あらま変身しちゃったのです!!
斉藤は少女を抱っこしていた。
多くの人間はそれを微笑ましい光景と思うだろう。
だけど、俺はその光景を微笑ましいとは思えない。
何故ならその少女はまさしく俺自身であるからだ。
自分の体を見ればさっきまでの俺とは比べ物にならないくらい貧弱な感じになっているし、急激に胸に重みを感じる気がする。
胸自体はそんなに大きくないんだけど、いきなりそこに重りがつくと当然ながら慣れていないから肩に来る。
「あ、目を覚ましたかい?」
紳士風のフレーズを斉藤が言う。
この紳士を演じている感じが妙に鼻につく。
俺は知っているのだ、コイツがトイレに来るといっつも下ネタを連呼しながら他人がしてるところを覗きに来ることを。
そんなやつが今はなんだ? 目を覚ましたかいだって?
目を覚まさなければならないのはお前だ! お前が今喋りかけているのは俺だぞ俺、クラスメイトの新城新太郎だぞ、と大声で叫びたかった。
でも俺はそんなことを言う勇気がなかった。
コイツにそんなことを言って信じるとは思えないからな。
どうせ俺の妹扱いでもして、後日学校で「俺、先日お前の妹を助けてやったんだぜ」とか言われるに決まってる。
よし、こうなったら少女を演じ通すしかないか。
って、待てよ?
どうやったら俺は魔法少女から普通の高校生に戻れるのだろう。
もしかすると、精神が男のまま、俺は魔法少女の格好で永久的にいるんじゃなかろうか?
そんなのって拷問だ。
というかそもそも俺はなんで魔法少女になってしまったのだ? そもそも魔法少女なのか? 女体化しただけじゃないのか?
記憶をたどる。
俺は魔法少女に変身するための道具を片っ端から試して――
――はっ!
思わず指先を見る
俺の人差し指にはしっかりと変身リングがはまっていた。
しかも、はめる前にはなかった黄金の輝きを放っていた。
こいつがとんでもない量の光を放った時から、俺は女になってしまったのではなかったか。
「君の指につけてるその指輪綺麗だね。まあ、君の美しさに比べたら見劣りしちゃうけどね」
「あ、そうですか……」
斉藤がこんな丁寧な口調で話しかけてくるのに吹き出しそうになるが、それどころではない。
俺にとって斉藤という男は心底どうでもいいクラスメイトの一人だし、そんなやつの喋り方がどうだとか、気にしている人間の方が少数だろうからな。
「そう言えば君、名前なんて言うの?」
コイツは俺に次々に質問してきやがる。しかしちょっと待てよ、名前?
ここで本名を言うのは得策じゃない。
どのように偽名を考えるべきか、そこが問題だ。
あまりにも現実離れしている名前にすると後々めんどくさそうだし。
うーん……
考えても良い名前はそう簡単には浮かんでこない。だから仕方がなくなって俺はどうにかしてごまかす作戦を実行しようと思った。
「知らない人には名前を教えちゃ駄目って親に言われてるから言いません!」
「そんな、俺は怪しい人じゃないよ。君が心配だから家までついて行ってあげるよ」
斉藤は強引に俺の腕を取って連れて行こうとする。
地下鉄のホームで男子高校生が手を繋いでいる。
周りの人には言うことの聞かない妹(俺)に手を焼いている兄(斉藤)、みたいに見えるのか誰も不審な目をこっちには向けてはくれない。
しかしこのまま連れていかれたらまずいぞ、自分の正体がバレたら妙なことになる。
俺は斉藤の手を振りほどいて逃げようとした。
しかし、斉藤は逃すまいと握る手をより強くした。
グググっと手首が締め付けられる。
爪が食い込んで痛い。
「何逃げようとしてるんだい? 困った娘だなあ。迷子センターみたいなとこってどこにあったかお兄ちゃんが調べてあげるよ」
ふざけるな斉藤! お前の今の親切心は全て空回りして俺にダメージを与えているという現実を直視しろ!
警察なんかに届けられたら俺はなんと説明すればいいのだ?
これはまずいことになったかもしれない。絶体絶命のピンチだ
俺は全身全霊の力を振り絞って斉藤の手を振り切った。
斉藤は逃すまいと再び俺の腕を掴みに来る。
こうなったら仕方あるまい、身体が小さくなって力が弱体化しているかもしれないが背負投をしてやろう。
俺は掴みに来た手を逆に掴んで、腰を低く入れて相手の身体をすくい上げた。
ふわっ。
斉藤の身体は中に浮いていた。
あれ? 身体は小さくなったけど力はそのままだぞ?
斉藤は腰から床に強く強打したようで、衝撃で暫く動けそうにもなかった。
逃げるなら今だ。
俺は走った。
斉藤が追ってこない女子トイレに逃げ込むのだ。
そしてトイレの個室にこもって、ゆっくりと今の俺の状態がどうなっているのかを考えればいい。
なぜ俺は少女になったのか(おそらくはリングのせい)。
俺は一生男に戻れないのか。
というか、ここは夢じゃないのか。
夢じゃないかどうかの確認は簡単だ。頬をつねれば良い。
俺は格闘家が指圧でクルミを割るかのごとく、自分の頬を強くつねった。
痛ぇえええええぇぇぇぇぇえええええええええええぇぇぇぇぇぇぇえええええええええ!!!!
間違いない、ここは現実だ。
そうか、現実なのに斉藤はあんなやつだったんだな。女のフィルターを通して見るのって怖いね。
俺はそんな斉藤とこの状態で会うなんてのは二度とゴメンなので、逃げるようにして全力でトイレに駆け込む。
短距離選手が金メダルを狙うためのラスト10メートル並のレベルのダッシュだ。
実際出ている速度は男子高校生としては平均くらいかもしれないけど、女にしては相当速いと思う。
トイレの個室は幸運なことにガラガラに空いていたので、何となく一番奥のところに入ってドアをパタンと閉めて、鍵をかっちりとロックした。
よおし、これでやっと冷静にものを考えられるぞ。
俺は自分の手にはめられたリングを眺めてみた。
――――美しい、実に美しい!!!
そのリングの光は揺らめきながら煌めいて、このトイレの個室さえも神聖な場所であるかのように錯覚させた。
俺はこれをつけたら少女になったわけだけど、果たして魔法少女になったということで良いのだろうか?
少女の姿になれたにはなれたが、力はそのままだし、魔法という魔法を使える気配もない。
俺は魔法少女になりたかったのに、性転換してしまっただけなんじゃないのか?
それならば期待はずれだ、元の姿に戻らなければ。
もとに戻るにはどうしたらいい?
思考を際限なくシンプルにしていく……。
そうだ! リングをつけてこの姿になったのならば、外せば元に戻れるんじゃないか!
俺は指輪のついた人差し指をグーで包み込んで根本から指を引っ張るようにして指輪を外した。
すると、指輪の放っていた光は収まり、俺の身体はみるみる大きくなっていった。
やったあ! 元の姿だ。
しかしこれはぬか喜びだった。
服装が魔法少女モノの服そのままなのだ。
どこに行ったんだ? 俺が元々着ていた服は!
元の姿に戻れたは良いけど、これじゃあ少女から女装男子に変わっただけで、それなら寧ろ少女の方が恥ずかしくないじゃないか。
羞恥に関してはとりあえず我慢して、さっさと電車に乗って家に帰っちまいたい。
よし、誰にも目を合わせないように走って足早に電車の方に行こうじゃないか!
俺は扉を空けて、早速トイレに出ようとしたその時――――
「え? 新太郎くん?」
「あ……」
最悪のタイミングだった。
そこに居たのは飛島明日香だったのだ。
「ここ女子トイレだし、格好ヤバイし……へえ~、新太郎くんってそういう趣味もあったんだ?」
「ち、違うっ! これは誤解だよ飛島! 信じてくれよ!」
「そんなの信じられるわけ無いじゃん! お店のフィギュアのパンツを頑張って覗いている人が、女装趣味があるってなっても全然不思議じゃないもの」
終わった……、俺の高校生活はここに来て終演を迎えてしまったのだ。
そうだ、ここを出る時くらいリングをはめてれば良かったじゃないか。
早まったばかりにこんなことになってしまったんだ。
飛島の目が、俺に対する蔑視の目であることは言うまでもなかった。
俺、これからどうすりゃいいの?
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