鳩時計

nobuotto

第1話

 ほんの少し昔のころのお話です。 

 都会の大きなお屋敷の、とても広い玄関に古い鳩時計がかかっていました。

 長い間働いてきたので時計の歯車も短針も長針も鳩も、みんな疲れていました。

 お屋敷のお嬢様はネジを巻きにくるたびに

「何よこの古時計。マジ巻きがどんどん重くなってくる。本当イライラする」と怒って言うのでした。

 お嬢様もイライラしていましたが時計のなかのみんなもイライラしていました。

 歯車は朝から晩まで文句を言っています。

「俺達は、ちょっとだって休まないで働き続けているというのに、お前達は楽でいいよな」              

 それを聞いて短針が言います。    

「私だって、休みなしに働いているんだから。それに比べて長針ときたら。私が時計をグルリと回ってから、やっとひとつ動くだけだから、呑気な仕事ね」

 長針も黙っていません。            

「僕だって働いているよ。ちょっとづつだけど、休みなんてないんだから。それなのに鳩ときたらどうだい。たまに出てきてポッポーと鳴くだけだもの。偉いご身分だ」                    

 鳩は怒って言います。

「じゃあ、あなた達はポッポーって鳴いたことがあるの。鳴くのってすごく大変なのよ。十二時には十二回も鳴かないといけないのよ。大体私がいるから、鳩時計っていうのよ」            

「鳩時計だろうが、カラス時計だろうが、どうでもいい。俺らがとまったら古時計が嫌いなお嬢様に捨てられるだけだぞ。お前ら俺たちのおかげでここにいられるんだ」

 歯車がそう言えば、また短針が、そして長針も鳩も、「あなた達はたくさんいるから楽でしょ」と言い返します。

 こうして、喧嘩は休みなく続いていました。


 とうとう歯車の我慢に限界が来ました。

「あー、いくら話してもわからない奴らだ。俺達の苦労を思い知らせてやる」

 歯車は猛スピードで回り始めました。短針もグルグル回り始めます。短針に合わせて長針もチャッチャチャッチャと動きます。長針が十二時を指すたびに鳩もポッポーポッポーと鳴き続けました。そのうちにポポポポポーと悲鳴のような鳴き声になってきました。

 鳩がうるさく鳴き続けるのを聞いて、屋敷のお嬢様が時計を見にきました。

「お母様、この時計とうとう壊れてしまってよ」

 奥様も玄関に時計を見に来ました。

「あらあら。古い時計ですからね」 

「だから、こんな古くさい時計なんて捨てちゃえばって言ってたのよ。壊れた時計のネジ巻き当番なんて嫌ですからね」

「はいはい。もう新しいのに替えないとだめね」

 そして奥様は召使いをよび、鳩時計を捨ててくるように言いました。実は奥様も新品で綺麗な時計が欲しかったのです。

 二人の話を聞いた短針は急いでコチコチと動こうとしたのですが、もうクタクタで動くことができません。短針が動かないので長針も動けません。時計の中に戻るのも面倒くさくなってしまった鳩は外に出たまま小さな声でポッポポッポと力なく鳴いていました。


 召使いは屋敷の前のゴミ箱に鳩時計を捨てました。


 そこに貧しい家の少年が通りかかりました。

「なんて素敵な鳩時計なんだろう。おじさん、これ俺にくれないかい」

 召使いはどうせゴミだから勝手にもっていけと少年に言いました。

 少年は鳩時計を嬉しそうに抱えて家に持って帰りました。狭い家に大きすぎるのですが、逆に小さい家のおかげで鳩時計はより立派に見えるのでした。

 少年はゆっくり丁寧にネジをまきました。歯車も短針も長針も動き始めました。鳩が出てポッポーと鳴くと、少年もお母さんもお父さんも手を叩いて大喜びです。鳩もみんなに喜ばれたのが嬉しくて、いつもより少し高い声ですまして鳴きました。けど、とても狭い家だと気づいて小さな声で鳴くことにしました。


 これまで歯車も短針も長針も鳩もイライラして喧嘩ばかりしてきました。それは疲れていたから、だから仲が悪くなったのだと思っていました。

 けれど本当は誰からも感謝されていなかったからイライラしていたみたいです。

 今では自分達を大切にしてくれる家族のためにがんばって働こうと声をかけ合って仲良く働いているのでした。

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