ヒット商品

nobuotto

第1話

”花火は夏だけ?”

 カラフルなデザインの看板が掲げられた会場前のフロアーは人で溢れていた。

「皆様お待たせしました。入場の時間となりました。係員からメガネを受け取り会場へお入り下さい」

 観客はゴールドメタルのメガネを受け取り会場に入って行く。

 円筒状の会場の中央には天井までとどく座席付きの螺旋状階段があった。観客は上から順番に座っていく。観客が座ると座席は淡いブルーの壁に向かって自動的に回転していく。

 観客全員が壁に向くと、会場は次第に暗くなりアナウンスが流れた。

「皆様只今より仮想現実感による花火大会を開催致します。入場の際にお渡ししたメガネをおかけ下さい」

 メガネをかけた途端に広々とした海岸が現れた。青い空にどこまでも広がる緑の海が広がっている。心地よい波の音も流れてくる。だんだんと太陽が地平線に沈んで行く。それにつれて空は暗くなり、いつの間にか満天の星座に観客は包まれているのであった。

 「ヒュー」という音がした。

 地平線から細い火の柱が夜空に上がっていき、大きな音を立てて夜空いっぱいに大輪の花火を咲かせた。その花火が夜空の中に静かに消えていくと今度は、地平線から次々と花火が打ち上げられていった。地平線だけでなく、星空をよぎるように斜め四方から花火が打ち上げられた。そして、どこを向いても夜空のいたる所に色とりどりの大小の花火が咲き乱れて行くのであった。

 会場から「素敵!」「綺麗!」「玉屋!」の声があがり、観客全員が興奮と歓声の渦に巻き込まれていく。

 仮想花火大会は花火を見るだけではなかった。

 手をのばすと夜空に打ち上げられ輝いている花火を掴むことができた。夜空一杯に広がっていた花火を手元に持ってきて目の前で眺めることも、手の上でゆっくり上下させることもできるのであった。


 仮想花火大会が終わった。

 花火大会の余韻を心地良さそうに楽しんでいる観客が次々と会場から出てくる。

「二階ラウンジにて軽食とお飲み物をご用意しております」というアナウンスが流れた。観客は二階のラウンジに流れていく。

 会場からラウンジへの通路には、「お口の中へも花火をご案内!!」と書かれた老舗の菓子メーカー大黒屋の百円菓子「ハ!ナビ」が積まれたテーブルが幾つも並んでいた。口の中でぱちぱち弾けるお菓子であった。このお菓子も飛ぶように売れていた。


***


 大黒屋本社講演会場と国内全営業所をインターネット会議で繋ぐ全社会議が始まった。

 肥満の体を窮屈そうにスーツに包んでいる三代目社長の大黒吉郎が、満面の笑顔で講演会場の段上にあるスピーチボックスの中に入っていった。全営業所のスピーチボックスにも大黒のホログラムが現れた。

「この上半期、我が社の仮想花火大会は国内外のテレビ、雑誌で大体的に取りあげられた。大々的にである。この臨場感溢れる花火大会は誰でも無料で参加できる。この我が社創立依頼のお客様に対する感謝の精神に世界中が驚き、世界中から花火大会開催のオファーが殺到している。「大黒屋」を日本だけでなく世界に広げる絶好のチャンスがやってきたのだ。私三代目社長大黒吉郎が言いたいことはただ一つ。明日から始まる下半期に向け、全社員が結束し更なる会社の成長を達成しよう!!」

 本社そして全営業所にいる社員から盛大な拍手が沸き起こった。

 各部署からの現状報告と下半期計画の発表が始まった。


 仮想現実開発部部長がスピーチボックスの中に入っていった。

「現在注目されている仮想技術の開発状況について報告します。ご存知のように視覚だけでなく仮想現実の世界から対象物を取り出すという触覚型の技術を我が社は実現しました。この技術は既に世界最先端と言えます。しかし、我々はこれに加えてより現実感のある触感仮想化の開発に成功しました」

 画面に手袋が映し出された。

「これまで触覚といっても映像を手元に写し込むレベルの技術でしかありませんでした。しかし、この手袋をはめると、重みや形を感じることができます。手の上で映像が動くのではなく、弾ける感覚を感じることができます。見ることから感じること、体感する時代となるのです」

 社員から「奇跡だ。素晴らしい」という歓声が上がる。

 社員の期待と興奮で室温が二度も上昇する盛り上がりである。


 次はヒューマンコネクト開発部部長がボックスに入った。

「弊社商品へ誘導する人工知能技術が大きく進みました。これまでは花火大会に参加した後の一過性の効果でしたが、本技術によって大会参加後数カ月は弊社製品への購入意欲を持続できるようになります。本技術は人体に害なく、勿論決して法を犯すものでもありません。商品購入への動機づけを深層心理に産みだす、全く新しい商品推薦技術です」

「世界を変えるぞ」との声があちらこちらから湧く。

 期待と興奮で、室温もまた三度上がった。


 最後に営業部長がボックスに入り、「ハ!ナビ」の営業成績を映し出した。

「仮想花火大会を全国で開催したことで、このように急激に売上が伸びております」

 二年ほど底辺を張っていた売上グラフの線が少し上向きになり始めている。

「売上額としては目標の二十%達成率であります。花火大会の会場では飛ぶように売れますが、店舗での販売が思うように伸びないため苦戦しております。しかし、ヒューマンコネクト部長の報告にあった商品推薦技術により、花火大会後の継続的な購入が今後期待できます」

 販売予想金額の折れ線グラフが映し出されたが、若干上向きになっただけで、今年度の目標額にとどきそうもない。

「目標額達成のために値上げすることは簡単です。しかし、”百円で誰もが買える最高のお菓子”という創業以来の社是を曲げては我が社の存在価値はありません。商品の値上げではなく技術力と販売力で目標を達成する決意です。今年度達成は厳しい状況ではありますが、このまま売上が伸びていけば創業以来の売上になると確信しております」

 室温が一気に三度下がり、静かになった。


 これに気づいた大黒社長は、営業部長をボックスから押し出して中に入った。

「先々代は”安くておいしいお菓子を販売する”という町工場のような小さな会社を創設した。その会社を先代である私の父が、プラモを”おまけ”にしたお菓子で一大企業にまで育て上げた。その後、これと言ったヒット商品が出なかったことは皆も知っている通りである。しかし、亡くなった先代には悪いが、プラモなど足元にも及ばない、最先端技術を駆使したエンターテーメント型”おまけ”が完成したのである。この”おまけ”で、先代を超える大、大、大ヒット商品が生まれことは間違いない。私、三代目の時代に生まれた、この”おまけ”によって世界的な大企業になるのである。みんな、これからだ、がんばろお!」

 力ない「おー」の声が上がり、室温は凍りつく寸前まで下がっていくのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヒット商品 nobuotto @nobuotto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る