第50話

少し早めに店に着いた。入ると大沼がママの横に座っていた。まだ他には誰も来ていない。リナは二人に挨拶をした。そして少し言い辛そうにに大沼を見たが、口を開いた。「大沼さん。あの、昨日はありがとうございました。」                大沼がニッコリと笑って頷いた。リナはそのまま、奥の、女の子達が着替える小さな  部屋、更衣室へと向かった。そして仕事用の服に着替えた。             出て来ようとしてドアを少し開けると、二人の話し声が聞こえる。余りハッキリとは聞こえないが、リナは割と耳は良い方だ。   二人は昨日の事を話している。大沼はたまにこうして店が開く前から来ている時もあるが、今日は昨日の事があったから早く来ていた。                  「…それでね、カナちゃんと直美ちゃんからさっき電話があってね、二人共辞めるって 言ってきたのよ!」           「そうか。」              「もう、本当に困っちゃうわよ、吉永さんにも。」                  ママが迷惑そうに続けた。        「いきなり二人も辞めるだなんて!だから何とか説得して、直美ちゃんは何とか引き止めたわよ。だけどとにかくもう今週は来られないって言うから、仕方無いから良いって言ったわよ。カナちゃんはもう幾ら言っても、絶対に駄目だったけど…。だって二人共昨日の事で、もう凄く恐がっちゃって!もう水商売なんて恐くてできないって思っちゃってさ。本当に吉永さんにも良い迷惑よ〜。」    カナと直美は、昨日泣いていた女の子達だ。                 「まぁ、仕方ないな。」          大沼がボソっと言った。         「あいつな、相当腹が立ったんだな。マリンに子供を産ませたかったのに、断ったって言うんで。だって、あの女は別にそんな酷い事を言っていないんだからな。俺も近くにいたから聞こえてたけどな。只、又来たら前みたいに呼んでくれだとか、話したいだとか、そんな事を言ってただけなんだよ。」    「だからって、何もあんなに怒る事無いじゃないの?!見ていて凄く可哀想だったわよ。私にまであんな酷い事を言うし。」    「だから、よっぽど腹が立ったんだな。凄くプライドが高い男だからな。何しろ警察で うんと偉い男だから、まさかそんな自分に断ってくるだなんて思わなかったんだろう?ましてやアメリカ兵の子供やその母親が。」 「だって、子供を産んでくれだなんて、何 言ってるのよ!そんな事、普通する筈無いじゃない!親だって、そんな事絶対に許す訳無いじゃない?!そんな事絶対にさせないわよ。」                 「だがな、これ、本当は凄くいい話なんだよ。」                 「何が良いのよ?!」          「良いか?子供を産めばずーっと面倒をみてくれるだろう?自分の子供を産むんだからな。そしたらあの女だって、もう夜こんな所で働かなくたっていいしな。子供の面倒だけ見てたら良い訳だから。」        「でも、そんな事しなくたってまだ若いんだから。他のもっと若い男とくっつけば良い じゃないの。」             「それが無理なんだよ。それに幾ら若いからって、そこまで若くないしな。だから、最初は良いって言ったんだろう。だけど親に色々と言われて考え直したんだ。そんな事を言っていただろ?」             「そうね。だけど何で無理なのよ?」   「分からねーか?」           大沼が続けた。             「いいか?幾ら綺麗だってな、あんな顔をしてたら誰も男が近寄ってこないんだ。あんな顔をしてりゃあ普通、日本語なんて話せないと思うしな。もしできるのが分かっても、あれじゃ一緒に歩けないからな。あの男もそれが良く分かってるんだ。だから安心できるんだよ。」                「何で歩けないのよ?」         「あれだけ外人みたいなら、どっか店に入っても、みんな最初は見るよ。それが若い男には耐えられない、恥ずかしいんだ。だから どんなに綺麗でも無理だ。俺達みたいな年になったらそんな事平気だよ!見られたって そんなの、何とも思わない。中には逆に嬉しい奴だっているだろうよ。そして、あの男もそんな事何とも思わない。むしろ、変な虫が付かなくて良かったと思うだろうな。   だから此処へ来て、あの女を見た時はとても喜んだんだろうな。自分にとって丁度良い女が現れた、と思ってな。あいつにとっては正にうってつけだろ?例え自分に似なくても、背が高くてハッキリした目鼻立ちで、中身だってアメリカ兵の子供なんだからどっちに 似たって警察官には向くんじゃないか?必ず警察に入れるだろうし、本人も喜んで入るんじゃないか?」             「そう言う事なの!」          「そうだよ。普通ならアメリカ兵の子供なんて嫌がるんだけどな。でもあいつにとっちゃこんな良いことは無いんだよ。だってな、俺も昨日ビックリしたよ。あの男が、土下座しろって言った時に、絶対にしなかっただろ。あれな、普通の女なら恐くてするんだ。あの剣幕でやられりゃ、普通の女ならとっくに してるんだよ。だけど絶対にしないから、 あの男もイライラしてきてな。それで、最後に詰め寄ろうとした時に、何で直ぐイスから起き上がらなかったか分かるか?あれは、 あそこに灰皿があっただろ。あいつが近づいて来たら、あれで刺し違えるつもりだったんだ。俺はあれを見ていて、あぁやっぱりアメリカ兵の子供だな、やっぱり凄いなって、感心したからな。」 

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