第一話 (7) 山ノ口城 前編

11月。

天気は晴れているが、馬で駆けるとなると、寒い。

勘助は耳を真っ赤にさせて山ノ口城にひた走る。

串間に変わり新しい城主となった、志賀源心しが げんしんに挨拶し、城の構造を見て回らねばならない。


勘助は、山ノ口城の麓まで来た。

山ノ口城は山城であり、尾根の上にある。

見た目は城というよりも砦で、曲輪くるわの数は本丸、二の丸、三の丸の三つあり、それぞれ一直線で繋がっており、迷う事はない。

三の丸、つまり正面から向かってくる敵に対し、堀切は二つある。

本丸の背後は大きい岩群と大堀切があり、背後からの奇襲は出来そうにない。

複雑な構造ではないが、見事な要塞であった。


山は馬で登れないため、勘助は下馬して城に向かう。

城には多くの足軽達が兵糧の詰め込みをしていた。

南科野は今年も豊作だったらしい。


勘助が本丸を目指して歩を進めていると、曲輪の入口辺りで耳鳴りが起こるほどの大声で呼び止められる。


「待て!何奴じゃ!」


勘助は足を止め、上を見上げるとやぐらから一人の僧兵がこちらを見下ろしている。


「それがしは太原殿の食客、山森勘助!

火急の書状を届けに参った!

急ぎお取次願いたい!」


「わしが山ノ口城の城主、志賀源心よ!

ついて参れ!」


勘助は志賀の後に続き、天守に入る。

志賀は勘助が持ってきた雪原の書状を一通り読み終わってから、勘助を見る。


「雪原様は、なぜそちのような浪人をよこしたんじゃ?まさか信用されているわけでもあるまい」


「厄介者を追い払っただけでしょう」


勘助なりの冗談だった。

が、志賀は眉をひそめるのみであった。


「まぁよい。兵は一人でも欲しい時じゃ、わしの近くに居れ。たかだか二千の兵で武郷の大軍と戦わねばならんでな。

何か言い分はあるか?」


「いえ」


「書状には、そちは兵法に通じていると書かれておるが、この戦どう見る?」


「信虎はまだ、この城の城主が串間殿であると勘違いしております。

信虎は裏切り者である串間を信用してそのまま城主のままには致しませぬ。

この城に新しい城主を送り込んで来ると思われまする」


「おう。そやつをまんまと誘き寄せて殺せばよいのであろう?」


「御意」


「敵兵はいかがする?

信虎に報告されるゆえ、皆殺しにせねばならぬかのう?

わしはこれでも坊主じゃ。

無用の殺傷はしたくないのだが・・・・・・」


「いえ、その必要はありませぬ。

敵兵を逃そうが逃すまいがいずれ知られまする。

であれば、早い方がよいと存じまする」


「なぜじゃ?」


「さすれば、容易に勝つ事が出来まする」


勘助はニヤリと笑う。


「なぜ、信虎に知られるのが早ければ容易に勝てるのじゃ?」


「信虎は騙されたことを知れば、必ず逆上し攻めてきまする」


「それは早かろうが遅かろうが同じじゃろう?」


「いえ、早く知れば信虎は、今月中にもろくな準備もせずに攻めてまいりましょう。

さすれば、雪が降るまで耐えきればお味方の勝ちでござりまする。

この辺りは毎年、12月には雪が降りまする」


「たしかに。雪が降れば馬も動けん。

信虎は退かざるを得ん!

・・・・・・なれば一層、遅い方が良いではないか!」


「いえ、遅すぎればさしもの信虎とて攻めて来ず、春に攻めて来ることになるでしょう。

春になれば、勝つことが厳しくなりまする。」


「・・・・・・なるほどのぅ。

わざと信虎をこの時期に誘き寄せるか。

そち、大したもんじゃ!」


そう言うと志賀は鼓膜がはち切れんばかりの大声で笑いだす。





事態が動いたのは、それから3日後である。


「殿ぉーーーーーー!」


ドタバタと音を響かせながら、志賀の家臣が飛び込んで来る。


「武郷勢です!武郷軍が現れました!」


「来たか!数は!」


「武郷の先鋒、その数およそ一千!」


「武郷信虎率いる本軍は、この山ノ口城を拠点として南科野を侵略するつもりでしょう。

此度の先鋒、大将は?」


「武郷信友であります!」


山中の合戦で今川に完敗したのが信友である。

信虎は、弟である信友に花を持たそうとしたのかもしれなかった。

信虎はある一部を除いて、一族には優しかった。


「武郷信友・・・・・・。

信虎の弟ですな」


「運のない奴じゃ!

勘助!信友のために経を唱えてやらねばならぬのう!」


髪の毛の一本もなく、髭面でいつも目をギョロッとさせている志賀は、僧侶のくせに戦が楽しくて仕方がないようだ。


信友軍は麓に着陣し、しばらくすると一人の武士がせっせと山を登り、城門に到着すると声を張り上げた。


「武郷家家臣、前島昌勝じゃ!

串間殿に御目通り願いたい!」


城門は難なく開き、前島は躊躇うことなく入って行く。

すると、途端に足軽に囲まれて有無を言わせず捕らえられてしまう。


前島は縄で縛られたまま、天守に連れて来られた。


「どういうことじゃ!わしは前島昌勝じゃぞ!?

串間殿っ!これはどういうことかッ!」


前島は志賀源心とその家臣団の前に連れて来られた。

志賀の顔を見た前島は、その顔を途端に驚きに変えて見せた。


「誰じゃこのハゲはっ!

串間殿を出せっ!」


「ハゲとはなんじゃッ!

残念じゃったのう、前島!

串間はとうに死んでおるッ!」


前島は驚いた顔を更に驚かせる曲芸を見せつけ、次の瞬間にはその顔を蒼白にして見せた。


「そんなッ!?

串間殿は、見破られたか・・・・・・!」


前島昌勝は、戦はあまり得意ではなく、なんとかして手柄を立てようと考え、串間の調略を成功させた。

串間は、今川の家督争いの折には梅岳と敵対しており、思う所があったのだろう。

山中の合戦中に勘助は、今川の足軽が武郷方の陣に駆け入る所を目撃している。

その武郷方の陣は、前島の陣であった。


「勘助、こやつはどうする?殺すか?」


「いえ、何かに使えるやもしれませぬ。

生かしておきましょう」


「くっ、殺せ!」


「このうるさい男を牢にぶち込んでおけッ!」


志賀の命令を受け、前島は再び連れて行かれる。


「殺せ!殺せ殺せ殺せ殺せ殺せーーーーー!」


「なんじゃ?あの男は。うるさい奴よのう」


勘助は内心、志賀の大声と良い勝負をしていると思った。




前島がしばらくしても帰って来ず、不審に思った信友は恐る恐る前進する。

反撃を受ければ引き返し、本軍を待つつもりであった。

しかし信友が、いくら兵を進めても弓の一本も飛んでこない。

終いには城門が開いており、足軽が頭を下げている。

信友は家臣に話を聞いて来るよう命令した。

家臣は足軽の元に行き、戻ってきた。

その家臣が言うには、「前島は山を登る途中で足を怪我してしまい、動けない。城主の串間は全て納得し、天守で待っているから来て欲しい」との事だった。


頭の回らない信友は、この理由に大いに納得し、これまた躊躇う事なく曲輪の中に入る。

すると、信虎が遣わした信友の参謀とも呼ぶべき家臣が慌てて信友に駆け寄った。


「なりません、信友様!

おかしいではありませんかっ!

なぜ武郷方に与した串間自ら出迎えにでないのです!」


「うん?そうじゃなぁ、串間め、礼儀が足らんようじゃ。説教してやらんとな!はっはっは」


信友は過去に、清正城の戦いで今川に籠城戦を強いられ、山中の戦いでは完敗を喫している。

信友にとって今川は、怨敵であり、その今川に一杯食わせてやるのが愉快でならなかった。


参謀は粘り強く説得を続けるが、信友は大股でガンガン進んでいく。


「内通した者が天守で待つなど偉そうなこと、聞いたことがありません!

前島殿もおかしいではありませんか!

足をくじいたなどと、」


「おぬしはうるさいのう。

くじいたものは仕方あるまい?

心の狭い奴よのう」


既に信友達は、二の丸にまで入って来てしまっていた。


「私が直に行き、話を聞いてきます!

ですからそれまで、麓で待機を」


「うん?」


機嫌よく歩いていた信友が、急に足を止めた。

参謀が信友の見ている方を見ると、本丸に続く城門が閉まりきってしまう所だった。


「どうしたことじゃ?」


「ッ!やはり罠です!

今すぐ撤退を・・・・・・ッ!?」


参謀が三の丸に続く城門を見ると、こちらも既に閉まっている。

つまり信友軍一千は、二の丸に閉じ込められた事になる。


「なんじゃ?なんなのじゃっ!」


「だから言ったのです!」


混乱の中そんなやり取りをしていると、本丸の方から「放て!」との掛け声が聞こえ、続いて弓矢が降り注ぐ。

信友軍は次々と斃れる。

すると次には二の丸のあちこちに隠れていた志賀の兵達が現れ、途端に大乱戦である。


信友は必死に刀を振るう。

突き出された槍の柄を握り、首を叩き斬る。

信友とて武士である。

剣術の心得はそれなりにある。

すると奥から、長刀を持った男が現れる。

長刀を持った男は名乗りを上げた。


「武郷信友殿とお見受けする!

わしは志賀源心!その首、頂戴致す!」


大地が揺れんばかりの大声である。


「志賀源心だと?おのれ、今川ぁぁぁあ!」


志賀源心は、豪傑である。

豪傑で知られる志賀に、信虎の弟である以外に何も無い信友が勝てるわけがなかった。


「信友様!なんとかお逃げください!

ここは私が!」


先程まで信友と揉めていた参謀が、刀を構えて志賀に襲いかかる。


が、ブォンッという音と共にその首は胴から離れる。


「信友!わしが成仏させてやる!

安心して逝けい!」


「おのれぇぇぇええ!」


志賀が距離を詰め、横薙ぎに長刀を振るう。

信友は刀の反りに片手を添えて、なんとか防ぐ。

しかしそれを振り払う余力はなく、志賀の二撃目が振り下ろされる。

ガキンッ!という音が鳴り響き、なんとか信友は二撃目も防ぐ。


距離を取れば負ける。

信友の獲物は刀、対する志賀は長刀。

距離を詰めねば、勝てない。が、詰めれない。


(このままでは刀が折れてしまう)


一か八かの賭けをしなければ勝てない。と信友は覚悟を決める。

覚悟を決めた信友は、一度距離を取り勝負に出る事にする。


信友が距離をとった所で、志賀は再び長刀を横から叩きつけようとしてくる。

信友は一か八か、刀を捨てて、それを伏せて避けようとする。

ガンッという音と共に、信友の首が飛んだ。


ように、周りの者には見えた事だろう。

しかし実際は信友の兜の前立てに長刀が当たり、兜が吹き飛んだだけであった。


信友は脇差を抜き、志賀の懐に入り込もうとする。


が、所詮は素人の浅知恵である。

志賀は長刀の穂先と反対、石突きの方で兜のない信友の頭を殴りつける。


信友は頭から血を吹き出し、倒れる。

それからヨロヨロと起き上がると、志賀に首を刎ねられた。


「武郷が家臣、武郷信友、討ち取った!」


「「「おおーーーー!」」」


志賀の足軽達は、口々に、「お見事!」と褒め称える。


信友の兵達は絶望する。

しかし気がつくと三の丸に続く門が開いている。


信友の敗残兵達は、それに気づいた者から脱兎のごとく逃げ出す。


前哨戦は、なんの問題もなく、終わった。


本丸で志賀を出迎えた勘助。


「お見事です。」


「おおっ、勘助!今夜は宴じゃ!」


「まだ戦は続きまする。

あまりお飲みにならぬよう、お願い仕ります」


「勘助、信虎が来るまで何をすればよい?」


「この城を戦のための城にしまする」


「戦のための、城?」


戦いは、続く。

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