運一定量の法則

nobuotto

第1話

「臼田、これもらってくれ」

 鈴木は俺に宝くじを渡した。

「悪いなあ、一億の宝くじをくれるんかい」

 冗談を無視して鈴木は話す。

「馬鹿言うな。十万円の当選くじだ。捨てるのはもったいない。俺の変わりに当選しといてくれと頼めるのはお前しかいないんだよ」


 最近、鈴木は「運一定量の法則」を信奉していた。芸能人の誰かが言ったらしいが、家族の運の量は一定であり、家族で運は配分されるという法則である。普通に考えれば家族が多ければ一人あたりの運が小さくなるので家族は少ないほうがいいと思うが、そうでもないらしい。家族全体での運の貯金があり、誰がそれを使うのかということになるらしい。

 最初は鈴木も信じていなかったが、日々の生活で気をつけてみると、この法則が恐ろしいほど当たるのだと言う。奥さんが病気の時には、自分の仕事がうまくいく。逆に自分の仕事が行き詰まっている時には、長男が野球の県大会まで勝ち進むという具合に、運を家族で使いまわしてるようにしか思えないのだそうだ。


「そりゃあ、ただで十万もらえるのは嬉しいよ。俺はお前の言う法則なんぞ信じていないし。けどな、お前の法則によれば、俺が十万円を運良くもらえるってことはだな、俺の家族の誰かが不運になるってことだろ」

「だからさ、法則を信じない長い付き合いのお前にしか頼めないんだよ。来月次男が高校受験なんだよ。俺がこんなとこで運を使うわけにはいかないんだよ。頼むよ」

 鈴木とは同期入社である。気軽に飲める数少ない同僚の一人だ。俺はこの手の話は全く信じない。それに比べ、鈴木は、いい意味で素直で悪い意味で自己主張が弱い。それが、同期最後の係長という結果になっているのだ。

 今でも月に一回はお互いの部署の情報交換も兼ねて飲みに行っている。ここのところ部署の情報よりも鈴木の法則の事例発表ばかりだ。


 いつもの飲み会で鈴木は少々沈んでいた。

「お前が担当してた桜田物産の案件ほぼ確定だってな。部長から一課が今期の売上トップになりそうだ、二課もがんばれとはっぱかけられたぞ」

「まあな」

 俺は嫌な予感がした。

「実は長女の明子が交通事故にあってな。今入院してるんだよ」

 一時は意識もなく、心配したが、足の骨折程度で脳も大丈夫だったらしい。

「まるで、親父の仕事を助けてくれているようで。俺があいつを事故に合わせたようでな」

 また鈴木の運の法則が始まった。

「だから、法則なんてあるわけないんだから、そんなこと気にするな」

 とこれまで数え切れないほど言ってきたが、哀れなくらいに落ち込んでいる鈴木にそうは言えなかった。

「まあ、なんて言うか、明子ちゃんに感謝するということでいいじゃないか」

「そうだな。そう思わないと明子も運を掃き出した意味がないしな。まあ、次男が合格した分、明子が運を埋めようとしたのかもしれないし」

「いい娘だよ、明子ちゃん」

 そう言いながら、自分は一体なんの会話を真面目にしているのだろうと、おかしな気になってくる。こう毎回話しを聞かされるとまるで鈴木が教祖の新興宗教の信者になりつつあるような錯覚さえしてくる。鈴木のようにいつもグズグズ悩む人生を送るのはまっぴら御免だ。


 翌月にも鈴木といつもの店で飲む。定例会でもあるが、今回は、鈴木を慰めてやろうと思っていた。

「桜田物産、失敗したんだって。二年もがんばってきたのになあ。責任取らされないか」

 鈴木は、可愛そうなくらい悄気げていた。

「運がなかった」

「運がなかったって。お前、明子ちゃんが事故にあって、明子には悪いがその分自分に回ってくるって言ってただろう」

「それがな、昨日あいつを見舞いに行ったらな、同級生が来ててな、どうもあいつがずっと好きだった男らしくてな。そいつが、入院してから毎日見舞いに来るようになったんだと」

「そうかあ、じゃあ、実は明子ちゃんが運を独り占めにしてたってわけか」

「そうなんだな」

「それじゃあ桜田物産はしょうがないかもなあ」

 そう言ってから「いかん、いかん、運一定量の法則なんかあるわけない」

 と俺は自分に言い聞かせるのだった。

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