短編集

カタスエ

星飛沫

 濃い紫と黒と青を混ぜたような不思議な色だった。夜なのに夜になりきれないその深い闇に浮かぶ幾千もの輝き。息を止めるほどのその繊細さと鮮やかさに瞬きも忘れ、ほうと白い息を吐く。

 目の渇きを潤すために、凍りかけた睫毛の帳を下ろすと、その希望を瞳の中に閉じ込めた。手で覆って目を塞いで、零れ落ちないようにそおっと。

 宇宙には酸素がないという。つまりは、この光はここでは生き永らえないということだ。

 習慣で鼻が空気を吸い込み、肺が膨らむ。はたと息を止め、数秒後に吐き出すと、勢いよく飛び出した二酸化炭素が風を生んだ。

 行かなくちゃ。押さえた闇と光は景色を変えず、不安定に揺れる足音がちゃぽんと音を立てる。

 まるで羊水だ。凍えた体が溶かされて、世界が緩やかに広がって、自分という境界が曖昧になる。目の奥がチカチカと瞬き、夢に引きずり出されていく。

 ああ、ここでなら生きていける。

 そう思うと同時に、水飛沫とともに現実が顔を覗かせた。湯船から飛び出した顔に冷気が纏わりつく。捕らえた光が瞳から飛び出して、陰った雲の家へと帰っていく。滴る雫が顔を撫で、世界と自分を切り離す。

 ここでは、生きていけないのだ。

 慣性のように大きく吸い込んだ肺に、僕は闇を胸いっぱいに隠し込んだ。

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短編集 カタスエ @katasue

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