033-魔王の刺客 対 元・刺客

 まさかの刺客重複ダブルブッキング!!

 しかも自惚れ勘違い野郎に続けて現れたのは、本気で俺の首を狙う魔王の使者とは、なんて最悪なタイミングだ。


『き、貴様、どうやってこの空間に入ってきた!? 僕の"時の最果て"は決して破る事の出来ない結界だぞっ!』


 焦りながら問うグレイズに対し、ダルカンドと名乗った黒騎士はつまらなそうにそれを一瞥いちべつすると、空間の割れ目に拳を叩き込んで"時の最果て"を崩壊させてしまった。

 世界は色を取り戻し、時間が再び動き出す……。


『笑止。このような脆弱ぜいじゃくな薄板が結界とは、笑う気も失せるわ』


 ダルカンドはそう言って腰の鞘から剣を抜いた。


『だが、我は弱者を蹂躙じゅうりんするような愚行は好まぬ。そこに居る勇者を差し出せば、貴様の命は助けてやろう』


 武士の情けのつもりなのか、突然の交換条件を持ちかけられたグレイズは困惑した様子でこちらを振り返る。

 ……が、その視界を遮るようにキサキが両手を広げ、キッと鋭い目つきでダルカンドを睨んだ。


『ほう、お前は確か勇者を暗殺する為に送り込んだ氷精ではないか。報告が途絶えたものだから死んだとばかり思っていたが、まさか寝返っていたとはな』


『寝返るも何も、私は最初ハナから魔王なんぞに協力した記憶は無いっスよ』


『お、おい! 氷精おまえは馬鹿かっ!』


 慌てるグレイズにチラリと目を向け、キサキは呆れた様子で口を開いた。


『バカはお前の方っス』


『なんだと!!』


『どんだけ世間知らずなんスか。「勇者を差し出せ」とか言われて、ホイホイ言う通りに従う輩は、大抵その後に後ろからバッサリやられて『そんなっ! 約束と違うじゃないかっ!』 ……とか何とか世迷い言を叫びながら死ぬのが世の常っス』


『意味が分からん!!』


 でしょうね。


『とにかく、ここを乗り切るには是が非でもコイツをぶっ倒す必要があるんスよ。それを邪魔するなら、お前がお偉いさんでも……殺す』


『ひぃっ!?』


 今までに無く殺気を放つキサキに凄まれたグレイズは、慌てた様子で後ろに引っ込んだ。

 その様子を見て、ダルカンドは腕組みしたまま頭をコクリと縦に揺らした。


『ふむ、我に抗う道を選んだか。だが、お前達が死の運命から逃られぬ事に違いはあるまい』


 ダルカンドがギラリと輝く剣を構えたその時……


「ホロウ、羽ばたけ!!」


『むっ!?』


 俺の指示によって、空で待機していたホロウが強風を巻き起こし、ダルカンドの巨体を吹き飛ばした。

 壁に叩きつけられそうになりつつも、その手の剣をアスファルト道路に突き立ててどうにか体勢を整えたダルカンドは愉快げに笑う。


『ふははは、幻獣スパルナを手懐けるとは! さすが勇者である!!』


「飼い主は別のヤツなんだけどな!」


 素で返事をする俺の言葉に対し、ダルカンドは豪快に笑う。

 さらに、強風に身動きが取れなくなったのを見てキサキが両手を前に構えた。


『フロストバインド!!』


 氷塊がダルカンドの脚の周りを覆うと、そのまま地面に縫い付けるように固まった。

 どうやら完全に身動きが取れなくなったらしく、ダルカンドの表情に若干の焦りの色が浮かんでいる。

 ……だが、右手で剣を地面に突き立てたまま左手を後ろに引く姿を見て、何故か背中をゾクリと寒気が走った!


「キサキ、ホロウ! その場を離れろっ!!」


 俺の声に即座に反応できたキサキはすぐにその場を飛び退く。

 だが、空中で羽ばたいていたホロウは、ほんの僅かに一瞬反応が遅れてしまった。

 そして……


『アシッドアロー!』


 ダルカンドの右手から放たれた黒い矢がホロウの翼を撃ち抜いた。


『……っっっ!!!』


 ホロウは苦痛に顔を歪めながら浮力を失い、俺達の上に落下してきた。

 だが、俺達を圧し潰さまいと姿を小鳥に変え、フラフラと俺の手のひらに落ちて横たわる。


「ホロウ! しっかりしろっ!」


『クルゥ……』


 俺はポケットからハンカチを取り出してホロウの翼を押さえて止血するものの、ハンカチがすぐ真っ赤に染まってしまう。


『リク君っ! ほろちゃんを私にっ!!』


 キサキが血濡れたハンカチごとホロウを抱き締めて叫んだ。


『フロストプリズン!!』


 直後、ホロウの体は透き通った氷の塊に包まれ、まるで水晶像のような姿になった。


「お、おいっ」


『ちょっと荒療治ですけど、これでほろちゃんが失血死する心配は無いっス!』


 キサキはホロウが入った氷柱をそっと俺に手渡すと、再びくるりと振り返りダルカンドを睨むと、氷の剣をその手に構えた。


『氷精ごときが我に剣技で挑むつもりか?』


『預かってるホロウにケガさせられておいて、はいはいそーですかって訳にはいかねーんスよ』


 怒りの表情でジリジリと距離を詰める二人。

 辺りと包み込む殺気に、俺とグレイズは思わず後ずさってしまう。


『……ん? あれは???』


 ふとグレイズが空を見上げると、何かが目に入ったようだ。

 それは、この戦いで放たれた膨大な魔力に気づいて駆けつけた援軍、つまり……



『お待たせしましたっ!!』



 天使姿のカナが、セラをお姫様抱っこしながら飛んできた!

 ……って、お姫様抱っこ!?


「なんで抱っこされてんの?」


『カナが、この方が空を飛びやすいと言ってな……』


 セラは恥ずかしそうに赤面しながら地面にピョンと飛び降りると、申し訳なさそうにホロウが閉じ込められた氷柱を撫でた。


『遅くなってすまぬ。カナよ、治癒をお願いできるか?』


『当然です。ペットを傷ついたまま放置するなんて、飼い主として許されませんからねっ』


 カナはホロウを受け取ると、氷柱に包まれたままのホロウに手をかざした。

 さすが本職だけあってか、痛々しく切り裂かれた傷がみるみるうちに癒えてゆく。

 そんな中、ダルカンドは突然の乱入に驚いていたものの、改めて俺達を一瞥いちべつしてから不満そうに刀を鞘に戻した。


『なるほど、四対一とは多勢に無勢。先程から氷精が余裕げに語っていたのはそういう事か?』


 若干失望も混じる言葉を吐きかけられ、キサキは不機嫌そうな表情のまま刀を構える。


『私は多人数で一人をボコるような悪趣味な戦い方はしないっスよ。皆には手出しさせないんで、さっさとやるっス』


 キサキの言葉に、ダルカンドは目を見開いて驚いてから、とても嬉しそうな顔で豪快に笑った。


『ふははは良い心掛けだ! 氷精にしておくには勿体ない!!』


 キサキの正々堂々とした姿勢に感服したとばかりにダルカンドは一頻り笑うと、再び鞘から剣を抜いて構えた。


「い、いいのかあれ!?」


 慌てる俺の姿にセラは苦笑する。


『リクよ。キサキはそもそも、勇者であるお主を抹殺する為に送り込まれた刺客ぞ?』


「いや、それは分かるけど……」


 心配そうに呟く俺に対し、今度はカナが笑って口を開いた。


『あの子、この辺り一帯に豪雪を降らせる程の魔法を操りながら、巨大なアイスゴーレムを使役してたんですよ? たぶん、天使でもそこまでの神術を使える者はほとんど居ないでしょうね』


「えっ!」


 カナの言葉に俺が慌てて振り返った直後、目にも留まらぬ速さでキサキとダルカンドの影が重なり、刀同士がぶつかる音が響いた。

 互いに背中を向け合ったまま、ダルカンドは右手の刀を鞘に戻し、キサキは氷剣を宙に溶かして消した。


『……なるほどな。貴様が弱かったのは、心だけであったか』


『今は心強い仲間達が居るんで、私に弱点は無いっス』


『そうか。我が貴様に勝てる理由は、無い……か』


 ダルカンドはそう言うと、その場にドサリと音を立てて倒れる。

 それを見届けたキサキは振り返ると、満面の笑みでVサイン。


「……」


『キサキが弱いのではない。我輩達が強いのじゃ』


「おまえ、サン○ッド読んだだろ」

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