phase5.1
博士との、特段大きな出来事の起こらない日々は、ある日突如変わった。
ある一体のロボット──「
宇宙に存在するあらゆる物体や事象、概念といった全ての情報を保管し記録しているマザーコンピューター
そこに唯一接続できるプログラムであり、宇宙で最も重要なものと言っても過言ではない
ファーストスターはたちまちパニックに陥った。どこもかしこも大騒ぎで、この宇宙の終わりとまで嘆く者もいた。
mindは宇宙全体を自由に書き換えられる全ての権利の塊。
その重要プログラムが、たった一体のロボット、すなわち個人の手の内にある。
一体自分達はどうなるのだろうと、この宇宙はどうなるのだろうと、皆ハルに対し恐れ、憎み、怒っていた。
反して、mindを盗まれた責任を果たす為、必ずハルを見つけ出し、mindを取り戻すと宣言したダークマターに対する称賛は日増しに強まっていた。
支持は高まり、ダークマターを心の拠り所にする者も珍しくなかった。
博士も例に漏れずそれらの大衆の内の一人だったが、その頃まだ感情と無縁だったアイは、どうでもいい思いで世間の様子を眺めていた。
しばらく経って、博士とアイがダークマターに呼び出された。
そこで、ハルの知らない情報を少しでも多くするためという名目で、プルートのみ交代されることが決まったことを告げられた。
プルートの役割が務まりそうな高水準のロボットを探すこととなり、ダークマターが調査して見込みがあると判断されたロボットに対して適性検査を行うことが義務づけられたことも知らされた。
呼び出された理由は、アイにその検査を受けさせる為だった。
その検査は、今まで検査を受けたロボットの中で、アイが最も適性数値が高いという結果になった。
博士には事務処理能力などプルートとして必要なプログラムを追加することを指示された。実質的に、アイがプルートとなることが確定したのである。
博士はとても複雑そうだった。全く嬉しくなさそうだったし、断りたそうだった。
けれど一介の研究職員が、上に逆らうことなどできない。博士は否定せずに要求を呑んだ。
そうしてアイはプルートととして働くことになった。
何しろ宇宙中の幾多もの星に、拠点や支社を構えるダークマターである。宇宙を飛び回ることを前提とされた業務は多忙を極めた。しかしロボットは疲れるという概念が無いため、激務も支障無くこなすことが出来た。
メンテナンスは定期的にしっかりとしたものが行われるし、博士の追加したプルートに必要な能力のプログラムの出来が大変良かったこともある。
おかげで博士は称賛されていたが、当の博士は幸せとは程遠い表情を浮かべていた。
それは、アイの仕事が忙しいせいで、博士と過ごす時間が消失したのが原因だった。本人もそう言っていた。
アイは効率よく仕事を捌くために、家から出て社内で暮らすようになっていた。博士と会う機会も時間も減少し、たまに顔を合わせた博士は、ただただ寂しげであった。
しかしアイはやはりどうでも良かった。二人で暮らしていた頃博士がよく見せていた不可解な言動や行動に付き合わなくていいだけ、わからないことの生じない業務の方が、遙かにましだったのだ。
博士が寂しそうにしていても、なんで寂しそうなんだろう、以外に考えなかったのだ。
ミヅキ達に会場から出てすぐの外にあったベンチに連れて行かれ、そこに座るように促された。アイは大人しく腰掛けると、三人に向かってぺこりと頭を下げた。
「ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」
恭しく告げれば、「堅苦しいこと言わないでよ」とミヅキがあっけらかんと言った横で、ソラが心配げに覗き込んできた。
「本当に、大丈夫? どこか調子が悪くなったとかじゃない?」
「平気です。どこにも、異常はありません」
「確かにアイちゃん、ちょっと顔色が良いように見えるよ!」
いつの間にか隣に腰を下ろしていたミライが言った。
顔色、とアイは自分の顔に触れてみる。見えないのでよくわからない。だがミライの言葉に疑問は抱かなかった。そうだろうな、という納得が芽生えていた。
「その様子だとアイちゃん、博士さんがどうしてロボットの自分を大切に思っているかっていうこと、理解できたのかな?」
「……ミライさんは鋭いですね。そうです。その通りです。ソラの述べた説に、一番納得が行きました」
ずっと、自分はこの宇宙でただ一つだけ、という確証が存在していないと考えていた。個性が無いのだと考えていた。だがそれは思い違いだった。
全く同じものが二つ存在していても、それは二つとも違う。
持ち主による積み重ねた時間、その物体にしか生み出せない持ち主との日々。
それらが後ろに存在している以上、無機物にも、人形にも、ロボットにも、個性は存在する。この宇宙でただ一つだけの、特別なものとなる。
アイとでしか生み出せない時間を重ねたい。アイにしか生み出せない日々を一緒に過ごしたい。
もし博士がそう思っているのなら、博士の行動にも、言動にも、納得することが出来る。
博士が、どうして自分を大切に思っているのか、その納得の行く理由を、ようやく見つける事が出来た。
その安堵か。それとも、別の何かが原因か。
先程から主に
それは熱暴走やシステムエラー時のような熱とは違っていた。味わい、浸っていたいと感じる熱さだった。
同時に先程からずっと、博士の姿が思い起こされて仕方がなかった。久しぶりに博士の顔を見たいという考えが、思考を司る回路の中心にずっと存在している。
データとして保管されている博士の顔を振り返ったとしても、それは違うのだ。本当の、現実にいる博士に会いたかった。
「アイは、これから、どうしたい?」
一つ一つ言葉を紡ぐようにして、正面に立つソラが、アイの目を見た。
どうしたいのか。目を閉じると、想定していたよりもずっと早く、答えが導き出された。
「博士に、謝りたいです」
今何をしたいかと聞かれてすぐに現れた答えが、これ以外なかった。
「博士……デイジー博士が、私を大切に思っているのなら、私もそれに返すのが礼儀でしょうから。……なのに私は、ずっと失礼な態度ばかり取ってきた」
自分には個性があった。目には見えなくても、博士との時間が積み重なっているアイは、確かにこの宇宙で一つだけのアイだ。
博士と重ねる時間は、自分でなくてはいけなかった。
そんな風に、作られた瞬間から自分は個性を得ていたというのに、今までずっと博士に対して、冷徹極まりない態度ばかり取ってきてしまった。
いくらロボットだから人間のことがわからなかったと言っても、改めて振り返ってみれば、それらの態度は全て度が過ぎてると判断できる。
いわゆる、恩を仇で返すような真似に近い。アイに個性を与えてくれた張本人である博士に、当のアイは、興味が無いとまで思っていたのだ。
それを考えていると、今度は
興味が無かったこと、博士のことがわけわからなかったことなどを、謝りたい。
それが、アイの、嘘偽りのない、率直な考えだった。叶わないと知りつつ、今すぐに実現させたくてどうしようもなかった。
「……謝って、感謝をお伝えしたいです。博士の思う“大切”に、私も同じ思いを同じ度合いで返すことができるかは不明ですが、それでも、ちゃんと話し合おうと考えています」
おお、とミヅキが感心深げな声を上げ、ミライが拍手をしてきた。二人を交互に見ていると、ソラが自分の胸の辺りに手を置きながら、静かに歩み寄った。
「倒れているアイを見つけた時、アイを助けなかった方が、遙かに後悔するって思った。だから僕は、自分の心の声に従った。
そのおかげで、アイも自分の考えに気付けたのなら、あの時、自分の心に従って、本当に良かった」
「……心の声」
「そう。アイが教えてくれたからね。心のままにって」
どこか照れ臭そうに、ソラが笑った。
自分に個性はあるのかと考えるようになった全ての原因であるこの三人。宇宙のどこを探しても他には存在しないような、ミヅキとソラとミライの心。
個性を持った人間達の顔。それらを一つ一つ目に焼き付け、データに刻み込んだ。
三人に出会わなければ、自分はずっと、何かを考える事はなかった。何も知らないままだった。
アイは立ち上がり、ミヅキ達の目を順番に見た後、上体を四十五度傾けた。
「私は、はっきりとAMC計画に反対することはできません。ですが、あなた方の道を阻むことは、絶対にしません。誓います。……密かながら、応援させて頂きます」
人がものに対して籠めた心の有無で、無機物の個性が決まるのなら。博士の心があったおかげで、自分に個性が生じたのなら。
これ以上、この計画に賛同することはできない。だが、かといって堂々と反対することはもっと出来ない。
自分に出来ることは、せめてこれ以上ミヅキ達の邪魔をしないこと。それに尽きた。
自分の目の前で呆気にとられている人間達の顔を、一つ一つ見つめた。
「修理が終わって、前のように動いても支障が出なくなって、博士に謝ったら……。
私、今度は、宇宙を旅してみようと思います。まだわからないこと……心に対する不可解さは消えておりませんから。
答えを探すために、プルートの座から下りて、星の旅人に、なってみます」
一つ、個性に対して理解することができた今なら。自分には個性があったのだと気づく事が出来た今なら。
機械でも、心を少しは理解することが出来るのではないかと。そんな考えがアイの中に芽生え、腰を下ろしていた。
しばらくの間静寂が下りていた。風の吹く音、通りを歩く人間達の声が、過ぎ去っていく。
ソラが一つ頷く音が、聞こえた気がした。
「良いと思うよ、とても!」
「私もそう思うよ~! 凄く素敵だなって感じた!」
二人は明るくそう言った。だがその中でミヅキだけがずっと俯いていた。彼女が今どんな顔をしているか、上手く見えない。
「……寂しい、な」
地面へ言葉が舞い降りていった。アイの体は固まった。
「さみしい?」
俯いたまま、ミヅキの首は上下に振られた。
「どう、して」
「もうアイと敵対しなくていいんだって思うと、凄くほっとする。……でも、とても、寂しい」
見張った目でソラとミライを見れば、二人はどこか躊躇いがちに、けれどはっきり頷いた。
「けどね。それがアイの出した答えなら、僕は、僕達は、応援する。アイの背中を、喜んで押すよ」
ソラの目は確かに寂しげに揺れていて、けれどなぜだか、幸せそうだった。
ミライもやはり寂しそうに笑っており、ミヅキはと言うと、まだ下を向き続けていた。だがソラの言葉に、しっかりと頷いて同意を示していた。
「お別れするときは」
声に含まれる感情が寂しさと悲しさしかなくて、呆然とミヅキのことを見つめ続けるしかなくなってしまう。
「この前みたいに、あっけないのは嫌だよ。今度は、ちゃんとお別れしよう。約束、してくれる?」
真っ直ぐアイを見つめてきたミヅキの瞳は、今にも涙が零れ落ちそうになっていた。
アイは息を飲んだ。ミヅキを見たままの首が、上下する。
「はい。わかりました。約束、致します」
その時、ミヅキの目から、水滴が一つ流れ落ちたのが見えた。よくを確認する前に、ミヅキはくるっと後ろを向いた。
「私、お腹が空いてるんだよね! せっかくだしミーティアに行っちゃおうか!」
「……食べて良いんですか、私が」
「むしろ食べて欲しいよ!」
「僕も同じ気持ちだよ」
「あ、私も行きたい~!」
じゃあ決定とばかりに、ミヅキとソラとミライが歩き出す。
だがすぐ、アイが歩き出していないことに気づいて、振り返る。「行こう!」と、ミヅキの手が差し伸べられる。
返事をするよりも前に、足が一歩前へと出た、その瞬間のことだった。
「アイッ!!」
その甲高い声の主が誰なのか、アイはすぐにわかった。それでも振り返らなかったのは、この人物がこの場所にいる確率が限りなく低いという結果が算出されたからだ。
聞き間違いと判断してそのまま歩いて行こうとしたアイの腕が、強く後ろに引っ張られた。
ミヅキ達の目が丸く見開かれ、アイの背後へと視線が注がれる。
後ろを見たアイもまた、同じようにその瞬間、目を見開いた。
「──博士?」
アイの手を握りしめ、自分と同じ碧眼の縁を赤くさせて立つ人間。その人間は、紛れもなく、アイを作ったデイジー博士だった。
「なんで」
ここに。
そう続けようとした時、抜け落ちるようにして博士の手がアイから離れた。地面に崩れ落ちた博士は、両手で顔を覆い隠した。
「会いたかった……!」
手の隙間から嗚咽が絶え間なく漏れ出てくる。驚いたように一瞥を向けてくる通行人の目があるものの、お構いなしで肩を震わせ続けている。
こんな様子になった人間にどういう対応を取るのが正解か全然経験が無いアイは、ただ辺りを見回すしかできなかった。
自分の足下で泣き崩れる博士をしばらく見下ろしていたアイは、ゆっくりと歩みを博士に向けた。
膝を折り、背中に手を添えると、まず衣服の繊維の感触が伝わった。間を置かずに伝わってきたのは、博士の体温だった。
「私もです、博士。私も、会いたかったです」
嗚咽がやんだ。博士が顔から手を離した。首を回してアイのことを見つめた博士は、泣いていたが、笑っていた。涙を流しながら、彼女はアイの頭を、静かに撫でた。
戸惑って振り返ると、未だに呆然としているミヅキ達と目が合った。
アイと博士を交互に見る三人だったが、アイと目が合うと、その顔が、ゆっくりと微笑に変わっていった。
「二人でゆっくり話しておいで」
アイは頷くと、博士を促して、二人で立ち上がった。
通りから逸れた場所に小さな噴水が置かれている空間があり、そこに向かった。奥まった場所にあるため、人の目を気にすること無く博士と話すことが出来る。
だが、いざその時になると、なぜか言葉が上手く出てこなかった。
今までの無礼を謝り、感謝を伝えたいと確かに考えていたはずであるのに、口が思うように動いてくれない。
出来たことといったら、博士に噴水の縁に腰掛けるよう勧めたぐらいだった。
博士は目を見張り、すぐ後で「気遣ってくれるのね。ありがとう」と笑うと、石で出来た縁に腰を下ろした。
博士と、博士の後ろでこんこんと水が湧き出てくる噴水を見ながら、アイは体の下の方で手を組んだ。
「どうして、私がここにいるとわかったのですか」
自分が今一番言いたかったのは謝罪と感謝の言葉だったが、この疑問もまたすぐ聞き出したいものであった。
博士は困ったように視線を泳がした後、悪戯を仕掛けた子供のように苦笑した。
「勘ね」
「勘?」
「あなたが、帰還の途中で行方不明になったって知らせを聞いたとき、なぜだか一番に浮かんだのが、アイはまだこの“地球”にいるんじゃないかってことだったの。
……単に行方不明になったっていう事実を見たくなかったんでしょうけれどね。けど、それにしてはやけに確固たるものがあったから」
呆然と博士の話を聞いていた。ワープ航路を使えば数日しかかからないといえど、勘一つで遠く離れた地球まで行こうと考えるとは。しかも勘がぴったり当たっているのだからますますわけがわからない。
けれどその勘も、他の人間がそういった事例を多く生じさせているように、大切に思っているものに対して働いたのではと考えると、身体の内側がほのかな暖かさに包まれた。
アイはその温もりを抱きしめるように胸の辺りに手を添えてから、頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。……少々理由がありまして、しばらくの間地球にいなくてはいけなかったのです。連絡が出来ず、ご迷惑と心配をおかけしたこと、謝罪致します」
「ううん。私はいいのよ。ちゃんとこうして、会うことが出来たんだから。本当に、良かったわ」
博士の顔は笑っていたが、以前見た時と比べると、明らかにやつれていた。体重もかなり落ちたと見える。だが、痩せた博士の笑顔は、確かに嬉しそうで、幸福そうだった。
それを確認すると、アイはまた頭を下げていた。
「博士。ごめんなさい、博士。今まで本当に、ごめんなさい」
「アイ……?」
組んだ手に、ぐっと力を込める。
「私を、作り出して下さって、ありがとうございます。大切に思って下さって、本当に、ありがとうございます。私は、大変に幸福なロボットです」
顔を上げて、目を見て、一つ一つの語句を明瞭に言った。
博士の碧眼は虚を突かれたように焦点が定まっていなかった。それがはっきりとしていくにつれ、瞳に輝きが生まれだした。
「まあ、アイ……!」
口元が手で覆われ、両の瞳に涙が溜まっていく。けれども目の輝きは消えないどころか、増していく一方だった。こんなに博士が嬉しそうにした姿は、初めて見た。
「もう、もう! びっくりしたじゃないの! ……いえ、嬉しいわ。ありがとう、アイ!」
照れ隠しなのかなんなのか、早口で捲し立ててきた。その後で、ふと首が傾いた。
「でも、なんで急に……?」
喉が詰まるような感触を覚えた。アイは今まで、こうやって博士に対し面と向かって感謝を伝えた経験が、一度も無かった。
博士が疑問に思うのも、その原因を知りたがるのも、無理はない。
先程とは違う意味合いで、組んだ手に力を込めた。
「感情内包プログラム」
単語を紡いだ瞬間、博士の表情が強張った。みるみるうちに見開かれた目に、動揺の色が滲んでいく。
「どうして、それを」
「地球に居る間、私は不測の事態が起こり、バッテリーに異常が発生したため、動くことが出来なくなりました。
それを……。……ある方に修理して頂いたのですが……。その際、私の身体には、感情内包プログラムなるものが組まれていることが、判明したのです」
博士の視線が、行き場無くさ迷う。動揺の一方で誤魔化せないと悟ってもいるのか、視線以外に忙しなく動いている部分はなかった。
ただ、膝の上に載る手は、ふるふると震えていた。
「そのプログラムは、正常に作動している模様ですが……」
「正常に作動?」
博士ぴくりと反応した。
「そうよね、その気配はあったわね……。だから今も感謝を伝えてきたのね、あなたは……。正常には作動しているのね……。でもまだ感情豊かとは言えない……」
「そ、そのようですが……」
何かを考え込むように、博士は目を伏せた。思考の邪魔をすることに若干の抵抗が生じたが、アイは重ねて尋ねた。
「感情内包プログラムのこと、聞きました。制作を禁止されているプログラムだとも窺いました。私はこの話を聞いたとき、大きな疑問が生まれました。
博士。どうして多大なリスクを冒してまで、このプログラムを私に?」
噴水の音しか聞こえなかった。非常に長い長い間だったが、博士の意識がしっかり保たれていることは、膝の上の震える手から判断できた。
やがて、博士は長い息を吐き出した。何か大きな事が起こる前触れと、似たものがあった。
「──アイをなるべく、人間に近づけたかったからよ」
目を伏せたままの答えは、短く簡潔だった。
「それはまた、一体なぜです?」
博士の両手が、膝から浮いた。悩むようにして少し宙をさ迷った手は、服の内ポケットに吸い込まれていった。
取り出されたのは、銀色の丸いロケットペンダントだった。
蓋が開かれると、小さな音がしてペンダントの上に、
花が咲き乱れる花壇の縁に腰掛ける、二人の人間が写っていた。一人は、今よりも若い博士だった。博士は、慈愛の籠もった眼差しを、隣に向けていた。
写真の博士が見る先にいる人間は、少女だった。その少女は、博士と同じように、輝くような笑顔を浮かべて、こちらを見ていた。
アイはその人間から、目を逸らすことができなかった。
「はかせ」
聴覚機能に異常が起きたのか、聞こえてくる噴水の音が大きくなった。
発声機能にも異常が起きたのか、上手く言葉が出てこなかった。
「このひとは、だれです」
言うことを聞かない腕をなんとか持ち上げて、アイは写真の少女を指さした。
長く黒い髪と、藍色の瞳を持った少女。
写真の少女は、体のどこを見ても、自分と「同じ」見た目をしていた。
「自分」が、映っていた。そこにいたのは、紛れもなく、「自分」だった。
「あなたよ。アイ」
博士の淀みない声に、アイは首を振ろうとした。しかし、出来なかった。体がどこも動かなかった。
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