暗雲の向かう先は〈後編〉

 

「まずは我ら大日本皇國軍の軍容から、説明させていただきます」


「ああ。宜しく頼む」


 明応旭皇の言葉に篠原陸軍大臣を始めとする皇國軍の中枢将校6名は頷き、一つずつ説明を始めた。それに対し、他の閣僚達も耳を傾ける。


「最初に、陸軍省より現在の兵力及び基本戦略等を。前提として我ら皇國陸軍は、衛戍所在地や仮想敵の違いから二つに大別されます。

 一つ目が近衛師団と皇都に存在する5つの市にそれぞれ置かれる師団で構成される、皇都5市12町37村を防衛するべく魁魔との戦闘を行う主力〈皇都こうと陸軍りくぐん〉であります。それを構成するのが……。


 近衛師団このえしだん。〈皇京おうきょう〉第一師団。〈摂和せつわ〉第二師団。

 〈前波さきのは〉第三師団。〈えつみや〉第四師団。〈高勢たかせ〉第五師団。


 近衛師団は約9000名、第一〜五師団はそれぞれ約18000名で編成されています。詳細な師団編制は以下の通りとなっております。


 近衛師団 約9000

 師団司令部 240(師団長は大将)

 師団編成 近衛歩兵三個聯隊 4410

      近衛騎兵二個聯隊 600

      近衛砲兵一個聯隊 1260

      近衛工兵一個大隊 750

      近衛輜重兵一個聯隊 約2100


 第一〜五師団 約18000

 師団司令部 300(師団長は中将以上)

 師団編成 歩兵ほへい三個聯隊 9720

      騎兵きへい二個聯隊 1080

      野砲やほうへい山砲さんぽうへい)一個聯隊 1260

      工兵こうへい二個大隊 1500

      輜重兵しちょうへい二個聯隊 約4200


 補足させていただきますと、砲兵は近衛・第一・二師団で野砲兵聯隊を、第三・四・五師団で山砲兵聯隊を運用しております。また、皇國陸軍は戦時・非常時に輜重兵に限った徴兵制を実施している為、平時における輜重兵一個聯隊あたりの定員は600としています。なおこれらはあくまで戦時・非常時の編成であり、平時は皇都各地に点在する衛戍えいじゅに対して一個大隊ずつ配備されている状態であります」


「……つまり、戦時・非常時の陸軍の軍容に対して平時のそれはかなり異なっているということか?」


「はい。その通りであります、旭皇陛下」


 今上旭皇である〈煕宮ひろのみや統仁おさひと〉は政治や軍事よりも産業や文化・科学技術などに造詣ぞうけいが深く、軍隊に関しては少しうといところがある。その為、閣僚に向けてというよりも旭皇に対しての現状確認という側面が強くなっている。そんなことは閣僚達も百も承知であり、何も口出しせずにそれを見守っていた。


「平時の軍制では一個大隊を最大部隊単位としています。平時の最高さいこう指揮しき階梯かいていである〈鎮台ちんだい〉も変わらない歩兵一個大隊600の編成となっています。

 鎮台は通常、師団しだん隷下れいか歩兵一個聯隊の第一大隊に命名される称号で、大規模な襲撃や争乱……もしくは他兵科の支援が必要な際に、他の部隊を例外的に指揮することができます。つまり、平時の皇都陸軍に師団や聯隊といったものは存在せず、それぞれの大隊が独立して陸軍省及び参謀本部からの指示を仰ぎ、旭皇陛下からの勅令ちょくれいを受けて皇都防衛の任に就いているということです。

 何故、このような軍制になっているのか。それはひとえに、魁魔は至る所から襲撃してくるからであります。……通常、英仏えいふつを始めとする列強国の軍隊というものはいわゆる〈軍都ぐんと〉と呼ばれる言葉があるように、一つの重要拠点・都市に複数の聯隊及び師団の基地を密集させ、有事の対応が迅速にできるようにしています。しかし、我らにはそれができない。

 魁魔は皇都にいる限りは何処からでも、いつ何時なんどきであろうとも襲ってきます。常に有事のようなものなのですから、市内の至る地点に、全ての町と村に、兵力を分散させて余すことなく配置せざるを得ません。……現在も、皇都各地で皇國軍は魁魔と日夜戦っております。

 それでも非常事態宣言を発令せねばならない程の事態、すなわち〈かん一位いちい魁魔かいま〉が首魁となる襲撃が勃発するか。もしくは諸外国の軍隊より侵攻され、神州しんしゅうたる皇國の海と大地がけがされるようなことがあれば、それぞれの兵科ごとの聯隊を編成し、陸軍省からの派遣将校も司令部に組み込みながら各聯隊を統括する最高指揮階梯としての師団を組織いたします。

 纏めますと、平時の皇都陸軍は間断かんだんなき魁魔襲撃に対抗すべく少ない兵力を大隊ごとに分散させ、戦時・非常時となれば兵力をただちに結集させる……。そのように状況によって軍容を様変わりさせねば、我らは内外の敵に打ち勝つことはできないのであります。血のにじむような魁魔との戦いを毎日のように繰り返さねばならないが為に、少数精鋭とならざるを得なかった我らが外敵とも戦えるように創意工夫を重ねた結果が、今に繋がっているというわけです」

 

「なるほどな……。私にも分かりやすい説明、痛み入る」


 旭皇の一人称は公式には〈ちん〉なのだが、統仁は若さもあってかあまり使いたがらず、もっぱら私や僕・自分を使うことが多い。


「滅相もございませぬ、陛下。……さて、次に現在皇室領となっている八咫ヶ崎・北館・須南浦の三都市に置かれ、都市を諸外国の攻撃から護る〈港湾こうわん都市とし陸軍りくぐん〉について説明させていただきます。それぞれの都市には、その名を冠した鎮台が置かれております。詳細な鎮台編制は以下の通りとなっています。


 八咫ヶ崎鎮台 約12000

 鎮台司令部 250(鎮台司令長官は少将以上)

 鎮台編成 歩兵二個聯隊 6480

      騎兵一個聯隊 540

      野砲兵一個聯隊 1260

      工兵二個大隊 1500

      輜重兵一個聯隊 約2100

 

 北館鎮台 約12000

 鎮台司令部 250(鎮台司令長官は少将以上)

 鎮台編成 歩兵二個聯隊 6480

      騎兵一個聯隊 540

      野砲兵一個聯隊 1260

      工兵二個大隊 1500

      輜重兵一個聯隊 約2100


 須南浦鎮台 約18000

 鎮台司令部 300(鎮台司令長官は少将以上)

 鎮台編成 歩兵三個聯隊 9720

      騎兵二個聯隊 1080

      野砲兵一個聯隊 1260

      工兵二個大隊 1500

      輜重兵二個聯隊 約4200


 見ていただければ分かるように、八咫ヶ崎と北館の鎮台は全く同じ編成となっております。逆に須南浦鎮台の戦力は純粋な物量差で考えるのであれば、他の鎮台の1.5倍を誇っており、皇都陸軍の師団と同様の編制を採っています」


「何故両者の兵力に差があるのだ? 港湾三都市は人口が元より少ない故、皇都出身の兵を招集せねば鎮台が成り立たぬということは理解している。だが、須南浦のみ戦力配分が他方より多いのは何か意図あってのことか?」


 旭皇の言う通り、港湾三都市は皇都の都市に比べれば人口がかなり少ない。

 皇都全体の人口が約600万人であり、その中央である皇京市の人口が約160万人。それに対して八咫ヶ崎市人口は25万人ほど。須南浦も約20万人であり、本州最北端の都市である北館に至っては5万人に届くか届かないかといったところ。

 元より港湾三都市は貿易用・軍事用の都市として整備が進められたこともあって、居住可能区域はあまり広くなく、陸軍への志願を募ったところであまり人は集まらないのである。また、皇國海軍将兵の8割以上は港湾三都市出身者から採っている為に、その方へ人が流れていってしまうというのも一要因だ。

 その為、港湾都市陸軍を構成する三つの鎮台の兵はいずれも皇都出身者が8割近くを占めるのが常である。そしてその皇都出身者というのは、皇都陸軍内部で魁魔と相対するにあたいしない弱兵・臆病者とられた者達であった。というのも、皇都から遠く離れた港湾三都市は数週間に一度ほどしか小・中規模な襲撃ですら発生しないと言われるほど安穏あんのんな土地であるからである。

 そのような背景もあり、港湾都市陸軍の鎮台兵は諸外国から皇國を護る〈防人さきもり〉として民衆から尊敬されると共に、左遷された〈落ちこぼれ〉といったイメージも付いて回っているというのが現状なのであった。


「ええ、勿論目的あってのことであります。

 皆様周知であると存じ上げてはおりますが、須南浦は幕府の征夷大将軍家・藤橋ふじのばしのお膝元である天鷹原あまたかのばら……通称〈江戸えど〉を牽制する目的で建設された都市でもあります。江戸は皇京市160万・摂和市140万に次いで人口100万を超す大都市であり、幕府の施策せさくである〈参勤交代さんきんこうたい〉によって多くの武家一門が集結しております。

 その為、万が一幕府の旭皇陛下への叛意はんいが露わとなった時には皇都陸軍より先に、須南浦市が存在する〈さがうら半島はんとう〉から鎮台が出動し、幕府軍を打ち滅ぼす算段となっております」


「なるほど。つまり港湾都市陸軍は、外敵から我が国を護るという目的以上に、対幕府戦も視野に入れた軍であるということか」

 

「はい。現在の日本という国家は、皇國と幕府という二つの全く性質の異なった勢力によって分かたれております。両者は全く同じ〈大和やまと民族みんぞく〉であるにも関わらず、現在は産業や軍事力・政体など多くの点でかけ離れ、それ故に確執が大きい。だからこそ我らは、魁魔や諸外国に加えて幕府に対しても常に懐疑の眼を持って最大限の備えをせねばならないのです」


 篠原陸軍大臣のその言葉に対して、幾つかの方向から厳しい視線が突き刺さった。その眼光をのぞかせているのは自由憲政党の重鎮・加納大蔵大臣や副総理大臣でもある〈黒川くろかわ由信ゆきのぶ〉農林大臣など閣僚数名であった。

 彼らのような幕府との融和的外交を掲げる自由憲政党の政治家にとっては、篠原の発言はけして黙認してはならないとは思ってはいた。しかし、旭皇陛下の御前おんまえで声を荒げてとがめることへの躊躇ちゅうちょから、視線で訴えかけることしかできなかった。

 とはいえ、今のやり取りにおいても彼らのような文官閣僚ぶんかんかくりょうと篠原・水瀬が務める軍部大臣ぐんぶだいじんとの間で亀裂が深まったということは事実であった。

 そもそも、普通選挙で与党となった政党の議員や民間の有識者から選出される文官閣僚に対して、軍部大臣は政治的意向を一切排除して現役げんえき予備役よびえき武官ぶかんから選出されるという違いが存在する。その為、自由憲政党を全く支持しないばかりか対幕府強硬派・立憲統一同盟寄りの皇國軍人が、軍部大臣に就任するのが通例であった。そして現陸海軍大臣の篠原・水瀬も決してその例外ではなく、自由憲政党の政治方針に全くの共感も示してはいない。


「……説明を続けさせていただきます」


「ああ。……宜しく頼む」


 篠原がしばし間を置いて話し始め、それに呼応するように旭皇が加納・黒川らに視線を投げかけると、彼らは嫌悪の眼差しを止めた。


「港湾都市陸軍はそれぞれの都市に兵力を密集させており、諸外国・幕府からの攻撃を最も早く受けるであろう軍であるため、皇都陸軍とは違い常に戦時編成となっております。輜重兵科が徴兵制となっているのは変わりありませぬが。

 ……さて、これまで皇國陸軍の編制について解説してまいりました。陸軍を二分する皇都陸軍・港湾都市陸軍。これらに加えて、陸軍省・参謀本部付きの将校や憲兵隊けんぺいたい・予備役を合わせると、戦時の皇國陸軍総兵力は約15万6000名となります」


 15万超の兵力。個々を見ればこの世界で最精鋭とも呼べる皇國軍人がそれだけいるのであれば、大中華国軍など恐るるに足らないのではないか。そう考える閣僚や枢密すうみつ顧問官も中にはいた。確かに、皇國の軍事力を以てすれば欧州の中小国程度は容易に捻り潰せるであろう。

 だが、現状として仮想国である大中華国はどうか。……これからの説明にて明らかになることであろう。


「次に皇國陸軍の基本戦略について、陸軍参謀総長・衛仁親王もりひとしんのうより説明いただくようお願いいたします」


「了解した」


 篠原の言葉に応じて立ち上がったのは、世襲せしゅう親王しんのうの一つである旭門川あさとがわのみや出身の軍人。〈旭門川宮衛仁親王〉であった。

 彼は皇族でありながら陸軍士官学校を首席卒業し、魁魔討伐にも尽力。そして今では陸軍参謀総長という〈陸軍りくぐん三長官さんちょうかん〉の内の一人に任ぜられている猛き男である。そんな彼を補佐するように陸軍参謀次長〈むかい雄次郎ゆうじろう〉も立ち上がって、資料を手渡す。


「我々陸軍参謀本部からは先程篠原大臣が申されましたように、皇國陸軍の基本戦略……つまり、陸軍が考案済みである対中戦防衛計画の概要を説明してまいります。

 想定としましては、大中華国より我が国への宣戦布告が為され、中国海軍北洋艦隊及び輸送船団が我が国の領海を侵犯。それを迎撃すべく皇國海軍・日本にほんかい艦隊かんたい抜錨ばつびょう。しかしあり得ぬことではありますが、日本海艦隊が日本海における海戦にて北洋艦隊に敗北……。そのような戦況を想定しております」


「海軍の防衛計画に致しましては、陸軍の説明以降に詳細をお話いたします」


「ああ、補足に感謝する」


 水瀬の付け足しに、旭皇は少しだけ片方のてのひらを挙げながら微笑んだ。


「……さて、陸軍の見立てでは大中華国軍の上陸先は八咫ヶ崎。もしくは須南浦のどちらかであると考えられます。ただし、後者の可能性は極めて低いでしょう」


「何故、そのような見立てを? それと、幕府諸藩の沿岸部に上陸されるという可能性は無いのですか? 例えば九州(皇國南西部)の〈薩鹿さつか半島はんとう〉、南州(皇國南部)の〈南崎みなさき海岸かいがん〉や〈九十九つくも浦海岸うらかいがん〉という想定もできるはず」


 そう質問したのは栖原総理であった。

 陸軍編制の説明は軍事に疎い旭皇に向けられたものということで何も口出しはしていなかったが、国家の存亡に関わる防衛計画についてともなれば話は別。浮かび出た疑問はすぐに相手へとぶつけ、後の障害とならぬよう解消させねばならない。


「質問ありがとうございます、栖原総理。……まず、中国陸軍の実力がどのようなものであろうと、大陸国家である奴らが黄海・日本海を航行できるほど大型の輸送艦を多く持っているはずがありません。一回目の上陸時には、多く見積もっても1万程の兵力を一つの海岸に送り込む程度の行動しかとることはできないでしょう。

 その為、中国軍は比較的容易に占領できる沿岸部を選んで上陸し、そこを橋頭きょうとうとして増援を待つという手段を取るはずです」


「その容易に占領できる沿岸部が、八咫ヶ崎と須南浦ですと? 恐れながら申し上げますが、諸藩の港湾都市とは違って八咫ヶ崎等は高度に発展したものであり、海運かいうん要衝ようしょうとして整備されているのです。易々やすやすと上陸を許すはずがありません」


 高田商工大臣は薄っすらとした怒りを纏いながら、そう進言した。それに対し、衛仁親王は慌てる様子もなく応える。


……。だからこそです、高田大臣。殆ど整備のされていない諸藩の漁村や海岸に狙いを定めれば、兵力は殆どおりませんから1万弱の軍勢でも容易に占拠できるでしょう。しかし、増援として多数の兵力が追加で上陸してくるとなれば話は別となります。輸送艦を着岸させることができる埠頭ふとう岸壁がんぺき桟橋さんばしなどの十分な係留けいりゅう施設が無ければ、兵員を無事に上陸させることができないからです。敵が上陸に手間取っている間に、諸藩や我々が軍を集めて殲滅せんめつすることも可能となります。

 そして、そのような係留施設がしっかりと整備されている南部の都市は、日本広しといえども八咫ヶ崎・須南浦以外に存在しません。優れた南部の港湾都市である江戸も、将軍のお膝元であり〈江戸えどわん〉内に台場だいばも建造されています。そんな中を艦隊で突破するという可能性よりは、湾を形成している相浦半島の須南浦へ上陸する可能性の方が高いでしょう。そしてその両者よりも、江戸からも皇都からも遠く駐屯兵力の少ない八咫ヶ崎への上陸の可能性は極めて高いと言えます」


「なるほど……。整備が高度に進んでいる場所は上陸されやすいというわけですか。完全に失念しておりました。丁寧な説明に感謝いたします、衛仁親王」

「私からも。失礼いたしました、親王殿下」


「理解いただけたようで何よりです。では、この想定に従って我々陸軍参謀本部が考案した防衛計画の概要を発表させていただきます。

 まず開戦前までに、北館鎮台から歩兵一個聯隊・輜重兵二個大隊(合計約4000)を八咫ヶ崎へ派兵。八咫ヶ崎鎮台の兵力を増強します。そして開戦し、海戦での敗北が決定した際には海軍が敵艦隊の進路を特定し、陸軍に情報を伝達。それを基に、上陸予定地を割り出します。八咫ヶ崎・須南浦のどちらに上陸されるかが判明した時点で、皇都陸軍からも〈派遣はけんぐん〉を編成して派兵します。

 これは数回に渡って派遣され、第一派遣軍は摂和第二師団・前波第三師団の兵から構成される予定です。兵力の詳細は……。


 第一派遣軍 約10800

 派遣軍司令部 250(派遣軍司令長官は未定。中将以上)

 派遣軍編成 歩兵二個聯隊 6480

       騎兵一個聯隊 540

       野砲兵一個大隊 312

       山砲兵一個大隊 312

       工兵一個大隊 750

       輜重兵一個聯隊 約2100


 これらの兵力が天照山脈を超えて八咫ヶ崎へと向かいます。もし仮に中国軍の上陸が早く八咫ヶ崎鎮台が敗北したとしても、残存軍を纏め上げて街道沿いで展開。戦線を構築して中国軍と相対する予定となっております。……その後の防衛計画については海軍が大きく関わってくる次第ですので、海軍に説明を変わりたいと思います」


「ああ、ご苦労だった。では、海軍から説明を頼もう」


「はっ。私からは陸軍と同様に、艦隊編成から説明していきます」


 そう言って立ち上がったのは水瀬海軍大臣。隣に座っているのは海軍軍令部総長の〈伊沢いざわおさむ〉と軍令部次長〈東山ひがしやま経元つねもと〉であった。


「我が国の海軍は旧制・新制含めても陸軍より歴史は浅く、内陸の皇都においてはあまり馴染みは無いかもしれません。しかし、その実力は折り紙付きであると私は敢えて豪語ごうごさせていただきます。正直言えば、陸軍の想定を聞いていた時は肩を震わせました。我らの海軍は大中華国の北洋艦隊等に決して負けはしません。

 ……それでは説明をしてまいります。まず、皇國海軍は三つの艦隊に分かれております。一つ目が〈日本海にほんかい艦隊かんたい〉。二つ目が〈オホーツク海艦隊かいかんたい〉。最後が〈太平洋たいへいよう小艦隊しょうかんたい〉であります。一つ一つ特色や所属艦艇について説明します」


 水瀬は八咫ヶ崎市出身の海軍軍人であり、皇都において軽視されがちな海軍という組織の地位向上を目指しているということは中央政界ちゅうおうせいかいでも有名であった。今回の説明でも若干そのような節があることは否めなかった。


「まずは〈八咫やたヶ崎がさき鎮守ちんじゅ〉を根拠地とする日本海艦隊からであります。日本海艦隊は南日本海・黄海こうかい方面を警備する艦隊であり、旗艦きかん一等戦列艦いっとうせんれつかん倉濃くらの〉。仮想敵は大中華国や大英帝国であります。艦隊編成の詳細は以下の通りとなっています。


 皇國海軍日本海艦隊(南日本海・黄海方面)

 根拠地 八咫ヶ崎鎮守府

 旗艦 一等戦列艦〈倉濃〉 

 所属艦艇(練習艦・輸送艦を除く) 

 二等戦列艦 1隻

 三等戦列艦 1隻

 四等戦列艦 2隻

 一等巡洋艦 2隻

 二等巡洋艦 2隻

 三等巡洋艦 3隻           

          計12隻


 そして二つ目の艦隊であるオホーツク海艦隊は〈北館きただて鎮守ちんじゅ〉を根拠地としており、オホーツク海・北日本海方面を警備しています。旗艦は一等戦列艦〈津桜つざくら〉。仮想敵はロマノフ朝ロシア帝国であります。艦隊編成の詳細は以下の通りです。


 皇國海軍オホーツク海艦隊(オホーツク海・北日本海方面)

 根拠地 北館鎮守府

 旗艦 一等戦列艦〈津桜〉

 所属艦艇(練習艦・輸送艦を除く) 

 二等戦列艦 1隻

 三等戦列艦 1隻

 一等巡洋艦 2隻

 二等巡洋艦 2隻

 三等巡洋艦 3隻

          計10隻


 最後に、太平洋小艦隊は〈須南浦すなみうら要港部ようこうぶ〉を根拠地とし、江戸や須南浦などの南州近海を警備する艦隊となっています。旗艦は二等戦列艦〈蒼雷そうらい〉です。この艦隊には主な仮想敵と呼べる国家は無く、状況に応じて日本海艦隊を補助したり、幕府への牽制を行うという目的で創設されました。……しいて言えば、フィリピンを植民地支配するスペイン王国や太平洋の遥か彼方のアメリカ合衆国とは相対することもありうるのでしょうが、前者は負い目の植民地帝国、後者とは殆ど関わりが存在しません。あまり気にする必要はないでしょう。そのような目的である為、艦隊は名前の通り極めて小規模になっています。艦隊編制の詳細は以下の通りです。


 皇國海軍太平洋小艦隊(南州近海)

 根拠地 須南浦要港部

 旗艦 二等戦列艦〈蒼雷〉

 所属艦艇(練習艦・輸送艦を除く) 

 一等巡洋艦 1隻

 二等巡洋艦 2隻

 三等巡洋艦 1隻

          計5隻


 今説明させていただきましたように、皇國海軍はこれら三つの艦隊によって構成されており、総艦艇数を纏めますとこのようになります。


 海軍省・海軍軍令部 〈皇都〉皇京 皇京市

 総艦艇数(練習艦・輸送艦を除く) 27隻

 一等戦列艦 2隻

 二等戦列艦 3隻

 三等戦列艦 2隻

 四等戦列艦 2隻

 一等巡洋艦 5隻

 二等巡洋艦 6隻

 三等巡洋艦 7隻 


 それでは次に我々が陸軍と協力して考案した、最終的な防衛計画について説明したいと思っています。それでは伊沢軍令部総長に代わります」


「はっ。先程陸軍が説明していた想定通りで此方も考案しております。

 まず、日本海における海戦で我々は日本海艦隊を投入し、何の冗談でありましょうか中国北洋艦隊相手に敗北。そして敗北の報が知らされたら、即座に残存艦隊の航路を北館へと変更。オホーツク海艦隊と合流させます。太平洋小艦隊には、南州近海の警備を更に厳重にするように通達。

 その後は陸戦の様子を見ながら、ということになります。北洋艦隊との敗因を探り、武装の改良を行うなど戦術・兵器に関する努力を行い、陸戦で大中華国軍の勢いが弱まるのを待ちます。つまり陸軍は、国内で山岳・森林・河川・湖沼などの地理的優位を生かしつつ中国軍に対し消耗戦を行う必要があるということです。

 そして勢いが衰えたときに、北館より抜錨。中国艦隊に対して再戦を行って勝利し、日本海における制海権を奪還します。そうすれば中国陸軍は補給を受けられなくなって更なる内部崩壊が起こり、そこを陸軍が反攻作戦で撃滅。中国陸軍を殲滅し、そのまま講和に持ち込む……。そのような計画となっております。

 まだ概要しか存在しないため計画名なども特にありませんが、以上の計画が正式に承認されればただちに細案を策定いたします」


 そう言った後、伊沢は着席した。

 すぐに声は聞こえてこなかった。この一室に座る皆が一旦、今まで説明された計画について振り返り、思案している様子だ。

 しばらくの静寂が過ぎ去って、旭皇が口を開く。


「ありがとう。非常に分かりやすい説明、痛み入った。……ところで聞いておきたいのだが、仮想敵である大中華国軍の総兵力はどうなっているのだ?」


 その率直な疑問に、篠原が手を挙げた。


「それに関しては私が補足させていただきます。大中華国軍は海軍に関しては我々に遠く及ばない練度の兵員、前時代的な艦艇ばかりで相手にならないでしょう。

 しかし、陸軍は我々を遥かに凌駕りょうがします。それこそ我々がを行わねばならない程には。

 ……具体的な戦力を説明いたします。まず、中国陸軍は戦時における大規模な徴兵制を導入しています。その為、平時は30個師団・約18万で構成される軍容も、戦時となれば国中から兵力を動員しておよそ400個師団・約240万を超えると予想されます。この数字は、かのフランス皇帝ナポレオンが指揮した大陸軍グランダルメやロシア帝国陸軍をも遥かに超える兵力であり、確実に世界最強の陸軍といえます。我が国は島国であり輸送が難しい為、それら全てが投入されることは無いでしょうが、時間が経てば経つほど苦戦は必至となりましょう」


「我が国の10倍以上ではないか……! それほどの戦力を保有する軍隊の勢いを、本当に皇國軍だけで止めることができるのか? 幕府や諸藩の力も借りたほうが良いのではないか?」


 あまりの戦力差に驚愕して放った旭皇の言葉は、何人かの閣僚の琴線きんせんに触れた。


「ッ……旭皇陛下! それはなりませぬ!」


「何故だ? 加納大蔵大臣」


「我が党の党是とうぜ、そして現在の国是こくぜは〈幕府との不干渉〉です。幕府との共闘など万一にでもあり得ません! 大名共には各々自衛させれば良いのです!」


「私も加納大臣の意見に賛同いたします。ここで幕府や諸藩との積極的干渉に乗り出せば、対中戦の後で障害となります。我々は、皇都と皇國の発展と進歩にのみ精を出せば良いのです!」


 そう。現在の与党である自由憲政党は、あらゆる面で最大野党の立憲統一同盟とは正反対の政党なのである。立憲統一同盟が〈日本の再統一〉を党是としているのならば、自由憲政党は〈日本の恒久的分裂〉を党是としているともいえるだろう。というよりも、皇都以外の土地にもはや何の興味も持っていないのだ。興味が無いからこその融和的外交、幕府をほぼ別国家扱いしているのだ。

 そんな党であるから、いやが応でも幕府との共同戦線の構築などは絶対に賛同したくないのだ。そして、自由憲政党でも忠実にその考えを保ち続けてきた急先鋒が、加納大蔵大臣・黒川農林(副総理)大臣の両名である。


「とは言えども、戦力差がありすぎるのではないか? 練度や装備がいくら上であろうと、しのぎ切るのにも無理があると思うのだが」


「いえいえ、まさか我らが誇る皇國陸軍が敗北するわけが……」

「その通りです。幕府の力など借りずとも……」

「私も両名に賛同いたします」


 両名が旭皇に対して食い下がる。他の閣僚の多くも自由憲政党の政治家であるから、彼らに賛同する。そんな様子を、篠原・水瀬らは冷ややかな目線で見ていた。

 このままではいつまで経っても、御前会議が終了しない。彼らのような軍部大臣や中枢将校はただ、防衛計画概要を承認してもらいたいだけなのだ。馬鹿な政治争い紛いのことは別の場でやってほしいと、切に願っていた。

 しばらくして篠原と水瀬が顔を見合わせると、両者とも頷いた。


「申し訳ありませんが、話し合いはそこまでにしてもらえますか」


「何? 今、私たちは重要な話を……」


。もうそろそろで正午となりますから、早めに防衛計画の概要を承認していただきたいと思っているのですが」


 篠原に続いて水瀬が、短針と長針が重なりそうになっている懐中時計を見ながら言うと、同じように髭を撫でながら時計を見ていた江中司法大臣がにやりと笑った。彼だけはあまり政治思想論争などには興味が無いらしい。

 いや、それは江中だけではない。よく見れば栖原総理・長谷川内務大臣も一切口を出すことなく、加納達の様子を静観している。最近の栖原内閣は分裂傾向にあると知り合いの統一同盟議員から聞いたが、それは本当のようだ。

 内藤逓信大臣は口出しこそしていないが、少しオロオロと動揺している様子。彼は民間の鉄道技師出身だから、こういうときの身の振り方が分かっていないだけか。


「む……。確かにそうだな。幕府への協力要請をするか否かは、後からでも話し合えることだからな。今は旭皇陛下の御聖断ごせいだんを待つべき時、か」

「そうですね。今する話ではありませんでした。申し訳ありません」


 水瀬の言葉に従う加納と黒川。いくら自らの政治思想に過剰なほど従順だったとしても、彼らはどちらも旭皇を尊敬し信奉する普通の皇國臣民なのだ。


「……よし。では、私の命を以て対中戦の防衛計画概要を承認する。陸海軍共に、細案策定に励むように」


『はっ!』


「では、本日の御前会議はこれで終了とする。解散」


『はっ』


 ……こうして、明応7年4月1日の御前会議は終了した。


 その翌日。

 皇國の立法権を司る皇國議会に、大きな衝撃が走ることとなる。


 そして。

 皇國には着実と、西方より出でし暗雲が迫りつつあった―――。




 

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