小説家
nobuotto
第1話
冷徹な視線と、一切の無駄のない厳しい文章。
竜道の作品は多くの読者を惹きつけて止まなかった。
竜道の文学才能の源泉は生まれ持っての性格だった。
小さい時から、落ち着いた子、何事にも動じることのない子と言われてきた。大人になると、嫌味混じりに開き直った奴、本音が見えない奴と言われるようになった。
サラリーマンになってはみたものの、仕事に一喜一憂することもできず、熱い気持ちにもなれず結局一人の世界で生きていける小説家の道を選ぶこととなった。
いつも冷めた目で人間を見て、社会を描く。それが、大衆に受けた。感情のない私小説作家と呼ばれていた。
昔の私小説作家は、作品と自分を切り離して生きていけたのだろうが、時代は変わった。
竜道の最新作は妻の自殺から始まる家族の崩壊を精緻に情け容赦なく描いたものであった。小説の評価は高かったが、それが竜道の実生活を描いたものであることが、ネットに流れた途端に、まるで小説のために妻を殺し家族を捨てた人間、犯罪者のように扱われるようになった。
ロボットのような人間という批判。いや、ロボットでももっと人間味があると言われた。
文学に何の理解もないマスコミが騒ぎ立てなくても、竜道の生まれ持っての性格が招いた結果であることは竜道自身が一番分かっている。
ただ、人間であり、ロボットではないから自分の文学がある。
その当たり前のことだけは、分かって欲しかった。
自分はロボットなんかではない。ロボットが人の心を動かす文章を書けるはずなどない。
そんな当たり前のことを証明するとしたらどうすればいいのだろう。
ある時から、取り憑かれたようにそのことばかりを考えるようになった。
そして、竜道の中での答えが出た。
ロボットは自殺することはできないが、人間ならできる。
締切間近の小説を書くために出版社が用意したホテルの屋上に竜道はいた。
ここで死のう。
ロボットではできない人間としての最期を迎えよう。そう竜道は決めた。
夏真っ盛りなのに、ビルの屋上の風は心地よく、都会のネオンは到るところに輝いていた。下の道路には誰もいない。車も走っていない。飛び降りる最適の時間帯であった。
飛び降りようとしたその時に後ろから声がした。
「何をしているのですか。そこは危ないですから下がってください」
振り返るとそこには警備のロボットが立っていた。
「そこは危ないですから下がってください」
面倒な事態になったと思うだけで竜道の心が変わることはない。
「今から死のうと思っているんだ」
ロボットは黙っている。警備のロボットには自殺者との会話パターンはインプットされていないのであろう。
ロボットのような冷血漢と言われた自分が、死に際に話しているのがロボットとは皮肉なものだと思った。
一歩下がるとロボットは竜道に近づいてきた。
止まれと言うとロボットは静かに従った。
竜道の頭にふとある事が思い浮かんだ。
ロボットのようだと言われてきた竜道の人生を、本物のロボットが聞いたらどう思うのだろうか。
竜道は録音テープのように、自分のこれまでの人生を淡々とロボットに話し続けた。
気がつくと夜も白々と明けてきている。
すると竜道の話を分かるはずはないと思っていたロボットが答えた。
「それでは、あなたは死ぬことも小説にしようと考えているのでしょうね」
予想もしなかった返事に一瞬言葉が詰まった。
「そうだな。それができれば俺は最高の人生を送ったことになる」
そう言うと竜道はビルから飛び降りた。
すぐに地面に身体が叩きつけられると思ったが、まるで宙に浮いているようだった。街のネオンもよく見える。時間というのは、死ぬ瞬間にはゆっくり流れるものだということ実感する。
「美しい。これが死への時間なんだ。素晴らしい時間だ。しかし、この一瞬を書き残すことはできないのだ」
その時、竜道の横にロボットが現れた。
竜道と一緒に落ちているのであった。
「お前どうして」
「あなたは、死ぬ瞬間までも小説にしたいと言われていました。しかし、あなたは死ぬからそれはできない。話して下さい。私が記録します」
なるほど、ロボットらしい答えだ。
「私は死んで、お前が私の代わりになるのかい。結局これが俺の最高の人生ってわけかい」
「はい」
その時、竜道はロボットが笑ったように見えたのであった。
小説家 nobuotto @nobuotto
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