お嬢と氷とスカートと

@kunugiri

何言い出すのトッシー

「お嬢様のスカートの中を確かめたい。絶対スカートめくってやる」


「突然何を言い出すの」


 彼がそんな事を告白をしたのは、街の真ん中の大きな噴水のある広場で、今子どもたちに人気の勇者ごっこをして遊んでいたときのことだった。

 僕の親友トッシーのそんな突拍子もない宣言に、僕は思わず高い声でツッコミを入れてしまった。


「見たいんだ。お嬢様がどんなパンツを履いているのか。物理上はすぐ目の前にある筈なんだよ。なのにスカートの布切れ1枚あるだけで向こう側が見れないなんてひどいよ。俺はどうしても確かめたいんだよ~」


「そんな無茶苦茶言わないでよ」


 その理論だと全ての女の子のパンツが、いや男女問わず全ての人間の裸が眼の前のある訳なんだよ。


 さて、それはともかく話を進めよう。トッシーがスカートの中を見たいと語るお嬢様というのが、『氷のお嬢』。丘の上のレンガの壁の通称『氷の館』と呼ばれる屋敷に住まう女の子の事だ。


 女の子とは言っても、年少の僕たちとは一回りも年齢が上なわけだけども、凄く白い肌をした周りとは比べ物にならないくらい美しい女の子なのだ。


 地面まで裾の伸びた長いドレスを身にまとい、メイドたちに身の回りをさせてまさに生粋のお嬢様ってその振る舞い。


 生まれつきの体質のせいか、「太陽の光に弱い」「瞳孔が日中の明るさに適応していない」とかで、余り外にも出られないそうな。友人のお兄さんたちなんかも、外で一緒になって遊んだ記憶もないと証言しているのだった。


 だから彼女の姿を見れるのは、現在は庭でお茶を嗜んでいたり、窓際に佇んでいたりする姿を屋敷の外からチラリと窺ったとき位。


 それでもその美貌は街中の評判。町の美人コンテストでは毎年幾度も本人に無断でエントリーされているのだが、当然本人は出場を固辞。


 深窓の人となり、中々人前にはその姿を現さない彼女であったが、「町の名士の取材」とか何とかかこつけて、町の新聞記者が遂にそのお姿を写真に収めることに成功した。


 その写真を元にして作られた、氷の寝台の床面上に片膝を立てて座り、膝に両掌を置き、更に掌を枕にして頬を宛てがったポーズで静止。何を考えているのかアンニョイな表情を浮かべた『氷のお嬢』のピンナップは、裏では非常にプレミアがついていた。


 僕も入手が困難になる前に1枚密かに手に入れて、今は引き出しの奥に大事にしまっている。


「そんな事して仕返しが怖いよ……。トッシーも『氷のお嬢』の魔法の力は知っているでしょ」


 さっきから『氷のお嬢』だの『氷の館』といった『氷』の含まれた名称を繰り返し使ったり、果ては「『氷の寝台』に座るお嬢様」といった描写まで出てきたが、何もそれは僕たちが創り出したお嬢様のイメージ図という訳ではないのだ。


 『氷のお嬢』の家族というのが、『氷の一族』と呼ばれるあの人々。魔法の力で氷の弾丸を発射したり吹雪を起こしたりする、いわゆる『氷属性』の魔法に長じた一族の直系なのだ。


 もちろん『氷属性』の魔法は、原理さえ学べば誰だって習得可能な訳だけども、一族のその魔法の力は格別。


 魔力さえ満たせば天変地異を起こすことも容易いから、表裏様々各国からの依頼は勿論。もっと身近なところで、金持ちの避暑に用いたり商売に使う大きな氷を特注で製造したりしていっぱい儲けて、彼女の一族は繁栄しているそうだ。


 『氷のお嬢』も生まれついてその力を引き継いだ訳だけども、代償として感情が『凍って』しまっていたらしい。


 周囲から疎まれた彼女は、物心つくなり一族から離れてこの町の屋敷に籠もった。身の回りの世話をする付き人たちを従えて密やかに暮らしているそう。


 『氷の寝台』というのも、彼女が日頃から利用しているベットだそうな。そんなベットで寝ているなんて想像するだけで背筋が冷たくなる。


 しかも写真ではベットと部屋の壁しか写されていないわけだけども、実際は屋敷中の家具全てが、『氷』で出来ているそう。


 やっぱり僕たち一般人とは住む世界が違うんだな。


 彼女の周囲も彼女自身から発せられる魔力で常に気温が数度低下。「部屋の中、長袖を着込んだのに肌の底まで冷たくさせられた」と、当時取材に当たった記者も記事中で証言している。


 以上が僕たちが『氷のお嬢』について知っている情報だ。


「そんなおっかない人だって他の人と同じ様に当然パンツは履いているわけだよ。『お嬢様』って云ったって『そこ』は周りと同じだって証明したいじゃん。見たいって思うじゃん」


 僕の解説が終わるなり、それを台無しにするトッシーのこの発言。君の代わりに説明を頑張ったのに、酷いよ。


 ここで僕もようやく彼の意図について尋ねることにした。


「何でそこまでパンツにこだわるのさ」


「えっ、それより先が見たいって事?」


 マジマジと言いたげな、キョロっとした眼つきで僕を見やるトッシー。


「そういう事じゃないって。それに何で彼女にこだわるのさ」


「えっ、パンツが見られれば誰でも良いって? さすがにそれは酷いと思うぜ」


 僕を変質者か何かの様に引いてみせる。


「だからそういう事じゃないってば」


「だろう。お前も『氷のお嬢』の事が好きなんだろう。分かってるって」


「うん。まぁそうだけどさ……」


 こういったおとぎ話に出てくるお姫様みたいな女の子。僕たちの場合はそれが実在して丘の上の『氷のお嬢』だった訳なのだが、雲の上のお嬢様に1度は憧れるのは、子供の頃の通過儀礼みたいなものだ。ただトッシーは、微妙に変な方向にこじらせていた気がする。


「ならお前だって見たいよな。『氷のお嬢』のパンツ」


「だから何でそうなるんだって説明して欲しいんだ」


堪りかねて叫んだ僕に、さすがにトッシーも反省したらしい。ようやく落ち着いて説明してくれる気になったようだ。


「何故俺がパンツ。それも『氷のお嬢』のパンツを確かめたいかっていうとだ……」



……以下トッシーの話をまとめるとこういう事になる。


 日常的に『氷』と(物理的に)接している『氷のお嬢』。


 彼女の身の回りの『氷』は常に氷点下状態で凍っている訳である。しかし学校に置いてある科学の本によると、人間には30度以上の体温がある以上、氷に触れてはいても熱伝導の法則によってその接直面の『氷』は溶けて水になるのだ。お嬢様だって『氷属性』の魔力は放出していても、本人が凍っているわけではないんだから、人並みの体温がある筈なのだ。故にその現象が起きていると見て間違いない。


 「氷と接して暮らす」とは言っても、その接触部分の幾ばくかは必ず「水」になっている筈なのだ


 そしてトッシーは言い放った。


「つまり氷属性の女の子は、常に濡れているんだよ」


「その発言はあまり人前でしない方が良いと思うよ」


 良くわからなかったが、何か物凄く彼がイケない事を言っている気がした。


 ただ僕は思う。僕が持っているあのピンナップ。『氷の寝台』にお尻をべたりとつけて座っているお嬢様。

 お嬢様のお尻の体温で、床面の氷が溶けて水になっているはずなのだ。


 まぁ接着面の僅かばかりの『氷』が溶けたところで、その程度の量の水分は本体部分の氷の冷気がすぐに伝わって再凝固する訳だ。ただ布などに染み込んだ水分は熱伝導率が悪い訳で、余程の事が無い限り再び固まったりはしないようだ。……特に身体に密着しているような下着の場合、体温のあるお尻にも直に触れている訳だからなおさら。


 つまりあの時お嬢様の下着はビシャビシャ。彼女はそんな状態でインタビューを受けていた……。


 そう考えると何かこう……。確かに変な気持ちになってきた。


「だからさ。『実はドレスの下は濡れても良いような下履きを身に着けていましたー』なんてことも有りえるわけだ」


 そんな僕を尻目に、トッシーはそんな「考察」を語るのであった。


「ああいう清楚なお嬢様ドレスを着ておいて、実は下は濡れても構わない水着でした~だったりしたらギャップで燃えるじゃん。意外と上級冒険者が鎧の下に着けるようなレオタードだったりするのかも……」


 お嬢様のスカートの中の画を思い浮かべて発奮する始末。


「どうしても確かめたいんだ。お嬢様のスカートの中。どんな下着を身に着けているのか。お前だって理解はしてくれだろう」


「だからって女の子にスカートめくりなんてさ、酷いことだと思わないの。もっと冷静になろうよ」


 そうたしなめる僕に対して、トッシーは、


「女の子にスカートめくりなんてして許されるのなんて僕たちの歳ぐらいまでだぞ。大人になってからやったらただの変態扱いで捕まっちゃうんだ。

今じゃないと駄目なんだ。頼むよ、お願いだから……」


「ねぇ君。本当にトッシーだよね。『転生者』に乗り移られてる訳じゃないよね」


 僕が言っているのは最近何かと話題の『転生者』。しかも向こうの世界で煩悩にまみれたまま死んで、こちらにやってきた迷惑な人達のこと。


 なんて僕の冗談にも構わず彼はあくまで真摯な表情。僕の両肩を掴んで、なおも食い下がるのであった。


「もし何かあってもさ。町長の息子のお前が居れば取りなしてくれるだろう。なっなっ、頼むよ」


 僕が町長の家に生まれたことで、何かと周囲から甘やかされたり、便宜の図られた生活をしているのは事実だった。だから人からこういう方面で押されると正直弱かった。


 結局の所、こうして彼の熱意に押されて、とうとう僕はスカートめくりに協力させられる羽目になってしまった。


 明くる日、僕を従えて勇んで『氷の屋敷』に向かうトッシー。針葉樹が鬱蒼と茂る峠の道を、僕たちは縫って歩いた。

 先に言い訳をしよう。彼の事を無理してでも止めるべきだったと言われるかも知れないが、僕自身好奇心が全く無かったかと言われればそれは嘘になるし、それに彼の行為がああした結末を迎えるなんて、この時僕は全く検討もつかなかったのだ。

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