ピンどめ写真

nobuotto

第1話

 明子の部屋の壁には、ピン留め写真用のボードが掛かっている。

 コルク板を繋げた縦二メートル、横二メートルの手作りの正方形のボードだ。ここに、お気に入りのアイドルグループの写真をピン留めしていた。真ん中は健児で、健児を囲むようにグループメンバーの写真が留められている。好きなアイドルグループは変わっていったが、決して捨てることはなかった。もう思い出だけになったアイドルは、ボードの中心から枠近くへ移動していく。

 部屋に来る友達は決まって言う。

「スマフォで整理すればいいのに。印刷して貼るなんて面倒じゃないの」

「確かに面倒だけど、面倒なのがいいのよ」 

 スマフォの中の狭い世界にいるアイドルは、陳列された”物”みたいだ。しかし、このボードにピン留めされたアイドルは、自分と一緒に生きているような気がする。自分の部屋の壁、その壁の中の二メートル四方は明子の心の世界と繋がっている。この気持ちを友達に理解してもらうのは難しい。


 そんな自分とアイドルの世界に割り込んで来る男子が現れた。武志だ。

 明子の家は学校に近い上に、両親は共働きだった。自然に明子の家が部活帰りの溜まり場になった。最初は女子バレー部のメンバーだけだったのが、いつのまにか男子バレー部も潜り込んできた。

 女子がお菓子を買ってきて、男子が飲み物を買って来るという暗黙のルールも出来上がった。女子はだべって、男子はゲームをする。ただその繰り返しだけだったが、一人っ子の明子には両親が帰ってくるまでの楽しい時間だった。


 しかし、明子とアイドルの世界に割り込む、明子にしてみれば許し難い事件が起こるようになったのだ。武志が明子の目を盗んでは、自分の写真をボードの隅にピン留めするのだった。男子もきっと協力しているに違いない。人の写真を破いて捨てるのは失礼な気がするので、次の日学校に持っていって突き返す。いくら怒っても止めてくれないので、武志を出入り禁止にした。武志に協力したであろう者も出入り禁止にすべきという女子全員の裁定により、男子全員出入り禁止になった。

 男子が出入り禁止になった頃から溜まり場に来る女子も減ってきて、三年春の引退試合後は、溜まり場はなんとなく解消してしまった。溜まり場が失くなったは武志のせいか、ちょうどみんながそんな年頃になったからなのか分からないけれど、明子は

少し寂しい気持ちだった。


***


 そんな懐かしい思い出がふと蘇ってくる。

 今は、社会人になり、一人暮らしだったが、ピン留めボードはずっと一緒だった。 

 最近はアイドルにも興味がなくなって、ボードの写真が増えることもない。付き合った人もこれまでいたが、彼氏でもこのボードに入ることは許さなかった。ここは明子のモニュメントであり聖域である。

 しかし、この聖域に入り込む男が現れた。

 そして、それはまたしても武志だった。

 高校卒業後十年近く経った同窓会で武志と再会した。武志とは別々の大学に行き、それっきりだった。高校のときの武志はいつも部活で真っ黒だったが、社会人になった武志は、がっしりした体つきはそのままでも色が白かった。この人は色白だったんだと驚いた。

 これまでも明子の部屋に高校時代のメンバーが集っていたが、同窓会以降いつの間にか昔のように男子バレー部も割り込んできた。当時と同じように、だけど大人になった分、女子はつまみ、男子は酒という暗黙のルールができた。

 そして、また武志が明子の目を盗んで写真を留めるようになった。飲み会が終る頃に武志が悪さをしていないか確認するのだが、本当にうまく明子に気付かれないように武志は写真を留めている。マンション玄関でみんなを見送って部屋に戻ってくると、いつもボードのどこかにチャッカリ武志がいるのであった。きっとあの時と同じように男子の協力があるに違いない。

 明子は、二度目の出入り禁止を武志に言い渡そうかとも思った。しかし、あれから明子も大人になった。昔は気づかなかったことも感じることができるようになった。それにボードの中の武志を見ていて、許してあげてもいいかなという気にもなっていた。


 ***


 武志は海水浴から帰ってくると、過ぐに写真を印刷し始めた。

「そんなこといいから、早く良太の着替えしてよ。汗びっしょりで風邪引いちゃうでしょ」 

 明子の声が飛んで来た。

「分かった分かった。すぐやるから」

 ボードの枠には古ぼけたアイドルの写真が並んでいる。そしてボードの真ん中に、新しい家族写真がまた一つピン留めされるのだった。


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