ヒーロー

nobuotto

第1話

 時間を止める能力を26歳で武志は手に入れた。

 

 この能力を何に使うか。成年男子であれば思うことは一つである。

 交差点で時間を止めると、人間も車も全ての動きが止まった。スタイル抜群の女性の後ろに近づいて声をかけてみた。返事はない。前に回って彼女の顔の前で手を叩いた。何の反応も示さない。意識も止まっているようである。

「動け」と念じると普通の世界が戻ってきてその女性も歩き去っていった。

 練習はこれで終わった。

 もう一度時間を止める。そして生涯自分には縁がないと思える美女の胸を触ってみた。女性は全く動かない。

 それは期待通りであったが、武志の期待を大きく裏切る事態が起こった。

 柔らかな感触どころか女性の胸はカチカチの陶器だった。スカートをめくろうとしても固まっていて動かない。

 これでは、マネキンに服を描いたのと変わらない。回りにいた人間も同じだった。

 まさかと思って、武志は近くのコンビニに入った。店員も客も止まったままである。しかし、最悪の予想通り、商品を取ろうとしてもビクとも動かなかった。

 時間が止まると全ての物が固まってしまうのだ。時間を止めることはできても、時間が止まった時点で全てが固まってしまうのだった。

 誰もが憧れる能力を持ったにも関わらず、想像していた事は何もできないことに武志は失望した。


 しかし、何度も時間を止めているうちに、全てが固まっても自分の持物だけは自由に使えることが武志は分かった。

 男子としての欲望を果たすことはできない能力ではあったが、これであればサラリーマンとしては最高の能力を得たことになる。パソコンを持って時間を止めると、いくらでも仕事ができるのである。企画書でも報告書でも、どんなに急な仕事であっても、どんな無茶ぶりをされても、たっぷり時間をかけて完璧に仕事をこなすことができた。そして武志は、この能力のおかげで同期の中で出世頭と言われるまで評価が高まった。

 最初は会社での評価があがり、給料も上がることを武志は喜んでいた。しかし、映画に出てくる超人に比べ、なんとせせこましくて小さな世界で満足しているのかという疑問と不満に包まれるようになってきた。折角の能力、自分のためだけでなく世のため人のために、まさにヒーローとしての使命があるのではないかと武志は考え始めたのであった。

 しかし、固まった世界では目の前で事故に巻き込まれそうな子供がいても助けることもできない。


 そんな悶々とした日々を送っていた時、同僚の丸山から別れた彼氏がストーカーのようにつきまとって困っているという相談を受けた。武志の同期の小川である。丸山への未練も分かるし、かと言って犯罪まで進んでしまうのもまずい。会社で表沙汰になるのは小川も避けたいに違いない。丸山の話によると、毎日のように帰宅途中に待ち伏せしているらしい。

 武志は自分の能力、例え時間が止まって世界が固まっても能力を活かせる方法を思いついた。

 まずは、丸山の話が本当がどうか確かめなくていけない。そこで、探偵気取りで丸山の帰宅の尾行をさせてもらった。

 すると確かに小川は丸山に気付かれないように後をつけていた。小川がどうも思っているか知らないが、はたから見れば立派なストーカーであった。武志は小川の後をつけて行った。面白いことに、目の前の得物に集中しているストーカーというのは、背後は全く気にしていないのであった。

 武志は時間を止めた。

 そして、「ストーカー行為は止めなさい」と書いた紙を小川の前に置いて武志は隠れ、時間を動かした。

 小川は目の前に急に現れた紙を思わず拾った。そこに書いてある文章を見て小川は不思議そうに周りを見渡している。しかし、また丸山の後を追い始めた。武志はもう一度時間を止めて紙を置いた。また目の前に「ストーカー行為は止めなさい」と書かれた紙が現れ流石に不気味に思ったのだろう、小川は反対方向に走っていってしまった。

 武志と一緒に帰った日からストーカー行為がなくなったと丸山は言う。

「けど、それはいいのだけど、なんか私に近づくとおかしな事が起こるという変な噂が立ってるの」

 少々おかしな結果にはなったが、武志はこれこそが自分が進むべき道、ヒーローとしての使命だと確信した。 


 もっと人のためにできることはないか。

 そう考え続けていた武志は小さい時の夢を思い出した。医者になって人を助けたいと小さい時は思っていたのだった。医者になるほど優秀でないことがわかり早々と断念したが、勉強する時間は無尽蔵にあるわけだから、今ならできる。 

 武志は仕事から帰ると毎日何時間も勉強した。時間の止まった世界で寝ればいいので睡眠不足もない。そして医学部に合格した。年も取っているし他に学生と比べて明らかに能力は劣っていたが、時間を止め一心不乱に勉強し医者となった。

 医者になっても臨床の合間に、時間を止めて最新の医学の勉強し、実習も何度も行った。

 誰にも負けない外科医としての知識と技術を持つまでになった。勿論そうなるまで、時間を止めて人の何十倍も武志は努力し続けたからである。

 武志は「異色の経歴を持つ天才外科医」と呼ばれるようになった。どんな長時間の手術でもあっても疲れを感じたら時間を止めて休憩し、また再開する。いつでも100%集中して手術をすることが可能であった。海外にも招聘され多くの尊い命を救うことができた。武志はこの能力に感謝しヒーローとしての自分の生き方に心から満足するのであった。


***

 外科部長の弔辞が斎場に流れていった。

「武志君は、幼い頃の夢であった医者への道を26歳にしてもう一度目指し、その夢を実現しました。そして皆さんもご存知のように国内だけでなく海外でも神の手と呼ばれるまでの優秀な外科医になりました。まさに天才だったのです。しかし、武志君は天才が故に神に愛された。それで、こんなにも若くして亡くなったのかもしれません。本当に残念でなりません」

 参列した同僚の医者達も武志の早すぎた死を悲しんでいた。

 医局の看護師達も涙ながらに話していた。

「部長のおっしゃる通りだわ。あまりに早すぎる」

「けど知ってますか。武志先生は老衰で亡くなったという噂があるんですよ」

「私も聞いたけど、まだ40過ぎたばかりでしょう。見た目も年齢以上に若々しかったじゃない」

「ここだけの話しにして欲しいのですが、生理学の若佐先生がこの前研究のために先生達から血液もらいましたよね。その分析で武志先生が100歳近い老人という結果が出て,若佐先生再分析したらしんです。けどやっぱり同じ結果しか出なかったって」

「なによそれ。それじゃ、武志先生は人の2倍生きたことになるじゃないの。きっと何かの間違いよ。武志先生がいくら優秀だからって人の2倍の時間を使えたわけじゃあるまいし」

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