Chapter5「移り変わる空」
phase1「苦手なこと」
「十月かあ……」
外を覗くと、もうすぐ色づこうとしている木が目に入った。美月は自室の窓辺で頬杖をつきながら、また同じ台詞を零した。
「十月かあ……」
時間が経つのも早いもので、もう十月になった。十月といえば、と空に浮かぶ白い雲に視線を移す。
そろそろ本格的に秋が到来する頃合い。では秋といえば。美月の脳内に二つの単語が浮かんだ。
秋といえば、食欲の秋。
秋の果物も秋の野菜も美味しくなってくる。更にキノコもある。何と言っても新米が食べられる。あれこれと想像しているうちに、段々と雲が料理の形に見えてきた。
「秋野菜バージョンのミーティアカレーも美味しいんだよなあ……。キノコパイも出てくるし……。そうだ、おじいちゃんの作る栗ご飯もそろそろ食べられるかも!」
瞬間、お腹が鳴った。夢想から覚ますように、音は大きかった。う、と丸めた背中とお腹がくっつきそうなまでになっていた。
これは由々しき事態と、立ち上がって階段を駆け下りていく。早急に何かものを胃に入れなくてはエネルギーが切れて何も出来なくなってしまう。家にある食べ物のことを考える頭には、他事を考える隙間は無かった。
一階に行きそのままキッチンに向かおうとしたときだ。がちゃ、と玄関の開閉音がした。
そちらを見るのに一呼吸ほど反応が遅れたのは、人が帰ってきた気配がまるでなかったからだ。ドアだけ勝手に開いて、空気だけ入ってきて、そのまま閉じられたような。そちらのほうがずっと有り得ないのに、そういう想像に至った。
玄関を向いた美月は、次の瞬間大声を上げていた。
「どうしたの穹!!!」
確かに穹だった。だが、一見穹には見えなかったほど、異様な雰囲気になっていた。
まるで亡霊のように、穹は靴も脱がずにその場で佇んでいた。わずかに伏せられた顔色は真っ青を通り越して灰色にも見え、気のせいか体重も今朝見た時より減っているように感じる。
穹の体からは生気という生気が完全に消失し、病人を超えもはや死者に片足を突っ込んでいた。
「姉ちゃん、どうしよう……」
古井戸の底から響いてくるような、どんよりと重く立ちこめた声。顔を上げた穹の目は、絶望一色で染め上げられていた。
「リレーのアンカーに選ばれちゃった……!」
教室の窓の外をゆっくり移動する雲を眺めながら、頭の中で新メニューのことなどを考えていたという。
秋の味覚を使った料理はどんなものが良いかという考え事に思いを馳せていたため、クラスで行われている話はまるで耳に入っていなかった。
十月中旬に開催される体育祭。今日の教室では、その種目のどれに参加するかを取り決める話し合いが行われていた。が、穹はその場にいるものの参加していないと同義の状態にあったという。
もともと運動音痴で運動が大の苦手な穹は、この運動会という行事も大の苦手なものだった。よって興味を惹かれることも無く、ひたすら新メニューを考える事にいそしんでいたら、ふいに「それでいいですね?」との言葉をかけられた。
話を聞いていなかったことがばれないようにの一心で「はい」と返した。
その後で、「いいですね?」の確認が、「リレーのアンカーに推薦されたけれど良いですね?」という意味だったのだと知った。
もはや取り消すことも不可能で、愕然とするしかなかった。
以上の事を、リビングのソファに腰掛け項垂れる穹から聞いた。美月は腕を組んで何度か頷いた後、顔を上げた。
「何やってんの?」
「だよねわかってるよ! 本当に何やってるのって話だよね! 僕本当に馬鹿!!」
わっと両手で顔を覆う。わざとらしい仕草と見えたが、どうやら本気で悲しんでいるようだった。
「にしてもなんで穹を推薦したのよ一体……。私だったら逆立ちしたって推薦しないよ」
「僕だってそう思うよ! 本当になんでって言いたいよ!」
リレーは体育祭の目玉の一つでもある種目。故にアンカーは花形ではあるが、大役でもあった。
それをどうして、運動音痴の人物に任せようという考えに至ったのか。
「早い内に辞退した方がいいんじゃない?」
そのほうが穹のためにもなる。だがすぐに頷くと思っていた穹は、力の無い動きで首を横に振った。
「それも迷惑かかっちゃうようで……。何も聞いてなくて勢いで返事したとか、それでまたアンカーを決め直すとか……。クラスの中、もう全部決まって安心して、準備や練習に取りかかるため進んでいこうっていう空気になっているから、それを邪魔するなんて……」
全てを諦めたように力なく笑う穹に、言ってる場合かと突っ込みたくなった。
自分の為にも周りの為にも考え直したほうが良い、もしどうしても言いづらかったら一緒についていくとまで言ったが、穹は首を縦に振らなかった。したことといったら、窓の向こうに視線を投げただけだった。
その目はどこを見ているかわからなかった。遠くを見ているようでもあるし、どんな場所も見ていないようにも感じられた。
「……じゃあ僕、図書館に行ってくるよ」
「あ、う、うん。行ってらっしゃい。アイによろしくね」
こくんと頷いた弟が、いつもよりも一層小さく、弱々しい姿に映った。心配が胸中を渦巻き始めたが、これ以上どうすればいいか、まるで見当もつかなかった。
「そうそう穹! 帰りに小松菜買ってきて! おじいちゃんが必要って言ってたから!」
穹が出かける直前、用事を思い出したので声を張り上げた。わかったー、という返事はどこか間延びしていた。
本当にわかってるのかともう一つ念押ししようとした瞬間、玄関のドアが閉じられた。
無意識のうちに息を吐いていた。穹も穹で、本人のことであるから、だいぶ頭を抱えている様子だった。本当に、どうして穹にアンカーの役割が回ってくるなんてことになったのか。
一度考えてみると、すぐにそれらしい答えが浮かんだ。多分、と美月は窓の向こうの青空に目をやった。
多分。アンカーという大役について回る責任を、誰も背負いたくなかったが故の結果なのだろう。
「あああ……」
無意識の内にため息も漏れていたし声も零していた。向かいに座るアイに聞こえなかったはずもなく、彼女の顔が上がった。
「どうしたのですかソラ。非常に気が落ち込んでいるとみられますが。あと強い不安感も」
「わ、わかるの……? い、いや、なんでもない、よ……」
「嘘吐いてるときの反応ですねそれは」
「おっ、お見通しか……。あはは……。今日色々あってね……」
顔を動かせているかいないか不明なほど力なく笑い、苦し紛れに視線を外した。
図書館内のロビー、会話が許されてあるコーナーの片隅にあるテーブルで、いつものようにアイに小説の解説を行っていた。が、今日は明らかに集中できていないことを自覚していた。
そうするだろうなと思っていたが、案の定アイは「お聞かせ願えませんか」と尋ねてきた。
穹は少し迷ったが、嘘を吐いていることもばれているのだし、と素直に今日あったことを打ち明けた。
「格好良くないね、僕……。本当に格好悪いんだよなあ」
最後にそう付け足すと、アイは首を左右に振った。
「今話して頂いたことと、格好いいか格好良くないかは結びつかない事項に考えられますが」
「そうかなあ……」
穹は首を捻った。自分がろくに話を聞かずにぼうっとしていたせいで役目が決まってしまい、断ることも難しい。これはどこからどう見ても格好悪いと穹は感じていた。
種目を決める際のクラスの様子を思い返す。教師はまず立候補者を募ったが、皆誰もやりたがらなかった。こういうとき積極的に手を上げそうな、運動が得意で足の速い生徒は、別の種目に出ることを決めていて挙手しなかった。
結局推薦となり、一人一人と選ばれていったが、全て自分とは遠い世界のことだと信じて疑わなかった。だからクラスで行われている話し合いの場に混じろうとせず、一人空を眺める世界に行っていたのだ。
そもそも体育祭という行事が大の苦手だった。嫌いでもあった。もともと運動音痴で、スポーツそのものにも興味が無かった。球技種目など、大体の種目はチームで成り立つ物だから、そういう意味でも苦手だった。
だがどんなに嫌でも体育の授業は存在するし、毎年運動会という行事も存在する。今は暦の上では秋。この先どんどん気温が涼しくなり、本格的な秋が到来することだろう。
確かにスポーツの秋とも言われる。だが、苦手な人にまで押しつけてきてほしくなかった。
穹は手元に広げた小説に目を落とした。自分にとって秋は読書の秋であり、スポーツの秋ではない。
「せめて速読大会だったら……いやそれもやっぱり駄目だ。僕言うほど読むのが速いわけじゃないし」
読書は好きだが、自分より上は数え切れないほどいる。もし速読大会などの本に関する大会があったとしても、自分はきっと芳しくない結果しか出せないんだろうと思った。
穹は軽く胸の辺りを一瞬だけ触った。弱い心はいつまで経っても臆病なままで、緊張にも脆い。
「でも、アイは速読大会があったら優勝できるんじゃないかなって思うよ。読むのとても早いから」
「どうですかね」
アイは関心なさそうに首を捻った。「私が出ても、失格で終わりそうです」
「どういうこと?」
「……一人言です」
アイは目を閉じてぱたんと自分が読んでいた本を閉じた。思いのほか大きな音が鳴った。これ以上聞かないでほしいと、暗に伝えられてるような気がした。
「ソラは疲れているようです。今日はもう帰った方がよろしいでしょう。教えて頂いた小説はちゃんと復習しておきますのでご安心を」
「うん……。そうだね」
「あと、やはりアンカーは断ったほうが良いかと。ソラの性質から判断するに、適任ではありません」
「う、うん……」
「ただ。ソラの性質から判断しても、断ることも難しいのでしょうが」
一人言のような口調だった。だが穹は、我知らず大きく頷いていた。場所が図書館ではなかったら、「そうなんだよ!」と大きな声を出していただろう。
マナー上その行動は叶わないので、口を結んだままこくこくと何度も頷くことで共感を示した。
断るという行為に必要な勇気の量も計り知れない。だから、運動も苦手だが、アイの言うとおり断ることも難しかった。
「中途半端だなって、自分でも思うけどね……」
「じっくり考えた方がいいのではないですか。無理に早く決めたら判断を誤る可能性が高まりますよ」
なるべく早く決断しなくてはと思っていたので、そういう言葉をかけられるとは思ってなかた。
目をぱちぱちと瞬かせながら、「そうだね。じっくり考えてみるよ」と返すと、それがいいかと、と愛は一つ頷いてきた。
図書館を出た後、言いつけられたとおり小松菜を買ったが、その後すぐに家には帰らなかった。代わりに向かったのは、自宅近くの児童公園だった。
こぢんまりとしており遊具もあまり置かれていないためか子供の姿は無く、公園内にある影は穹のもの一つだけだった。
黄昏の色に染まる園内は物体の輪郭がぼやけ、現実感に乏しい空間となっている。吹き抜ける夕方の風は、まだ暑い昼間とは異なり涼しさを覚えた。
ベンチに腰掛け前屈みになると、意図せずため息を吐き出してしまうし頭を抱えたくなってくる。実際頭を両手で抱えながら、口を開いた。
「どうしよう……」
誰もいないことを確認した上で言葉を発したのだから、答えを返してくれる人は当然いない。だから自分で考えるしかなかった。
アンカーを断れば嫌な空気にさせてしまう、上手くいかなくても嫌な空気になってしまう。どのみち自分のせいでクラスの空気が悪くなる事態は避けられない。
それがどうしても気がかりだった。それを思うと、頭がきりきりと痛みそうになった。
運動は苦手。アンカーなど間違いなく務まらない。それは自分が一番良く知っていた。早く断らなくてはいけないと、警鐘を鳴らす自分がいる。
だが、いつの間にか自分を取り囲んでいた「断りづらい」空気の力で、打ち鳴らす警鐘に従えない。
アンカーが決まって、呆然とその場に立ちすくんでいたとき、かけられた言葉をくっきりと思い出せる。
「意外と、得意だったりするもんなんだよ」
教室で発言力のあるような、中心人物にいる人達が口にした。「運動で目立ったことない奴ほど、実は凄い力を秘めてたりするものなんだから」
その言葉で、穹を推薦することが決まったらしかった。あの時のぐらぐらと頭が回る感覚は非常に強くて、よく倒れなかったものだと思う。
思い出していると、またその台詞が蘇った。あまりにも鮮やかに蘇るものだから、本当に自分に話しかけられているのではないかと周囲を見回した。だが公園は依然として閑散としていた。
「隠された力……って滅茶滅茶に格好いいけど」
実は走ってみたらとても早く走れるといった、天才的な運動能力が潜在していた。そんな事実が密かに隠れていたなど、とても格好いいと思う。素直に憧れる。
だがそれは結局どんなに思い描いても妄想以外にはならず、現実はどこまでも現実でしかない。
それは今までの結果がよく証明していた。体育テストなど下から数えるとすぐに名前が見つかるし、運動会でも同様だ。
苦しい思いをする割には結果はずっと悪いままだし、悪い結果でも良いと思えるような爽やかな経験もない。周囲から軽蔑や失望の目を向けられて終わるだけだ。
幼稚園でも小学校でも運動会では嫌な思いしか経験しておらず、小学校の最後の方はずる休みすることを覚えた。
毎年やる前から結果はわかりきっている程、散々な結末を残すからだ。それで場が盛り下がるならいないほうがましだと気づいた。
だが今年はできない。大役を任されてしまったからだ。逃げることは許されず、潔くやめる道もない。
しかし自分が運動という行為をすれば必ず場は盛り下がる。嫌な空気になる。気まずくなる。自分のせいで──。
どうするのが正解なのだろうか。なぜ自分を選んだのだろうか。人の求めていることが、人の心が、何もわからない。
頭の痛みを紛らわせる為に、首を上に向けた。橙色の空が広がっていた。巣に帰っていくのか、鳥が何羽も頭上を飛んでいった。カラスの鳴き声が、静かに住宅街に響き渡った。
いい加減帰らなくては。わかってはいるが、立ち上がれなかった。体がベンチに張り付いて、そのまま力を吸い取られてしまったようだった。
吐いた息が宙に溶けていく。薄ぼんやりとした公園の景色、鮮明な橙色をした夕焼け空、長く横に引かれた雲と、まるで夢の中にいるようなぼんやりとした気持ちで、それらを眺めていた。
そのうち、実は自分は眠っていて、今見ているものは夢の中の景色なのではと、現実との境界線があやふやになってきたときだった。
はっと一気に目が覚めた。小さいが確かな音を、耳が捉えたからだ。生き物の鳴き声のようだった。
首を戻し、目を閉じてじっとその音を待った。空耳だったのではと疑うほど時間が流れた後、またその音を聞いた。
やはり小さかったが、それは確実に現実に存在する音として聞こえてきた。
音を辿って、席が一つしかない寂れたブランコの奥にある、低木の茂みに足を踏み入れた。普段ならまず入らない場所だが、どうしても気になったのだ。
おかしなもので、あの音が自分を呼んでいるという確信が、揺るがない状態で心に鎮座していた。
茂みをかき分けで進んでいくと、また音がした。今度は大きかった。とても近いとわかった。ぱっと足下に目をやったときだ。
夕暮れ時の薄明かり、橙色に染まる周りの中、真っ青な色が一点だけ、地面にあった。
ちゅん、ちゅん、と小さく鳴きながら、小鳥が、穹の足下に近寄った。
その綺麗な青い体毛を見た瞬間、瞬時に頭に浮かんだのが、昔読んだ、幸せを呼ぶ青い鳥の話だった。幸せはすぐ傍にあった、というあの話の結末に、幼かった当時ぴんと来なかったのを覚えている。幸せは努力して探して手に入れるものだと思っていたからだ。
物語の中ではなく、実際に存在する青い鳥は、穹の足下をぴょんぴょんと飛び跳ねながら、離れようとしない。
「ど、どうしたの? 僕に何か用でもあるのかな?」
しゃがみ込んで、小鳥のつぶらな瞳を覗き込む。その目は、底が見えないような黒色をしていた。
そんな目をちらりと穹のほうに向けた小鳥は、少し移動してくちばしで何かを軽くつついた。それは穹の腕からかかるビニール袋だった。穹がしゃがんだことで、袋も小鳥の目線の高さまで一緒に移動したのだった。
「あ、そうか」
すぐにぴんときた。袋の中にあるものといったら一つしかない。小松菜を取り出して小鳥に見せてみると、案の定すぐさま飛びついてきた。
葉っぱをちぎるのも待たずに囓ろうとしてきたので、慌てて小松菜を持つ手を上に上げた。すると抗議なのか、小さく鳴いてきた。
だが鳴き声は高く綺麗なもので、そこに怖さは微塵も無かった。小さな体で必死に訴える姿がどうにも可愛らしく映ってしまい、穹は苦笑を堪えきれなかった。
「ごめんごめん。意地悪するつもりはないんだよ」
食べやすい大きさにちぎって口元に持っていくと、小鳥はぱくぱくと食べ始めた。あっという間に手に乗せた小松菜はなくなり、もっとと言いたげに顔を上げてくる。穹は頷いて、また葉っぱをちぎって食べさせた。
しばらく続けていると、小鳥は急に両の羽を広げ、穹の周りをぐるぐると飛び始めた。お腹が空いていて、飛ぶ力を失っていたようだった。
「良かった、元気になったんだね」
言ってやると、小鳥は可愛らしい声を返してくれた。飽きずにまだ周りを飛ぶ小鳥に、穹もこのまま立ち去るのが惜しい気持ちになってきた。
「君、この辺りに住んでるの?」
聞いてみたが、言葉が返ってくるわけでもなかった。それもそうかと苦笑いしつつ、辺りを見回した。
この辺りでは見かけない鳥だった。こんな綺麗な青色をした鳥を、穹は今まで見たことがない。野鳥で青い鳥がいるのは知っていたが、こんな住宅街の真ん中で会えるとは思っても見なかった。
人間の手からものを食べるなど人に慣れている様子を見るに、誰かに飼われているのかもしれない、という考えに至るのも自然なことだった。
「君、お家はどこ? 帰れるかな。もう飛べるようになったから大丈夫かな」
返事が来ることはないが、穹は話しかけた。声を掛けても小鳥は逃げたり飛び去っていく気配を見せず、ずっと穹の周りにいるのだ。まるで自分の話を聞いてくれているようで、それが何とも言えず嬉しかった。
つぶらな黒い目で真っ直ぐこちらを見つめる小鳥に自然と顔が綻んでいくのを自覚しながら、名残惜しい気持ちで空を見上げた。既にそこには一番星と月がはっきりと見えていた。
「僕そろそろ帰らなくっちゃ……。ごめんね。暗くなってきたし、君も気を付けて帰るんだよ」
立ち上がると、いきなり小鳥が慌ただしい様子で飛びついてきた。行く手を阻むように穹の目の前を飛び続け、しきりに鳴き声を上げている。行かないでと訴えているようだった。
歩き出すと、小鳥もついてきた。一生懸命追いかけてくる青いシルエットに、穹も後ろ髪を引かれる思いが強くなった。
「僕もまだ一緒にいたいけどなあ……。……じゃあ、明日のこのぐらいの時間に、また来るよ。会えたら、一緒にたくさんお喋りしよう?」
どう、と少し上を飛ぶ小鳥を見上げると、高い鳴き声が一つ上がった。それきり、穹にはついてこなくなった。あたかも、穹の言葉が伝わったように。
距離が開くと、小鳥は穹の背に鳴き声をかけてきた。約束だよ、と言われたようで、穹は振り返った。
「うん、約束だよ! また明日ね!」
手を振ると、小鳥は旋回して飛んで返してきた。小鳥は穹を見送るように、ずっとその場を飛び続けていた。
暗くなっていき色が薄れていく町の景色の中、その小鳥の持つ青色だけが、鮮明な色を失っていなかった。
穹はその青を目に焼き付けながら、公園を後にした。気づかぬうちに、心が軽くなっていた。
家に帰ると、美月が遅かったね、と鋭く指摘してきた。ちょっと、と笑って誤魔化しつつ、小松菜を袋ごと渡した。
「なんか葉っぱの数が少ないような……」
「気のせいじゃない?」
「そうかなあ……」
袋を覗き込んで浮かび上がった美月の怪訝そうな顔色は、穹を見て更に濃くなった。
「なんか妙に楽しそうだけどどうしたの?」
「なんでもないよ」
えへへ、と思わず笑うと、まあいいけどね、と肩をすくめられた。
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