逆向きの雪

海月海星

 本編

 今日は冬至の日。1年で最も夜が長い日だ。

 私は外で、買い物や食事を済ませ、家に帰る。いつもの通り、マンションの自分の部屋の鍵を開ける。しかしその時、なにか違和感があった。部屋の中に誰かがいる気がする。でも不思議と怖いという感じはしない。なんだか懐かしい気配を私は感じていた。それでもやはり私は、少し恐る恐る部屋に入った。

 するとそこには、驚くべき光景があった。

「雪弥……」

 部屋の中には。4年前亡くなった恋人の雪弥がいた。

「奏、お帰り」

 見間違うはずもない透き通るような白い肌。あの時から片時も忘れたことはない。

「どうして……」

 雪弥は4年前の冬、交通事故で亡くなったはず。あの時私は涙が枯れるほど泣いた。

「ちょっとね。でもあまり時間がないんだ。明るくなるまで、話そうよ」

「時間がない? どういうこと?」

「まあまあ」

 私の頭は混乱しっぱなしだが、もしかしたら、夢かもしれないと思い、醒めないでほしいと思いながら、彼と話をすることにした。

「奏、あの時は急にごめんね。自分でもびっくりしたんだ。僕が死んだあと大丈夫だった?」

「全然大丈夫じゃないよ! 今でも冬になると、あの日のことを思い出して涙が出るんだから」

 私はそう言いながら、涙を流した。雪弥は何も悪くないのに、つい責めてしまう。

 雪弥は泣いている私を抱きしめてくれた。生きていた時の雪弥は、その白い肌に似合わず、体温が暖かかった。なのに今は全く温度を感じない。私は改めて彼が死んでしまったことを実感した。そしてなぜか、これが夢じゃないような予感も感じていた。

 それから私たちはたわいもない話を続けていた。彼が亡くなってからの私の生活。仕事を変えたことや、まだ雪弥を忘れられず、新しい恋に進めないでいること。

「もう僕の事なんか気にしなくていいのに。奏がちゃんと前を見て生きてくれないと、僕も安心できないよ。大丈夫。必ず見守っているから」

「雪弥……」

 私は彼に心配をかけてしまっていたんだ。あの時から優しくて、どこか抜けている私のことを守ってくれていた。それは亡くなってからも変わらないみたいだ。

 話をしているとき、私はふと時計を見た。そして違和感に気づく。

「もう朝の8時? 冬至にしても、夜が長すぎるよね……?」

 朝8時になっても暗い空。私は雪弥の、明るくなるまで話そうという言葉を思い出した。

「気にしない、気にしない。ちょっと、外を見てみようよ」

 私は混乱しながらも、雪弥と一緒に、ベランダに出た。

「世界の終わりみたいだね」

 彼が少し遠くを見ながらつぶやく。

「もしかして、だから会いに来てくれたの?」

「さあ。どうだろうね」

 そう言って雪弥は微笑む。あの時と変わらない優しい笑顔だ。

「あ。雪だ」

 外を見ると、雪が降っていた。

「そうか……。もう時間か」

 その雪を見て、彼がそうつぶやく。

「時間?」

 やはり、時間がないという言葉は気になった。しばらくして、私はその雪が普通の雪ではないことに気づいた。

「この雪、空に昇ってる……」

 空から降るのではなく、空に昇る雪。そして、雪が空に届くたびに、空が少しずつ明るくなっている。

「ねぇ、これどういう……、雪弥?」

「ごめんね。もう時間みたいだ」

 空が明るくなるのと同時に、彼の体が、少しずつ光の粒子になって、空に昇る。外の空に昇っている雪もよく見ると、光の粒子だった。

「雪弥!」

「奏、さようなら。もし君が他の誰かと結婚して、子供を産んだら、その時は僕がその子に生まれ変わるよ。その時は、僕だっていう証明に君の両手を握って、2回ウィンクするから。その時はかわいがってね」

 そう言い残して、彼は消えた。空は完全に明るくなり、朝が訪れた。

「雪弥の分も……、私、精いっぱい生きなきゃ。生まれ変わった彼に会うために」

 私は雪弥のことを綺麗な思い出として心の中にとっておいて、自分の人生を全力で生きることを決意した。

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逆向きの雪 海月海星 @kurage-hitode

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