phase6「荒ぶる自然」
この敵のことを、怖くないと感じていた頃が、遙か昔のことに思える。
無理だ、と直感した。この人には、話が通じない。話すことそのものが、不可能だ。さっきまで神社だったものの残骸が散らばる光景を眺めながら、美月は悟った。
散らばる瓦礫の向こうに佇むジュピターは、棍棒でとんとんと軽く地面を叩いていた。
「皆の幸せに繋がるAMC計画を邪魔するだなんてさあ……きみ達は、悪者だよ。
だったら、成敗しないとだよね。皆の幸せな日々を脅かす悪者は、全員倒しなきゃいけないって決まってるんだよ」
ジュピターの笑顔はどこまでも純粋だった。一緒に遊ぼう、と誘ってくる小さい子供のようだ。
しかし、だからこそなのか、背筋がどんどん冷えていく。勝手に体が震えだし、止まらなくなりそうだった。
自分の腕をきつく押さえたとき、アイがこっそりと話しかけてきた。
「……ジュピターさんの力は、常人の、というより人間の域を超えています。データ化することすら出来ませんでした。全く制御がきかず、そのせいで単独出張することをサターンさんから止められていた程です」
「そうだねえ、その通りだねえ。さすがプルート、よくわかっているねえ。けどプルートも計画に反対しているなら、やっぱり敵なんだよね」
アイの声は非常に小さく、やや遠くにいるジュピターの耳に届くとは思えなかった。
美月は体を堅くした拍子に、目を伏せてしまった。顔を青ざめさせながらもずっとジュピターのことを見据え続けるクラーレのようにはなれなかった。
「僕ね、せっかくセプテット・スターに抜擢されたのに、他の皆みたいにあんまり格好良くお仕事をこなすことが出来ないんだよ。だから、役に立てるところでは、ちゃんと役に立たないとって思ってるんだ」
ふいにジュピターは、思いを馳せるようにどこか遠い目になった。それが直後には、強い決意に満ちた光の宿る目に切り替わる。
「久々に、本気出しちゃおうかな。この建物みたいに綺麗にお片付けしたら、皆から褒められるかもしれない!」
「ご、ごめんなさい!」
気がついたら美月は頭を下げていた。クラーレとアイの驚いた声がかかるが、自分でも驚いていた。謝ったのは無意識だった。美月の本能が、謝罪するよう言ってきたのだ。
恐る恐る顔を上げると、ジュピターは目を丸くしていたが、ふっと優しく微笑んだ。
「そう、悪いと思っているんだね。でも駄目。AMC計画に反対しているのは変わらないでしょ? これで放っておいたら、また喧嘩がはじまっちゃう。それはいけないことだ。だからね、きみ達はここで消すよ。でないと、宇宙の本当の平和に繋がらないもの」
その時だ。ココロがゆらゆらと体を左右に揺らして動き始めた。ジュピターは即座にココロに視線を落とした。
「よしよし、良い子良い子」と片手で器用にあやす姿からは、「怖さ」が欠片も存在していない。代わりに、「穏やかさ」しか感じない。
怖さと穏やかさを両立させている彼が、どこまでも異質で、異形の者にすら見えて映った。
「……ああ、誤解しないでね? 僕は本当は、戦いたくないの。争いなんて嫌だよ。皆仲良くが一番って思ってるんだから。でも、やるしかないの。皆が平和に、幸せに過ごす為に」
びゅう、と風が唸る。怒ったように木々が音を立て、荒れ狂う。
一歩後ずさったが、それで現状がどうにかなるわけでないことは勘でわかった。
「……どうすりゃいい」
クラーレが目線を逸らさないまま、ハルに聞いた。
しばらくハルは黙っていた。その間風も吹かず、誰一人も何かを言うことは無ければ、微動することもなかった。
沈黙を破るように、ハルは背筋を伸ばした。
「この場からの撤退と、ココロの奪還。この二つを目的とする。絶対に戦闘に持ち込もうとするな。逃げ続けろ。詳しい作戦は追って話す。それでいいか」
ハルのことを見ないまま、美月は頷いた。クラーレもアイもジュピターと向き合ったまま、頭を浅く上下させた。
ハルは美月に対し、限りなく声を抑えて、今から何をすべきかを説明してきた。
美月は小さく頷いたが、ジュピターが一切表情を変えず微笑み続けているのを見ると、今のハルの声も拾ったのではないか、と思ってしまう。
しかしハルも、それは想定しているだろう。美月はコスモパッドに人差し指を押し当てた。
「コスモパワーフルチャージ、からの……」
変身を終えた後、ちょうど足下に転がっていた社の瓦礫を二つ掴んだ。
「とりゃああああ!!!!!」
両手を大きく振りかぶって、瓦礫を投げつけた。
予想していたが、あっさりとジュピターは瓦礫を避けた。しかしそれで良かった。一瞬の隙を突いて、ハルとクラーレとアイと共に逃げ出した。
地面を蹴る直前、美月は後ろを振り返った。美月のことを見つめる、ココロのオッドアイと目が合った。
「ココローーー!!! 絶対に取り戻すから、だから、少しだけ、待っててッ!!!」
きょとんと首を傾げたココロの姿が遠ざかっていくのと同時だった。こくこくと、ココロの頭上でジュピターが頷いた。
「うんうん、逃げるよね。まあ逃がさないけどさ」
その声はすぐに遠ざかっていったが、離れても、美月の耳の中に、いつまでも残り続けた。体の芯が冷えていった。
瓦礫を投げて相手の気を逸らし、その隙に逃げる。
固まっているほうが一気に捕まりかねないため、同時に逃げると見せかけて、途中で四手に分かれる。
ハルが提示してきた作戦とは、以上のようなものだった。
この山は裏山よりも大きい。裏山と違って町外れにある上に、今いる地点からふもとまではずっと距離がある。
民間人を巻き込んで事を荒らげるのを良しとしない主義のダークマターだが、この状態では町まで出て人混みに紛れることは非常に難しかった。だから逃げるのだ。
美月は走りながら、他の三名は大丈夫だろうかと様子を窺った。
変身して体力が大幅に向上している自分と違って、ハルもクラーレもアイもスピードを保ったまま走り続けられる、というわけではない。
事実、クラーレは体力の限界が近いこと必死で我慢しているのが伝わってきた。
なので、散り散りになるとき、美月がジュピターを引きつけつつ、逃げるという役目を持っていた。美月が自ら立候補した。ハル達は渋ったが、強引に押し通した。
もし追い詰められても、いざとなったら跳躍を駆使すれば逃れられるかもしれないと考えていた。
「そろそろ分かれよう」
ハルが美月達をざっと見て言った。頷き合いながら、それにしても、と背後を振り返る。
背後には静謐な秋の森が広がっている。追ってくる気配が微塵も感じられないのは、どういうわけだろうか。
もしかすると、撒いたのか。そう、悠長に考えていたときだった。
足の裏に衝撃を受けた。美月は地面を見た。次の瞬間、大きく体が傾いた。大地が揺れ、唸りを上げた。
「な、なんだっ?!」
「地震か!」
「いえ、これは……」
揺れはすぐに治まった。その直後だった。爆発にも近い衝撃音が轟いた。地面が跳ねたようにうねり、美月達の体はわずかに宙に浮いた。
足が地面に下り立った時、その足下のすぐ前には、真っ直ぐ伸びる亀裂が走っていた。
うっすらとしていたものの、それは確かに地割れだった。アイが大きく目を見開いた。
「危険度極まりないです!」
「わかった、では分かれよう!」
「あとで必ず落ち合うぞ!」
美月が頷いた直後、ハル達はそれぞればらばらの方向に逃げた。三人が茂みをかき分ける音が遠ざかっていくのを耳にしながら、振り返り正面を見据えた。
走る亀裂のずっと先に、一つの人影が立っていた。
「あーあ、悲しい辛い心苦しい。胸が張り裂けそうだあ、こんなことしなくちゃいけないなんてさあ……」
ジュピターは胸を押さえ、息苦しそうに言った。
直後、何事もなかったように涼しい笑顔をたたえ、棍棒の先を美月に向けた。
「でも仕方がない。きみ達は、平和な宇宙の邪魔なんから。だから早く、消えてくれないかなあ?」
首を傾けながら、にっこりと微笑む。まるで幼い子供がおねだりするような仕草だ。変身後の衣装の下を、鳥肌が駆けていく。
「美月ちゃん。他の皆は、どこ?」
ぎり、と棍棒を握る手に力が籠められたのが見えた。しかしココロを抱えるもう片方の手には、そんな風に強い力がこもることは無かった。
こんな状況だというのに眠そうにむにゃむにゃと口を動かすココロを見ながら、美月ははっきりと告げた。
「言わない。だから私を、追えばいいっ!!」
いいよ、とジュピターが笑う。
背を向け、ハル達が逃げていった方向とは違う方角へ走り出す。
体が寒く、心臓が縮んだような感覚がする。
今までそれなりに敵と対峙し戦ってきたが、戦闘の局面でここまで明らかなる「恐怖」を抱いたことは、初めてだった。
まだ地面が揺れている気がするし、体のバランスもずっと傾いたままの感覚がする。
先程見た地面に真っ直ぐ伸びる、長く長くずっと先まで続く地面の亀裂を思い返すと、この場から遠く離れた場所まで逃げ出したいと、本能が喚き出す。
気を抜けばがくがくと震えそうな足を懸命に交互に押し出しながら、美月は確認のため、震える首を後ろに回した。
その先にジュピターはいなかった。ふっと突然周りが暗くなった。
上を見上げた。美月の隣は、ちょうど崖になっており、その上から、一つの巨大な岩が、落下してきていた。
間一髪で避けた直後、岩は派手な音を立てて地面に落ち、めり込んだ周囲に亀裂を作った。がくん、と体の力が抜けていき、その場にしゃがみ込んだ。
全身が細かく震えていた。
「大人しくしててよ、お願いだから」
振り返ると、ジュピターが遙か後方に立ち、棍棒で地面をつついていた。
「抵抗したほうが長く苦しむことになるんだよ? ね?」
それまでの弄ぶようにいじっていた棍棒への扱いが一転した。強く持ち手を鷲掴み、大きく上から下へ振りかぶってきた。
音が轟いた。継いで、ごごごという低い音も長い時間唸り、鼓膜が揺れ続けた。
その瞬間だった。
また自分の体に、大きな影がかかった。見上げると同時に、幾多もの落石が、こちら側に向かってきているのを捉えた。
震える体に鞭打って、どうにか飛び跳ねながらそれらを回避していった。
自分のすぐ近くに落ちた石は、数十センチのものから、数メートル程のものまであったが、どれもぶつかれば無事でいられない大きさと威力だとわかった。
だが息を吐く暇はなかった。ジュピターが棍棒を使って地面を打ち鳴らせば、その度に轟音が鳴り響き、落石が生まれ続ける。
緊急事態の連続に、ダメージこそ幸いにもまだ受けていないものの、体が追いつかなくなっていく。
辺りを確認すると、崖はずっと続いており、この近くにいるのは大変危険だと、頭よりも先に本能が理解した。美月は崖から距離を取り、近くの斜面を下り始めた。
無我夢中で地面を飛び跳ね、どうにか坂を下りきった。
振り返ると崖も落石も遙か上方に位置し小さくなっており、ジュピターに至っては姿を確認することもできなかった。
今度こそほっと息を吐いた時だった。
「えっ……?」
山の斜面が、突然、襲いかかる波のように、崩れ始めた。
はっと改めて見上げた。いつの間にか斜面の上に、ジュピターが佇んでいた。
がんがんと棍棒で大地を乱暴に打つと、それに呼応するように、土石が勢いを伴いながら、怒濤の如く押し寄せてきた。
足が痛くなるほど強く地面を踏み込み、飛び上がって一気に後方に逃れたとき、先程まで自分が下っていた斜面の一部が、土砂崩れにより削り取られていた。
着地した時、もはや自分の足は、隠しきれないほどに震えていた。思わず、自分で自分を抱きしめていた。
それでも体全身の震えは治まらず、むしろ震えが体内にダイレクトに響いた。
「……おかしい、おかしいよ絶対……」
こんなの有り得ない。まるで自然災害そのものだ。それを、こうも簡単に起こしてしまうだなんて。
思わず座り込みそうになった。だが許されなかった。
非常に嫌な予感を伴う風が、わずかに前方から吹き込んできた。弾かれたように顔を上げた。
樹木が、自分に向かって真っ直ぐに飛んできていた。
横に避けて飛んできた木の軌道上から逸れた時、掠め去って行った風圧が、美月にのしかかった。飛んできた木が地面にぶつかった轟音が、遠くで鳴った。
助かったと悠長なことは言ってられなかった。二本目、三本目と、次々に大木が美月に向かって飛んできた。
それらを避ける度、遠くで木と木がぶつかるような衝撃音が、山中にこだました。
「避けないでくれる?」
わかりやすく荒い呼吸を続けていると、正面からいやに静かで澄み渡った声が聞こえてきた。
木々の合間を、ゆっくりと厳かにすら見える足取りで、ジュピターが近づいてきていた。
「僕、速く移動するの、嫌いなんだよ。だから、避けないで?」
ジュピターはすぐ傍に生えていた木に向き直った。そのまま棍棒を横にすると、右から左へ振った。棍棒の姿が捉えられなくなるほどの速さだった。
残像がちらつく中、ばきばきばきと、突き破るような、あるいは引きちぎられていくような、今まで聞いたことの無い音が、木から鳴った。
思わず両耳を押さえた直後、木は根元を残してぐらりと傾き、為す術なく倒れていった。その拍子に、土埃や落ち葉が舞った。
倒木をジュピターは、棍棒を置いた手で掴んだ。ボールを持つように軽々と片手で持ち上げ、ボールを投げるように楽々とした動作で、投げた。
樹木が風を強引に切り裂く音が近づいた。美月はその木を避けると同時に駆け出した。目に止まった大型トラックほどの巨大な岩の影に飛び込んだ。
体の全てがわなないている。四つん這いになって、口を抑えた。胃が、心臓が、痙攣を起こしているようだった。嘔吐くようにして、何度も息を吐き出した。
そんな束の間の休息も、爆音と共に破られた。
硬いものが突き破らればらばらに崩れ去る音がすぐ背後から聞こえてきたと同時に、美月の体は軽く吹き飛ばされた。
わけのわからぬまま振り返れば、そこに今まで隠れていた岩はなかった。散らばる破片が全て砂利ほどの小ささになった岩の向こうに、ジュピターが棍棒を構えて佇んでいた。
「何度も何度も何度も何度も言っているでしょ。本当は戦いたくないんだって。なのにきみが逃げ続けるから、やりたくないことをやり続けなきゃいけないんだよ。ちょっとそろそろ、いい加減にしてくれないかなあ?」
逆光で、ジュピターの顔は見えなかった。ただ橙色の瞳が、爛々と輝くばかりだった。
ジュピターが一歩寄ると、その影で美月の周りには光が届かなくなった。もはや上手く吸えない息を吸うと、喉が凍り付いたように固まった。
棍棒が上へと振りかぶられた時、それまでろくに動かなかった自分の手が動いた。
ブーツの歯車に手をかけると、一気に回した。手を離すと同時に、両足を支える感覚が消滅した。ジェット噴射の音を耳にしながら、美月の体は、空中に浮いていた。
ジェット噴射の機能は未だ慣れず、空中に浮く体は不安定そのものだった。けれど眼下に広がる森を見て、ようやく、心の底から、息を吐き出すことが出来た。
慣れないと言っても、何もしてないわけではない。シミュレーションルームや、まだ上手くいっていないがパルサーを捕まえるとき、ジェット噴射を使うことはあるのだ。
泣き言を言っている時間は無い。そう思い、進行方向へ体を捻った瞬間。
背中に、未だかつて無い衝撃を受けた。とても大きく、硬いものがぶつかる感触。音。それらの激しさを物語るような、痛み。
気がついたら吹き飛ばされていた。
体が地上に落下していく直前、少し離れた場所で、同じように地面に落ちていく樹木を捉えた。
あれにぶつかったのだと理解した直後、別の衝撃が美月を襲った。地面に激しく叩きつけられた体は、衝撃を吸収できず、二度三度と跳ね返り、転がった。
呻き声すら出せなかった。体は震えることも放棄した。暑いのか寒いのかもわからなかった。できているのかいないのか不明な呼吸を続けることしか叶わなかった。
早く逃げないととわかっているのに、体はどこも動かず、固まっていた。体の全てが痛くて、もはや痛みを痛みと捉えることも叶わなかった。
はあ、はあと仰向けになって体を波打たせていた時だった。
さく、さく、と妙に落ち着いた足音が迫ってくるのが聞こえて、反射的に上半身を起こした。
鋭い痛みが駆け抜けていったが、今すぐ逃げなくてはいけないという本能が、体を突き動かした。
けれど逃げるまでにはいかなかった。美月が体を起こしたちょうど前方に、ジュピターは立っていた。
目が合うと、彼はにっこりと微笑んだ。肌が粟立つほど穏やかな笑みだった。
ジュピターは美月には近づかず、そのまま近くの古い建物へと歩んだ。
そこで美月はようやく、ここが開けた野原のような場所であることと、昔は物置か何かだったのか、しかし今は明らかに使われていないとわかる二階建ての廃ビルが建っていることを知った。
周辺に木などは生えておらず、つまり美月の身を隠してくれそうなものは、近場には一切存在していなかった。
「森に紛れることもできないね」
ジュピターはふふっと笑いながら、棍棒で廃ビルを殴りつけるように叩いた。
直後、地面へと沈んでいくように、建物が豆腐のように崩れていった。
朽ちているとはいえコンクリートで出来ているはずなのに、ビルはビルの形を消し、あっという間に全てを瓦礫に変えた。
土埃や瓦礫がココロに襲いかかってきたが、その直前、ジュピターは身を翻し、崩れていくビルから距離を取った。その際ココロを土埃や瓦礫から守るように、深く抱きしめていた。
自分の人差し指を握らせながら、ジュピターは周囲を見回した。
「迷子になってうろうろ歩いていた時に、偶然この場所を見つけたんだよねえ。なんとなく覚えていたんだけど、ここで合ってて良かった!」
「誘い、込んで、たの……?」
言った直後、ごほごほとむせた。地面に両手をついた美月を、「そうだけど、なんとなく、だよ」とジュピターは優しい眼差しで見下ろした。
「戦い方とか、よくわからないよ、僕は。マーズちゃんみたいに積極的に戦って強くなりたいとか、全然思ってないもの。敵も味方も皆で手を取り合って仲良くするような、そんな平和な世界を夢見ているんだからさ」
諭すような口調、そして眼差しだった。その目が突然、ぱっと子供のように煌めきだした。
「この夢が唯一、絶対に叶うのが、AMC計画なんだよねっ。夢みたいだよねえ、でも現実なんだよね。本当に凄いなあ、とても素敵だよねえ! 正真正銘の平和な世界を、手に入れることが出来るんだから!」
弾む声を聞きながら、美月はすう、と息を吸い込んだ。地面に生えている草を握りしめた拳が震えていたのは、恐怖心が理由ではなかった。
勢いよく、言葉を吐き出した。
「そんなの平和でもなんでもない! ただ、自分の考えを、押しつけているだけじゃないっ!」
「何が違うの?」
はっきりと、むせることなく台詞を腹の底から出せた。そんな美月の台詞に被せるように、ジュピターは即座に、そう尋ねてきた。見上げると、彼は頭を傾けていた。
「えっ……」
「美月ちゃん。きみはさ、自分の心に正直に生きている、そんな性格だよね。
そういうきみだったら、自分の考えを貫くこと、多いでしょう? 自分の考えを否定されたら、嫌な気持ちになるでしょう? 悲しいでしょう? 怒るでしょう? 自分の考えを、押し通したいって、そう思うでしょう?」
髪の深い緑色。決して主張の激しい色ではないのに、どういうわけだか、目に突き刺さる。
「それと、同じだよ」
きょとんと、呆けた目をして、ジュピターは尋ねた。
「どうして僕は駄目で、きみは良いの?」
同じ。
その言葉が、頭の中を回転した。同じ。その言葉が何を意味するかわかった瞬間、一気に体が冷えていった。外側も内側も、氷のように冷えて、寒くてたまらなくなった。
首が下がっていく。目線が下りていく。視界に入るのは、力なく草を握る、自分の手だった。
「まあ、もう、どうでもいいことだよね」
興味の無さそうな声と、静かに近寄る足音が距離を詰めてくるというのに、美月は全く動くことが出来なかった。
痛みでもなく恐怖でもない別の何かが、美月の体に纏わり付いていた。
棍棒を振り下ろす際に生じる風が、美月のもとに届いた。
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