神のシナリオ

nobuotto

第1話

 もう一度エメラルドの鉱脈を見つけることができれば、莫大な財産が手に入り、あの頃の華やかな生活に戻ることできる。新緑の林に囲まれ、小さな湖のような池に寄り添うようにレンガ作りの家が立ち並ぶ、宮殿とも呼ばれたあの華麗で賑やかな生活に戻ることできる。

 父はいつもそう言っていた。小さい頃から聞かされていた一族の栄華は、今はジョニー自身の夢になっていた。

 財産というものはよく分からない。ジョニーがエメラルドを掘り続けるのは父の夢のため、そしてそれはもう自分の夢のためだった。


 父は放浪の果に国外れの山に辿り着いた。無実の罪を着せられ、その罪を晴らすこともできず国中を逃げ回り、この辺鄙な山に辿り着いたのだった。陽も当たらない森の中で静かに死を迎えるだけの毎日を暮らすしかないと人生を諦めていた時に、エメラルドの鉱脈を掘り当てた。

 莫大な財産が手に入った。優秀な弁護士を雇い身に覚えのない汚名も綺麗さっぱり消し去った。国中の人が羨む宮殿に、国中の人が羨む美人を妻として迎え入れることもできた。世界で一番運が悪い不幸な男が、世界で一番幸福な男に生まれ変わった。この幸福は永遠に続く、それだけの資格を持つ人間として神は自分を選んだ。父はそう確信していたと言う。

 しかし、父がそう思い始めた頃から、エメラルドが取れなくなった。掘り出せないエメラルドを掘り続けることで財産は湯水のように流れ出て会社は潰れ、母も出て行った。

 それから父と息子の貧しい生活が始まった。誰もいない朽ち果てたエメラルド精製工場の片隅にひっそり暮らし、山の自然が育てた食料だけを食べる貧しい生活だった。物心ついた時からそんな父との生活をしてきたジョニーにしてみれば、それが普通の生活で、自分が貧しいと思ったことはない。ただ父の昔話しを聞くたびに、そんな夢のような生活の中にいる自分をふと想像するのだった。 

 この山とエメラルドを知り尽くした父はエメラルドの鉱脈がまだあると言っていた。父が言うのだから間違いはない。どこかにまだある。この山のどこかに、まだ鉱脈は必ずあるはずだ。

 父を信じて、ジョニーも朝から晩まで父と山を掘り続けた。ジョニーにとって、父との思い出はそれだけだった。

 しかし、青年になったジョニーは、山を出ることを決意した。決して宝石掘りが嫌だった訳ではない。ただ、父の夢だけでなく自分の夢も見つけてみたいという気持ちが抑えきれなかったからだった。

 けれど、大都会で自分の夢を見つけることはできなかった。大都会の騒音の渦に巻き込まれて行けば行くほど、自分がいなくなっても一人で山を掘り続けている父のことが思い出されてくるのだった。父を見捨てることはやはりできない。

 ジョニーは山に戻ってきた。それから子供の時と同じように父と一緒に山を掘り続けた。エメラルドの鉱脈が本当に残っているかどうかわからない。けれど掘らなければその答えも出ない。だから、掘る。それだけの理由でジョニーは父と掘り続けた。

 結局父はエメラルドに出会うことなく死んでしまった。ジョニーが戻ってきてから、たった一年で、まるでジョニーが帰ってきたことで自分の役割も終わったというように死んでしまった。

 父の意志を引き継ぎジョニーは堀り続けた。

 必ず親子二代の夢を叶える。その強い覚悟だけがジョニーを支えていた。


 そのジョニーの姿を死んだ父と神が天上からずっと見ていた。

 父の夢を叶えようと山を掘り続けるジョニーを二人はずっと見ていたのであった。

「お前の息子は清らかな心をもつ、本当に素晴らしい人間である。今まで数え切れないほどの人間を見てきたが、お前の息子のような人間を見たことがない」

 神は心から感心しているようであった。

「神様、ありがとうございます。神様がそんなにジョニーのことを思っていて下さるとは。私は嬉しくて涙が止まりません」

「そうだとも、お前の息子のような人間を私は見たことがない」

 神は杖を地面に何度も叩きつけた。神がいらついている時の癖である。父は神の機嫌を推し量るように言うのであった。

「神様に、そう言って頂けるだけでもジョニーの苦労は無駄ではない。ですよね?」

 神は気を鎮めるために大きく息を吸い、そして大きな声で吐き出した。

「いや無駄だ。本当に無駄だ。絶対に無駄だ。お前の息子は馬鹿か。どこをどうすれば、あそこまでギリギリ外すことができるのじゃ」

 ジョニーはエメラルド鉱脈の数センチ横をいつも正確に掘っていた。

「済みません、あいつはまだ経験不足で」

「それはいい。経験不足だとしてもだ、あと一歩、あと半歩のところでどうしてああなる。ほら、見ろ、よーく見ろ」

 ジョニーは掘り起こした岩をひとつひとつ砕いている。もう何十万回もこうやって掘っては砕き、掘っては砕きを繰り返している。

 神と父は、エメラルドが入っている岩が見えていた。ジョニーは砕き続け、そしてやっとエネラルドの入った岩を手にし「とうとう夢が叶うときがきたのだ」と神と父が喜び抱き合う度に「ふー。やっぱりここも駄目か」と言って岩を捨てて、他を堀りに行ってしまうのであった。

「あーあーあー。お前の息子はいつもこうだ。あと数センチ、あと一個というところで止めてしまう。あと一歩で掴む夢を見事に跨いで行く。お前の息子のような人間を私は見たことがない」

「それも、あいつの運命かと」

「運命は、私が決めるのだ。こんな痒いところに手が届かないような運命など誰が作るか」


 ここで神に見捨てられては、これまでのジョニーの苦労は水の泡である。

「神様、ジョニーの夢は私の夢。苦労の末に夢を実現させてくださるという神様のシナリオのため、どうか私を岩に変えて息子に投げ与えてください」

 一度神の機嫌を損ねるとどうなるか、父は我が身で分かっていた。

 神は父をエメラルドが入った岩に変え、ジョニーの足元に転がした。

 これで、神に導かれるように転がってきた岩に気づき、思わず手に取り、そしてエメラルドを見つけるというハッピーエンドになるはずである。

 が、ジョニーは全く気づかない。

「神様、この程度だと息子は気づかないようでーす」

 父の悲痛な叫びが天まで届いてきた。

「ええい。どこまでも神のシナリオを無視するやつじゃ。何が何でも夢を実現させてやる」

 神は、エメラルドを川の底いっぱいに敷き詰めた。山の奥深くにではなく実は川底に鉱脈があったのだと言う感動の結末である。

 流石のジョニーも川の異変に気がついた。

 

 川に足を踏み入れたその時「ジョニー」という声がした。

 振り返ると、そこにはジャッキーがいた。

 父と一緒に夢を追うことを決意した時に別れたジャッキーがいた。

 あの時ジャッキーはジョニーと一緒に夢を見ることの決心がつかなかった。

 しかし、ジョニーへの愛は止まらず、全てを捨てて追いかけてきたのだった。

 ジャッキーも青く輝く川に気がついた。

「綺麗な川。あなたが探していたエメラルドが川の中にあるようだわ」


 ジョニーの夢がとうとう叶い莫大な財産を手に入れ、その上に最愛の女性と生きて行く。自分の作ったシナリオとは少々異なるが、素晴らしい、感動的な結末だ。

「これでやっと、やっとすっきりする」

 神は満足そうに呟いた。


 ジョニーはジャッキーの肩を抱きしめて言った。

「そうだね。けれど僕は今分かったんだ。僕の幸せは君なんだ。僕のエメラルドは君だったんだ」

 ジョニーは彼女と一緒に都会で暮らしていくことに決めたと告げた。

「いかん、神様のシナリオが。まずい、これはまずい」

 ジャッキーを抱きしめるジョニーの足元にまるで纏わりつくように石が転がってきた。

 しかし、邪魔な石が転がってきた言わんばかりにジョニーは蹴っ飛ばした。

 石は、父は、川の中に落ちていった。

 

 川から去っていく幸せな二人を追いかけるように空から声がした。

「こら、待て、ジョニー。神がここまで作ったシナリオを無視するのか。こんなハッピーエンド、中途半端なハッピーエンドは許さん。絶対に許さんぞー」

 しかし、ジャッキーだけを見つめているジョニーに聞こえることはなかった。

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