第13話 贖罪と誓い


 西暦1853年 皇紀2513年 明応7年4月2日 午前3時頃

 大日本皇國 〈皇都〉皇京 萩坂村 居住地域


 月島は班全体への指示を出すため佐久間達と共に、一旦居住地域の東側入り口へと向かった。俺の世話ばかりしていられない、というわけだ。

 当然のことではあるが。ちなみに俺はと言うと……。

 

 しばらくそこで、佇んでいた。

 未だに晴れぬ闇夜の中で、道に置かれた篝火に照らされながら。

 小高い丘のようになっている居住地域から、ある家屋の方向を見ていた。

 此処からその家を結ぶ道には、月島達が一定間隔で地面に置いて固定した行灯あんどん提灯ちょうちんがあり、一種の芸術のような美しさを演出している。静けさ満ちながらも仄かに照る田園の奥、棚田になっている地域の上層。


 一文字家。


 けして俺のせいで死んだ、というわけではない。だけど彼女の母親が死ななければ、彼女は救われた……のかもしれない。

 彼女を救えなかった責任は無い、負い目を感じる必要は無い。確かにそうだ。

 ……けど、違うんだ。

 俺は、そんな正論とか常識とか理屈で、彼女を救いたいなんて思っちゃいない。

 

 ただ、助けたい。


 最初は、その想いだけだった。

 会話すらしていない初対面未満の少女だったけど、魁魔に襲われて動けない状況だったのだ。体が勝手に動いた、とでも言っておこう。心の奥底では、何の理由も無くただただ頭の中に刷り込まれた、道徳心みたいなものが働いていたのだろう。

 とにかくそれで、俺の腹半分を犠牲にしたが、一文字を助けることができた。


 しかし一文字は、母親を亡くした。


 どれほどの愛があったかは分からない。

 だけど、親が死んで悲しまない子供なんてそうそういない。

 少なくとも一文字の心には、けして癒えない傷が付いた。それは確かなこと。

 さっきも言ったが、それは百歩譲ったって俺の……勿論月島達の責任ではない。


 母親が可能性に、一つだけ心当たりがある。


 だけど、その考えは一旦心の中にしまった。

 ……仮に、俺の責任が無くたって。負い目を感じる必要が無くたって。

 

 俺は一度、彼女を助けた。


 なのに。それなのに、こんな終わりを迎えることを受け止める? 

 しょうがなかったんだって、諦める?


 そんなものは〈弱さ〉だ。


 諦められない。乗りかかった舟……ではないが一度干渉した以上、投げ出すなんてできない。直接でも間接的にでも良い。

 ただ、一文字を救う為に行動を起こすこと自体はできるはずなのだ。

 そして、これから更に失われていくであろう命を護る。残された命を救う為に。


 最初に一文字を助けたのはただの偶然。

 何の考え無しに突っ込んで、助けただけ。だけど、これからは違う。


 何を救い、何を護るか。


 断固として揺るぐことのない、救う理由。

 それだけは護ってみせると決めたもの。

 何もあやふやなものが無い信念を胸に、一文字を救うのだ。


 その先に〈真の強さ〉があると信じて。


「ふう……」


 ……決意の再確認は終わった。俺は吐息をつきながら、少し体を伸ばす。

 決意の再確認などと称してはいるが、一文字家の方向をぼーっと見ながら回想していた程度のこと。一文字を救う方法なんて明確に決まっているわけでもない。

 幾らあやふやなものの無い信念があったとて、行動が伴わなければただの机上の空論、それこそ偽善だ。


「はあ……」


 吐息の後についたのは溜め息だった。頭の中で幾ら結論を出して、決意を胸に刻んだところで。まだまだ俺は弱いままなのだ。そんなことは分かり切ってる。

 一文字を救う為に、これからの命を少しでも護る為に。できることを自分の中で考えて、努力して、増やす。ゆっくりでも良いから……なんて甘えは許されないが、それでも少しずつやってくしか無いんだよ。だってそうしないと……。


 親友の電話口からの言葉をもう一度、聞けなくなってしまう。


 それに。


「吾妻に別れの言葉すら、言えなくなっちまうじゃねえかよ……」


 元の世界に残してきた、罪。月島達には、まだ詳しくは言えない。

 人間は誰しも罪を抱えているという。多少なりとも、誰だって。それらを全部忘れて、より良い未来を信じて歩き出すこともできる。それらに足を絡み取られ、後悔と自責の海に身を投げ出すこともできる。

 だけど俺は、残してきた罪にしっかりと向き合って、贖罪の為に、〈真の強さ〉を見つける為に、前へと踏み出すことを選んだ。だから、弱いままじゃいられない。


「音無」


 はっと意識が現実へと引き戻される。後ろを振り返ると、そこには月島がいた。


「月島さん。どうしたんですか?」


「支援要請をしていた工兵中隊こうへいちゅうたいが到着した。村の復興は彼らに引き継ぎ、我々は鎮台衛戍地へ帰投するぞ」


 工兵中隊……。中々に近代軍的な響きだ。

 西暦1853年……元の世界なら黒船来航の年だぞ? 江戸時代のような天下泰平の世ではなく、魁魔や士族との戦乱に明け暮れた時代を経ているからこその、先進的な軍制か。それはともかく、そろそろ帰る時間のようだ。


「分かりました」


 俺は了承し、月島と共に他の兵士達が集まっている居住地域の東側入り口へと向かった。しばらく居住地域ではなく田園地帯の方向を見ていたため、復興の経過については全く気が付いていなかった。

 しかし、工兵中隊が到着するまでの間にかなり家屋の修繕などが行われていたようだった。街灯代わりの篝火かがりびや照明代わりの松明に照らされながら、全てではないものの戻ってきた村民と軍人たちが協力した結果なのだろう。ただ、村民も月島などの軍人達も本職などではないから、割と雑……と言ったらなんだが継ぎ接ぎのような感じで家屋は復旧されていた。

 それを完璧に仕上げるのが、工兵中隊の役目。軍服など既にそこらへんに投げ捨てて、屋根の上で下着一枚になって木槌を振るうその姿は、軍人というより大工だ。勿論、安心感は抜群である。 

 さて、そんな様子を見ながら東側入り口に到着。そこには佐久間達第一中隊・第二小隊の面々や、萩坂村救援作戦の為に臨時編成された第二班が軒を連ねている。彼らの表情は一見すると何でも無いかのような様子だが、何処か哀愁を感じさせるような……そんな複雑な心境を表しているように見えた。……流石に俺の考えすぎかもしれないが。

 

「月島小隊長、全兵帰還の準備ができております」


「報告ご苦労。西園伍長の小隊も一旦、越之宮衛戍地へ帰投きとうする心づもりか?」


 佐久間の報告に謝辞を述べつつ、月島の体が向いているのは佐久間達とは少し離れたところで列を組んでいる三人の軍人だった。

 言ってしまえば返り血と泥汚れだけの佐久間達に比べて、彼らの軍服は所々が破れかかり、治癒魔術を施したのだろうがそれでも隠し切れない生傷が爪痕を残していた。激戦を乗り越えた猛者と言えば響きは良いが、あまりに無惨な容貌だった。


「ああ。小野大佐に、直接非礼を詫びにな。恐らく常駐小隊の任は解かれて、本部勤めか……新たな左遷先か。……全く、この村が好きになってきたというのに、こんな終わりとはな」


 そう自らを悲観した西園に、月島はこう言った。


「まだ、終わってなどいない」


「何?」


「確かにこの村の住民を、部隊の仲間を、護りきることができなかったのだ。罪は消えない。何らかの処罰は免れないだろう」


 そう言って、まず現実を突きつけた。


「だが、まだ西園の……貴官らの為すべきことは終わっていないはずだ。『この村が好きになってきた』と貴官は言ったな。それは生き残ったそこの二人も……常世とこよへと導かれた三人の戦友達も同じ想いだったのだろう? 

 そして、そんな村の人々を……一文字の母親などの犠牲者を救えなかったことを貴官らは悔いている。の念を、貴官らの小隊は拭えずにいる。ならば、最初から諦めて常駐小隊の任を解かれることを容認してはならない」


 その力強い言葉は、まるで一撃の嚆矢こうしの如く西園達の心に深く突き刺さったようだった。それでもなお、月島は言葉を止めることなく紡ぎ、奏でる。

 

「何の抵抗も無しに処罰を受けることが、貴官らにとっての贖罪なのか? 断罪されて萩坂を後にすることで、貴官らは罪に報いたと感じるかもしれん。だが、そんなものはただの保身と自己じこ陶酔とうすいの延長に過ぎん。

 本当にこの村で亡くなった住民を、仲間を、想うのならば、怠慢は許されない。失った人々のことを想い、少しでも長くこの村の常駐小隊で在り続け、罪を償う為に、行動せねばならない。……幸い、交渉材料ならばある」


 月島は俺よりも半歩進んだところで、体の左半分を篝火の淡いともしびに焦がれている。そうして西園達に説法のように……ただひたすらに正しく在ろうと、人々の強き想いを代弁するように話す月島の姿は、俺なんかが幾ら走ったって追いつけない、そんな背中のように思えた。


「交渉材料だと? 小野大佐との、か?」


「そうだ。まず、ここまで多くの損害を出したのは我々の不徳によるものでもある。我々の到着がもっと早ければ、一文字綾香の母……一文字陽子は助かったかもしれない。一文字綾香も取り残されず、生身で魁魔と戦う必要も無かったはずだ。けして西園伍長、貴官らの小隊だけの責任で終わらせてなるものか。大隊長への戦闘報告の際には、私も随伴しよう」


「……恩に着る。私は大事なことを忘れていたようだ。不肖〈西園にしぞの鏡次きょうじ〉。貴官の言葉、しかと肝に銘じよう」


 そう言って、西園は頭を下げた。……到着がもっと、早ければ。

 月島の言葉はそのまま、今の俺が考えていることだった。

 一文字の母親が生きていたかもしれない可能性。そんな可能性が、俺の心の中で朝霧の如く広がっていくのを感じる。


「……月島さん。その、俺達の村への到着が遅れたのは……ですよね」


 一文字の母が死んだことに、俺も月島達も直接的には関係がない。だけど、もっと到着が早かったならば助かったかもしれない命。

 もっと到着が早かったならば、一文字が苦しむ必要は無かったかもしれない。そしてその到着を遅くさせたのは、紛れも無く俺が原因だ。

 俺さえいなければ。月島は越之宮城址前の広場で隊列をわざわざ止めさせて、貴重な魔術を使ってまで、俺に話をする必要なんか無かったはずだ。

 俺さえいなければ、一文字の母は助かったかもしれないんだ。

 過ぎたことだからしょうがないってのは、子供の言い分だ。俺はまだまだ成長途中の15歳の少年だけど、そんな甘い考えを盾にして自分の罪から逃げようとする、そんな〈弱い人間〉にはなりたくなかった。だから、俺はその罪を口に出した。


「……本当に、そう思うか?」


 月島は、俺の方を見ることなく静かにそう問うた。

 

「馬鹿なことを言うな……!」

 

 そう言って俺の方向に振り返った月島の眼には、若干の涙が溜まっていた。

 だがしかし、決してそれを流すことはしない、そんな強い想いが現れているような表情であった。


「お前がいたから余計な時間がかかって、到着が遅れた。

 だから、向こうのむしろの上に横たわった者達も……一文字陽子も、自分がいたから殺される運命になったのだと。村民達と一文字綾香の、救われることの無かった想いも、己のせいで生み出されたのだと。そう思っているのか?」


 月島は少し下に俯いて、手甲の嵌められた両手にぐっと力を込めた。そして俺のことをもう一度、睨みつけるわけではないが力強く目線を合わせる。


「ふざけるな! 何故、お前が一人でそんな罪を背負う必要がある!? 

 お前が罪を背負うというなら、その罪は我々にも被せられなくてはならん! 

 ……過ぎ去ったことを、しょうがなかったとは決して言わん。それは、消え去った命を、失った者たちの想いを、踏みにじることになる。だがな。

 自分一人で抱え込む必要などない。俺達がいる。

 もしもの話だが……。俺がお前に期待をかけ過ぎたせいで、逆に自分を卑下するようになったのではないか、と感じていてな。すまない」


「なっ……、何で月島さんが謝るんですか! 俺は実際何の役にも立ってなくて、弱くて、異界人なんて特別扱いされるほど凄い人間でも何でもなくて……。とにかく俺が全部悪くて、月島さんは何も……」


「いいや、それは違う」


「違うって、月島さんが何をしたって」 


「違うと言ったのは、お前が謝っていることについてだ」


「……え」


 何が、何が違うって言うんだ。

 戦地に赴いたところで、何かの役に立てるわけでもなく、むしろ行軍を遅らせて犠牲を増やし……。挙句の果てに、自分が殺したも同然の骸を見て、〈真の強さ〉なんて自分が探しているだけに過ぎない幻想を理由に、残された命を救う・護るなんていう紛い物の決意を打ち立てる……そんな俺が。

 失われた犠牲は、護れなかった想いは、俺の為に払われたものなんかじゃない。自分のせいだってのに、社会科見学気取りかよ、俺は。

 そんな偽善者以下の屑が謝る必要ねぇって……そんな、そんなふざけたことあるって言うのかよ……?


「お前が謝る必要は無い。

 お前が仮に、役に立っていない……弱い人間で、特別扱いされるに値する人間でなかったとしよう。しかし、それはあくまで一つの事実に過ぎない。否定はしないし、できない。だが、それだけの話。

 その事実があるからと言って、自分自身を卑下ひげし、消え去った命・救われなかった想いの責任を、全て自分に被せる……。そんな重い罪を自分一人で抱えて、これからを生きていくつもりか……!?  

 未だ弱いまま、決意だけのお前に、それができるのか。それこそ、死者に、遺族に、失礼な行いだと思わないのか……!」


 月島は……怒っている。声量はいつもより大きく、少しだけ震えている。

 だが、激昂しているわけではないことは分かった。それよりも静かな、俺をさとすかのような怒りが伝わってくる。

 ……あまりに重い罪を、一人で抱えていく。それを俺はできるのか。その重さに押し潰され罪を償いきれないのならば、それは失礼にあたる、か。

 いや、失礼なんてものじゃないし、死者・遺族に対してではなく俺の罪を共に抱えようとしてくれた月島達にも、面目が立たないだろう。


 だけど、それでも背負っていかなくちゃいけないんじゃないのか?


 例えばだけど殺人を犯した人間なんてのは大体の場合、終身刑か極刑だ。その罰を受けたところで、完全に罪が消えるわけでも、償うことができるわけでもない。

 それでも、受けないなんてことは許されない。罪を背負えないから何もしない、なんて馬鹿なことがあるかよ。何も悪くない月島達が、罪を被る必要なんて無い。

 これは俺だけの問題だ。


「俺は……それでも、自分一人で罪を背負うことを選びます。月島さん達は一切悪くなんか無いんですから」


「………。お前は一つ、大事なことを忘れているぞ」


 少しの沈黙の後に、月島が口を開く。大事なこと……?


「お前がいたから、多くの人間が亡くなった。間接的にはそうかもしれない。

 だがそれは、俺も同じだ。音無の為にと思って時間を使ったことが、逆にお前を苦しめた。そのことは、俺にとっての罪だ。謝る必要がある。だが、音無は違う。

 お前はを助けることができたのだから。


 お前がいなければ、助かったかもしれない命がある。

 お前がいなければ、消えていたかもしれない命もある。

 

 その事実を、忘れるな。……越之宮城址前で、俺は言った。

 〈我々は数多の罪の上に立っている〉。

 〈今も、我々は罪を生み続けている〉と。

 それは皇國軍だけではなく、人間全てに当てはまることだ。人間は誰だって罪を持っている。しかし、それでも。俺達には、進み続けるしか道は無い。

 お前が、自らの行いを罪だと思うかは自由だ。これからどうやって償っていこうか、考えるのも自由だ。

 だが俺達に対して謝る道理は無いし、全てを抱え込む必要が何処にある。

 進み続けるしかないのならば、進むための〈強さ〉が必要だ。しかし、全ての罪を自分のせいだと自己暗示し、暗い過去に自ら囚われ続けようとするお前に……その強さが残るのか? 違うだろう、俺が言いたいことはそれだ。

 であるならば、助けられなかった命ではなく……助けることができた命の為に、これからの命を救い護る為に、未来の方向を見て進んでいく。

 お前にできることは、それしか無いはずだ。けして、俺達に謝ることや全ての罪を抱えて生きていくことなどではない。

 ……そしてお前は、既にこの誓いを立てているはずだ」


「っ……!」


 また、俺の悪癖だ。思考だけは良く回る癖に、肝心なことはいつも後回し。

 今回はそれどころか、さっき考えていたことをまるっきり忘れていた。

 

 俺は残してきた罪にしっかりと向き合って、贖罪の為に、〈真の強さ〉を見つける為に、前へと踏み出すことを選んだ。


 新たな罪とも呼べしものが早速、この世界で生まれてしまったことで、気が動転でもしていたのだろうか? 月島達に必死に謝ろうとしていた時の俺は、完全に闇堕ち状態であった。全く恥ずかしい限りだ。

 ……俺が間接的にでも一文字の母親を、村民達を殺したと思うなら。罪を真摯しんしに受け止めて、必死に明日を生きるしかない。

 元から弱い俺に、できることはそれしか無かったんだ。

 

「すみません。……俺、どうかしてたみたいです」


「いいさ。少し時間は掛かってしまったが、決意の再確認と思えば」


 決意の再確認……。さっきも一人でやったから、これで三度目だ。

 流石に四度目は怒られる。誰に、という部分は言及しないが。

 

「お前は自分を、必要以上にけなし過ぎだ。

 最初、この村に来たときに言っただろう。

 『力も、才覚も、今のところは無いお前にとって今、強く在らねばならぬのはお前の心だ』とな。自分に自信を持て。仮にどうしても自信を持てないのならば、俺を頼れ。一応俺は……お前の世話役だからな」


「……はい……!」


 その優しき言葉に、俺はそう応える他に無かったのであった。

 そして薄く笑う月島の後ろには、やれやれと言わんばかりに肩をすくめる佐久間や西園達が、柔らかく微笑んでいた。

 



 その後。俺達は萩坂村から出立しゅったつ。行きとは異なる28騎の隊列で寿狼山を越え、越之宮市へと到着。

 そして、越之宮城址前広場に差しかかったところで、一筋の光明が差した。

 

「――総員、止まれ!」


 月島がそう叫ぶと、今は亡き越之宮城の遥か遠く、寿狼山よりも更に先、東から昇るその黎明れいめいは輝きを増した。

 

「……見ろ。あれが、我が国の象徴たる旭日だ」


 日の出は元の世界でも何度か目にしたことがあるけれど、この世界の旭日も同じ輝きを放っている。しかしそれを見たときの俺の感情は、昨日までとは全く違うものになっていた。

 何故なら、俺には一つの目標ができたから。


 真の強さの探求。


 あまりにも漠然とした、他者が聞けば嘲笑するような目標だと自分でも思う。

 だが、それを認めてくれた人達がいる。

 受け止めて、共に戦い、時に助けてくれた、そんな人達が。

 だから、俺はそれを目指して歩き続けたい。

 そして絶対に還るのだ、元の世界へと。

 元の世界に残してきた罪を償う為にも、進み続けなくてはならない。

 当然、この世界でやらねばならないことも同時並行でだが。何はともあれ。

 ……それが、今年で16歳になる弱き少年の、せめてもの決意である。


「……どうだ? 我が国の旭日は」


「とても、綺麗です。本当に、とても」


「そうか。ああ、そうだ。越之宮衛戍地に着いたら、西園伍長と共に戦闘報告をしに行くが……。その後に少し話をしよう」


 話……。もしかして、あのことか。


「想像は付くだろうが……。一文字陽子、一文字の母親についてだ。小野大佐にも、少し話を聞いていただこうと思っている」


「……なるほど。分かりました」


 やっぱりそのことか。己の目線が斜めに、下がりそうになっていることが分かる。だけど、手前で押し留まることができた。

 どんな過去・罪があろうとも、進み続けるしかない。

 もしかしたら、ちょっとだけ立ち止まることはできるかもしれない。

 それでも少ししたら、また一歩を踏みださなければ駄目なんだ。だから……。


 一寸先を、目の前の風景を、そして未来を照らす、〈黎明〉へ。


 たまに振り返ることも、立ち止まることもあるだろうけど。それでも。


 黎明が照らす方向を、ただ前だけを見て、進め。


「……行くか」


 しばらくその旭日を見ていた俺達だったが、戦闘報告とやらも早い方がいいのだろう。月島が俺に再び声を掛けた。


「……はい」


 月島は強く手綱を握り、叫ぶ。


「行軍再開!」


 俺達を乗せる戦馬共は旭日を背に、再び走り出した。

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