健康診断

nobuotto

第1話

 私の誕生日は九月七日だから、毎月七日を健康診断の日にしている。

 祖父祖母の時代は健康診断は年に一回だけだったという。年に一回だけだから数ヶ月の違いでガンの発見が遅れ命を失うこともあったらしい。国民の健康、命が軽視されていた時代だったのだろう。両親が若かかりし頃に30歳からの毎月健康診断が義務化され、そして25歳、20歳と開始年齢が下がり、私が物心ついた時には10歳からの毎月健康診断が義務化されていた。

 早期発見、早期治療で国全体の治療費が大幅に減少しつづけ、治療費が減少していった分だけ健康診断開始の低年齢化が進む、無料健康診断への予算が増えると言うポシティブループが生まれたのだそうだ。

 理念的にどんな正しい政策を立てたとしても、それを実現する財源がなければ絵に描いた餅でしかない。政策とか財政とか細かなことはよく分からないが、我が国の政治家が優秀であることだけは私も分かる。


 七日にいつもの健康診断センターに行くといつもの人達がいた。大体みんな同じ場所で同じ日に健康診断を受けるので、健康診断仲間というのが自然にできてくる。

 そんな健康診断仲間の一人の後藤さんが今日も一緒だ。

「全く面倒ったらありゃしない」

 いつもの会話が始まる。

「この薬は朝、この薬は晩、だけどこいつは飯食ったらすぐに飲めって。覚えてられるかってのよ。若い頃はハイハイって言って飲んでたけど、年をとると面倒になるばかりだよ」

 横に座っている鈴木のおばあちゃまも深くうなづいている。

 後藤さんは退職して十年以上経つというから七十も半ばに違いない。それでも健康なのは国のおかげだろう。

「いいじゃないですか。タダで診てもらってるんですから。国に感謝しなくちゃ」

「そういやあ、あんたもあのゲノムなんとか言う予防治療を受けてるのかい」

「はい。今年1月の健康診断から私も始めることになりました」

「鈴木さんもやってるのかい」

 鈴木のおばあちゃまはまた小さくうなづいた。

「あれ、鈴木さんも捕まっちゃたんだ。ここに来るたんびに血を取られるのが嫌なのに、今度は口の中に棒切れを突っ込まれてグニュグニュされたり、頭の中をみるとか言われてヘルメット被せられたり、どんどん面倒が増えてきて本当嫌んなっちゃうよ」

 鈴木のおばあちゃまも「そうそう」と言うのだった。


 診断終了後、「なんとか医」の面接を受けろと言われた。メタボにはよく捕まり栄養士さんと面談してきたが、どうも今日は違うらしい。

 面談にいくと、最近処方された薬について聞かれた。「別になんとも」と答えても、気分はどうだ、疲れはないかとしつこく聞いてくる。これも自分の健康のためだと思いつつ、返事も段々といい加減になる。


 面談が終わって待合室でテレビを見る。いつものように健康診断のアピールビデオが流れていた。

「医学が進み、遺伝子と病気の関係が分かるようになりました。危ない遺伝子があるから必ず病気になるわけではありません。病気遺伝子に負けないように毎月の健康診断を受けましょう」

 毎月健康診断に来ている患者には必要のないビデオだと思いつつも、時間つぶしに毎回見るしかないのであった。


 ***

 霞が関の一室で、国立医療センター所長の定期報告が行われていた。

 厚生省幹部が最前列、経産省幹部が二列目、国防総省幹部が三列目と官僚らしい毎回変わらない席順である。

「新薬Xの副作用は出ていないですか」

 厚生省の質問に所長が答える。

「現時点で副作用の事例はありません。これまでのデータの総合的な分析を行なっている最中ですが、次回の会議ではいい報告ができると考えております」

 経産省から安堵のため息が漏れた。

「では、米国との夏の事務次官級会議は乗り切れそうですね」

「はい。新薬Xの価格交渉はもっと有利に進めることができる筈です」

「助かります。現在の健康診断制度を維持するためにも絶対に成功させないといけない交渉ですから」


「抗薬Yの見込みはどうですか」

 厚生省に所長が眉を曇られて答えた。

「順調とは言えない状況ではあります。ゲノム関連は時間もかかりますし、遺伝子として後世まで引き継がれますから慎重の上にも慎重に進めないといけないですから。ただ、現在被検者を広げた投与観察の最終段階に入りましたので、数年内には目処がたつ見込みです。それより、もしこちらの計算違いが発生した場合ですが」

 国防総省が机を叩いた。

「だから、それは心配ないと何度も言っているでしょう。どんな事態が起ころうと我々が責任を持って対処します。そんな小さなことより、早急にA国の細菌兵器に耐える薬を完成させてください。国の将来がかかっているのですぞ」

「A国との政治的な交渉を優先すれば...」

 それ以上言ってもしょうがないことが分かっていたので、所長は国防総省に頭を下げて席に戻った。

***

 待合室のテレビで国会答弁の映像が流れている。野党議員が首相に質問していた。

「会計監査報告書で記載されている健康保証金について、具体的な説明はできないのですか」

 首相はのらりくらりと答える。

「これまでお答えしたようにですね、それは我が国の健康診断方式を各国に提供したコンサル料です。具体的と言われても」

 回答になっていないと野党席からヤジが飛ぶが、全く意に返さない。


 相変わらずのやりとりだねと後藤さんが話しかけてくる。

「あの議員さんも言ってるけど、薬の実験を国ぐるみでやってて、それを外国に売った金が健康保証金ってことらしいぜ」

 最近は健康保証金のネット記事も増えたが、結局なんの証拠も書かれていない。

「それが本当ならさあ、俺ら全員モルモットってことになるなあ」

 この手の話しは野党の人気稼ぎに違いないと私は思っている。結局都市伝説に過ぎないのだ。


「そういやあ、最近、鈴木さん見ないねえ。それに斎藤さんも最近会わないなあ。引っ越しちゃったのかね。黙っていなくなるなんて冷たいねえ」


 名前を呼ばれたので、私は後藤さんに挨拶し窓口に行った。

 新しい薬がまた二種類追加されていた。後藤さんではないが、薬が増える一方で面倒でしょうがない。

 しかし、自分の健康のためなのだから仕方がない。

 こんないい制度を作ってくれた国に感謝しなくてはいけないのだ。


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