吉永さん、切ない思い出

Cecile

第1話

リナは何気なく上を見た。沢山の飲み屋の看板…。ここ、横浜の関内には沢山の飲食店が入ったビルがある。昔、リナもそうした中で働いていたことがある。そうして一つの看板に目が止まる。あれ?これ…。マイキーズ ダイナー。ダイナーだなんて、なんでこんな所にあるんだろう。ここって飲み屋ばかりの店がある筈なんだけどな。しかも割りと上の方に、食堂だなんて。しかもマイキーだなんて。                  マイキー、マイク、ミッキーやミックはマイケルの愛称。マイケルは私の父親の名前だもの。これって、どんなお店なんだろう。リナは何気なくスマホを出して検索してみた。そしてその画面を見ているうちに焦った。あれ?嘘?!でもそうだよね?       そこで過去の思い出がワーッと思い出されてきた。あれは今から約二十五年前。リナが関内のパブ、雲母(きらら)で働いていた時だ。                  ここに働いてしばらくした時、ママの彼氏で元ヤクザの老人である大沼さんが、いつも一緒に来る仲間で少し年下の小杉さんと一緒に、ある男性を連れて来た。背が高く恰幅の良い、四十代前半の男性だ。質や品の良いグレーの背広を着ていた。髪型は少し長めのオールバック。吉永さんだ。この彼が、いつもの仲間に加わった。そしてリナは彼の横に付く様に言われた。            「いらっしゃいませ。マリンです。」    何か緊張した。なんだか取っ付きにくい雰囲気だ。相手がそう。だが、自分も多分そう。そうした雰囲気を与えているのだろう。  何故なら、自分は見た目が外国人だから。 見た目は白人。母親は普通の日本人だけれど。自分は、会ったことが無いアメリカ兵の子供。母が米軍基地に務めているから。母は軍の中で日本人従業員として秘書職をしている、準公務員だ。高校を出てから働いている。父親とは軍の中で知り合った。    だが、とにかく色々な事情があり一緒になることはなかった。なのでリナは父親を知らない。写真の顔しか知らない。まぁ今は父親のことはこれ位にしよう。         とにかく、この隣にいる吉永さんは黙って前を向いて座っている。何か話さなきゃあ…。リナは声をかけた。           「あの、ここよくいらっしゃるんですか?」「いや、初めて。」          「あ、そうなんですか?」        とにかくなんとか話しかけた。そして、互いに小型犬を飼っていることが分かった。そしてそこからはくだけて、犬の話で盛り上がった。                  そして、吉永は奥さんと犬と暮らしていること、子供はいないこと、下の名前が真実と書いてマサミだということ、仕事は東京の警視庁で警視正をしていることが分かった。そして彼はリナを気に入った。        少し話すと自分の名刺を差し出した。リナが詫びて、今名刺を切らしてしまっていると言うと、全然かまわないと言って笑った。そしてそれから、何故か屋台だとかおでん屋の話になった。              「私、おでん屋さんって行ったことないんです。」                 「あぁ、そうなの?じゃあ今度行って   みる?」                「エッ?」               「じゃあ今度一緒に行こうか?連れてってあげるよ。」               「本当に?わぁ、ありがとうござい    ます。」   

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