第49話

透き通ったビニール傘をさして、富貴恵が 来た。リナは嬉しさと安心感とをドッと感じた。                  「あぁ、富貴恵ちゃん!良かった、来てくれて。」                 「リナちゃん、一体どうしたのー?!」  富貴恵はリナの顔を見て驚いている。   「今日、吉永さんが店に来たの。それで…。」                リナは興奮して上手く話せない。だが何とか事情を説明した。そして、その流れで富貴恵の事を言っていたのも話した。     「な、何ですって〜?!」        富貴恵が凄い声を出した。目が引きつって いる。                 「リナちゃん、最低だよ、吉永って!」  「うん、…まさかあんな風になるなんて。」「だから私、警察の人間って嫌いなんだよ!外面は良くても、中身は最低なヤツが多いんだよ!」                リナは聞きながら、真っ赤になった目を押さえた。又涙が出てきたからだ。      「…クズだとかゴミだとか、言ってたから。何度も。」               「リナちゃんはゴミなんかじゃないよ!クズなんかじゃないよ!」          「ありがとう、富貴恵ちゃん。」     「だって、本当に違うもの。そんな言葉、 気にしちゃ駄目!良い?」        「うん…。」              「駄目だよ?そんな言葉、気にしちゃあ。」そして富貴恵は悔しそうに言った。    「なんとかしてやらなきゃ、あの吉永の  ヤツ。」                「何するの?!」            「そんな酷い事をリナちゃんに言って、私の事まで言って、あんな最低なヤツを許す訳にいかないからね。」           「止めてよ、富貴恵ちゃん、変な事するの?!」                「言いつけてやるんだよ。警察の人間だからっていい気になって。」         「エッ?」               「監察官に言ってやるんだよ。あるんだよ、警察官を処罰する所が。何かやったら、調べて罰する所が。」            「知ってるけど。だけど止めた方が良いってば。」                 「何で?リナちゃん、そんな酷い事言われて。普通いくら頭に来たってそこまでそんな事しないし、言わないよ。」       「うん、私だってびっくりしたから。丸で 別人だったもの。」           「本当にそんな男だとは思わなかった!リナちゃんが、アパートの事、何にも言ってこないから聞こうかと思っていたんだけどね。でも、本当に止めて良かったよ。」     「うん。」               「だから、言いつけてやろうよ。だって、 いけないんだよ!警察官が、そんな、愛人なんか囲っちゃ。なのにリナちゃんを愛人にして、子供なんか産ませようとして!しかも断ったら、そんな酷い、最低な事を色々と言ったり、土下座しろだとか!」       「だけど富貴恵ちゃん、そんな事をしたら、あの人何するか分からないよ。」     「大丈夫だよ。私が手紙書いて送るから。」                「駄目だよ、止めた方かいいよ!本当に  凄かったんだよ。丸で気違いみたいだったんだから。」                富貴恵はリナの顔をジッと見ながら、考えている様だ。               「もしそんな事をして言いつけて、クビになったりだとか、じゃなきゃ罰せられたりしたら、何をするか分からないよ?!仕返しで、きっと何か凄い事をするよ?!」     「そんなの…。」            「必ず何かしてくるよ。富貴恵ちゃんが手紙なんか書けば、富貴恵ちゃんちに行ったりしたらどうするの?それで家に上がって、お母さんにあんな風に色々と変な事を言ったり、じゃなきゃ近所の人に、ここんちの娘は麻薬だとか、じゃなきゃ売春してるらしいだとか変な噂を流したりしてさ。そんな事したらどうする?とにかく、何をするかは分からないけど、絶対にそのままじゃ無いと思う。私だって、私がやらせたと思って又何か言ってきたら困るし。とにかく、凄く恐かったんだよ。」                  富貴恵も聞いているうちに段々と吉永が恐くなってきた様だ。そして、黙っていた。悔しいが諦めた様だ。            次の日の夕方、リナは店に電話をした。まだ出勤する時間よりも早い。だがママはもう来ている筈だ。              「あの、ママ。昨日は本当にすみませんでした。それで、…私、辞めます。」     「あら、マリンちゃん、何言ってるの?」 「だって、昨日あんな事になっちゃって。私のせいですから。」            リナは、ママが当然直ぐに承諾すると思ったので、とても驚いた。          「良いから、そんな事を言ってないで来なさい。」                 「でも…。」              「良いから、来なさい。悪いと思うんだったら来なさい。急に辞められちゃうと、うちも困るから。良いわね?」         「は、はい。分かりました。ありがとうございます。」               「じゃあね。」              ママが電話を切った。          クビかと思った。店に行ったら、もう来ないでくれと言われると思った。そして、精算した給料を渡される。又はいついつに取りに来いと言われる。だから、先に電話した。  勿論、悪いと思う気持はあった。だが、本当は吉永が悪いんじゃないか。自分はあそこまで怒らせる事を言った覚えは無い。幾ら申し出を断ったからそれが本当の理由で、それで自分が話しかけたからあんな風になったのだとしたら、それだってやはり行き過ぎだ。異常だ。あそこまであんなに怒り狂うなんて。

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