科学番組

nobuotto

第1話

「じゃあ、先生始めますから。明菜ちゃん宜しくね。はい、撮影入りまーす」

 ディレクターの合図で明菜は満面の笑顔で話し始めた。

「サイエンス・ネクスト。シリーズでお送りしている、私たちの日常が変わる未来技術。今回はT大准教授大崎一平先生の研究室にお邪魔しています」

 新人アナウンサーの明菜に紹介され、カメラを向けられた大崎は無理からの笑顔で「大崎です。宜しくお願いします」とカメラに向かって挨拶した。

 明菜が少々トーンの高い声で早速本題に入ってきた。

「誰もが驚く先端技術。今回は大崎先生の高性能音声認識です。人工知能ブームとも言われていますが、その人工知能により、沢山の人が一度に話しても誰が話したかがわかる、まるで聖徳太子のような先端技術をご紹介します」

 ディレクターのキューで台本に沿って大崎は話し始めた。

「画像認識と同様に音声認識の技術も人工知能、いや知能と言うのは間違っていますね、機械学習により、その精度は大幅に向上してきました。これまでは複数の人間が一斉に話した場合の個体認識が困難でした。しかし、この技術により三百人くらいであれば、ノイズも完全除去した綺麗な音声データと、確実な個体認識ができるようになりました」

 はいカットというディレクターの声がする。

「先生、済みませんが科学番組と言ってもあまり難しい言葉はまずいので、先ほどのノイズというのは雑音と言い換えて頂けないでしょうか」

 ノイズが難しい言葉なら、今話した事は全部アウトだろうと思いつつディクレターのいう通りに言い換えて大崎はもう一度説明した。放映時には話しに合わせて、わかりやすい説明映像が流れるらしい。 

「はい、オッケーです。それで、先生のご説明の後にこの映像が出ます」

 それは、大崎の研究を犯罪捜査で活用したビデオであった。共同研究をしている警察庁技術主任の櫻井が映っている。

「犯罪捜査において画像センサーのデータは犯人の同定や行動追跡で今は必需品とも言えます。この画像解析の技術に加えて音声データの解析が飛躍的に進みました。その立役者であり、この分野での世界的な研究者こそが大崎先生であります。先生の研究により、これまでの数10倍も正確に音声センサーから得られたデーターの解析が可能になります。つまり、画像に写っていなくても、そこにいた人の言葉が、また誰が話していたのかが、特定できるようになったのです。見えるデータで犯罪捜査を行なっていた時代から、見えないデータも使った犯罪捜査の新しい時代が来たと言っても過言ではないでしょう」

「全くこいつは、どんな時でも、何についてもうまく話すやつだ」と大崎は感心した。

 櫻井はT大学研究室の同期であった。大崎は研究を突き詰める道を選び、櫻井は研究により成功する道を選んだ。学生時代から、自分にとって何がプラスで、何がマイナスかの鋭い嗅覚を持っていた。

 櫻井のビデオが終わった。

「はい、このビデオの次からいきまーす」と言うディレクターの合図で明菜が話し始めた。

「まさに、私たちの日常を変える技術ですね。先生の技術で犯罪が無くなる社会が来るかもしれませんね」

「はい。だといいですけど」

 ディレクターは渋い顔をしていたが、大崎は撮影が思った以上に長くて飽き飽きしていた。

 最初は研究室の助手が音声認識のデモを行うはずだったが、デモのセッティングが終わった時点でディレクターが連れてきた女子学生、T大学の昨年のミスコン優勝の女子学生に急遽変更された。誰が見ても、助手より美人でかつ聡明感も漂う学生であった。急遽降板させられた助手もその理由があまりに露骨でありつつも、テレビ局側かつ視聴者側に立って考えば納得できてしまうことだったので、文句も言わず、その代わり非常に消極的に操作を教え、何とかデモの撮影は終了した。それやこれやで、撮影開始からかなり時間が立っていた。

 テレビというものはそう言うものかと思いつつも、大崎は無駄としか思えない時間に疲れてきっていた。

 しかし、明菜は相変わらず素敵な笑顔で質問する。流石はプロだと関心しつつも明菜の質問に笑顔で答えることはできなかったのだった。


 自分の研究成果が社会に貢献できるというのは、学者冥利につきることではある。多くの研究が実は社会に貢献しているのであるが、それを知っている人は驚くほど少ない。だから、こうやってテレビで紹介してもらうことは単に自分だけなく、地道に研究を続けている多くの同僚のためにもありがたいことである。

 とは思いつつも、テレビ番組に出演したのは失敗だったと大崎は後悔していた。教授が勝手に決めて大人の事情で承諾したが、このやり取りだったら、助手でも、いや研究室のホームスピーカーが出演しても大差ないだろう。

 撮影は大幅に遅れつつも、ディレクター曰く予定通りに進んで行った。

 大崎にしてみれば、台本に書かれていた段取りは全て記憶し、その通りにやってきたので少なくとも自分に絡むところで問題など起こる筈もない。あと少しで自由になれそうである。


 最後に明菜が大崎に質問した。

「多くの応用が期待される先生のご研究ですが、先生ご自身としては今後どのように利用してもらいたい、また社会で生かしていきたい、そのようなお考えはありますでしょうか」 

 台本になかった質問であった。

 いや、台本の最後に、これまでの撮影の流れでアナウンサーが質問、先生は自由にと書かれていたのが、これなのだろう。

 状況は想定内だったが、質問は想定外だった。少し慌てたが、実に平凡で答えやすい質問だと大崎は思った。

「ええっとですね。国会でしょうね」

 明菜はキョトンとしている。

「国会での利用というのは」

 言葉を端折り過ぎたと思った大崎はゆっくりと丁寧に答えた。

「つまりですね。国民の生活に関わる多くの問題を討論すべき国会において、居眠りをして目が覚めたらヤジを飛ばすという、我々の税金を無駄遣いしている議員がいます。衆議院は465名でまだ研究しないといけませんが、参議院の246名であれば、たとえヤジが一斉に飛び交ったとしても、どの議員がどんなヤジを言ったか、確実に特定することができるようになり・・」

 ディレクターの大きな声が飛んだ。

「カット、カット。質問からもう一度お願いしまーす!!」

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