第2話 魔王の娘の派遣 ①

 ー遡ること十日、王都にてー



 「魔法村に原因不明の臭気……?」


 驚きと呆れを含んだ表情の男が放ったその言葉は広い室内に静かに響いた。


 広い室内と言っても、この部屋は辺り一面ぎっしりと本棚が並んでおり、その本棚には魔法学専門書が所狭しと敷き詰められている。


 ここは、王立魔法教会の一角にある図書館。

 賢者の仕事部屋である。


 賢者は年こそ若いが、いかにも仕事のできそうな風格のある男である。

 事実、幼少の頃からこの図書館に通い詰めていた彼は、ほぼ全ての魔法学専門書を読み切り内容を熟知していた。

 青春時代の全てを魔法学に費やしていた、と聞くと、陰気な見た目の男を想像するかもしれない。

 しかし、賢者の外見は凛々しい。

 整えられた短髪は暗めの茶色、意志の強そうなグレーの瞳からは、彼が聡明で博識であることを瞬時に読み取ることができる、おまけに体格も良い。

 絵に書いたようなハイスペック男である。


 そんな賢者を前にして、女は飄々とした態度で説明を続けた。


 「そう。聞いた話によると、その臭気に毒された村人は働く気力を失うとか。おかげで村中ニートだらけになってるらしいわよ~。おかしな話だと思わない?」


 女の見た目は20代半ばくらいだろうか。

 ヒールを履いた脚は長く、ウェーブのかかった黒髪は緩く結ばれているにも関わらず、彼女の腰の位置まで伸びている。

 口元には不敵な笑みを浮かべ、切れ長の瞳は賢者の反応を面白そうに見つめている。

 何とも胡散臭い女である。


 しかし、彼女は王都では知る人ぞ知る優秀な情報屋だ。

 まだ世間に出回っていない情報をいち早く入手し正確に提供することに長けた彼女は、王立魔法教会の目にとまり、直接雇われている。

 そのため、何かある度にこうして賢者に情報提供へ来るのだ。


 「その臭気は、何処で発生しているのかわからないのか?」


 「魔法村全域。発生する場所も時間もバラバラ。今までこんなことはなかったから、学者君たちは大忙しだったわ」


 情報屋の言う “学者君” とは “魔法学者” のことだ。

 彼は王立魔法教会に属しているが、今は魔法村に派遣されている。


 「そうか。皆、わからないことだらけで困っているだろう。私もこの件について早急に調査する。まずは学者のもとへ向かいたいところではあるが、闇雲に魔法村を訪ねるのは良くないな。臭気に毒されてしまう危険がある。何か対策を考えなければ……」


 賢者が続きを言いかけたその時、突然部屋の扉が開いた。


 「あのー?すいませんっ!賢者さん、ちょっといいかな?」


 突如部屋に入ってきたのは、白い肌、ふわふわな栗色のセミロングヘア、赤茶色の大きな丸い瞳を持つ小柄な美少女であった。

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