。私を選んで下さい。そうすればきっと良いことがありますよと言う数字もいれば、反対に私を罵る数字も現れました。二十八との相性が特別良かった」

「最初に話されたラッキーランバーですね」

「はい。二十八がどこかに並んでいると幸運が訪れるのです。受験番号に二十八がある学校は必ず合格してきたし、今の会社だって、面接は二十八番目。そして、明子。私の彼女ですが、社内でも一番人気の女性が付き合ってくれたのも彼女の社員番号が二〇二八だからだと思います」

「羨ましい能力ですね」

「はい。でも考えてみれば、父は二だし母は八なので、両親の愛が二十八という数字になって自分を守ってくれているに違いない。けれど、彼女と付き合い始めた頃から世の中の全てが数字になってきました。数字と私との関係が何段も上がったと言うか。これまで、彼女の中に数字が見えることがあったんですが、それが前面にでてきて数字しか見えなくなりました。そのうち何もかもが数字になり、マンションを一歩出ると、そこには一で複雑に組み立てられた道路。行き交う人は、自分の数字で動いています。最初は戸惑いましたが、そもそも世界は数字でできているのだからしょうがないと思うようになりました。しかし、とうとう数字の世界からでられなくなったのです。ある朝目覚めると〇で埋まった部屋の中にいて、その部屋から出られなくなってしまった」

「けれどあなたはここにいらっしゃる」

「助けてくれたのは彼女でした。急に十七という数字が現れて僕はこの世界に戻ってこれました。目の前には彼女がいました」

「それはよかったですね。それからは、数字が見えるということもなくなったということですか」

「はい」

「だとすると、本日ここにいらしたわけは」

「それでなんですが、私は彼女にどうやって私を助けることができたのか聞いたのです。私が行方不明になった時に、彼女は藁をもすがる思いで有名な水晶占い師を訪れたそうです。そこで、水晶に願いをこめろと言われ、ひたすら二十八と言い続けたら私が戻ってきたというのです」

「彼女の正しい判断であなたは救われたということですね。それからは以前のような生活に戻れたということですか」

 伊藤は急に立ち上がった。

 身体がギシギシと音を立てているようであった。

「先生。私は戻れたし、戻れなかったんです。彼女にどうして私のラッキーナンバーが二十八だとわかったか聞いたんです。すると彼女は、だってあなたは二十八でしょと言ったのです。彼女も世界が数字に見えている。そして、私の回りの誰もが数字の世界にいたんです。元の世界に戻ってきたと思っていたのに、ひとり私だけが違う世界にいる。数字の世界が本当なのか、今の世界が本当なのか、もう何がなんだかわからなくて。先生。先生も数字の世界にいるのですか」

 興奮して話す伊藤を今日はここまでと帰したあと、足立はすぐさま助手に言った。

「早速衛生局に連絡してくれ」

「はい、先生。また出ましたね。先祖返りというのかしら、子供の時の記憶って。どこからそんなものが」

「人間の回路は数百年も昔に消え去っているはずだが。いくら旧人類の脳を利用して我々が進化してきたと言っても、数字以外のもの、意味のないものが見えるようになるなんてね」

「最近増えてますね、この手の患者。ああ怖い怖い」

 そう言って助手はエメナルのしなやかな指で衛生局への連絡ボタンを押すのであった。

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