phase3「駄目でした」

 「ソラ、何をそんなに怖がっているんだ?」


 ハルが機械的に尋ねる。穹は、むしろなぜわからないんだと思った。


「二人とも、あのお札が見えないんですか?」


 扉にぺたぺたと張られたお札を指さす。本当は指すことも躊躇われていたので、指先はがたがたと震えていた。クラーレが扉を見ると、微弱に頭を傾けた。


「見えるけどそれがなんだよ。なんかいっぱい紙が貼られてんなあくらいにしか思わねえよ。というかソラは何でそんなに怖がってんだよ」

「僕は心霊系こういうものが大っの苦手なんですよ!! それよりも前に、この場所って絶対に訳ありですよ!!」


 説明を怠っていた自分が馬鹿だった。地球の心霊系の常識が通じない鈍感なロボットと宇宙人に、一からきちんと説明しなくてはいけなかったのだ。

 穹は身を引いて蔵から距離を取ると、なるべくお札を目に入れないようにしつつ咳払いをした。


「ここはですね、なんといいますか、心霊系のスポットなんですよ絶対に……。中に入ったら危険な場所です」

「老朽化などの危険性は低いと判断したが」

「そっちの危険じゃなくてですね! これ一歩でも入ったら祟られますよ! 呪われますよ! というかここにいるだけで既にアウトですよ! 僕今凄く寒いし気持ち悪いから!」


 寒気も胸のむかつきも気のせいではないはずだ。早くこの場から立ち去りたい。それを訴えるために軽く足踏みしながら伝えると、ふむ、とハルがテレビ画面の下辺りを触った。


「呪いや祟り。霊の仕業と呼ばれるものの類いは、未だに科学的に解明されていない。私でも分析できないもの。なので、その点を危険として考慮することは出来ない。だから、パルサーを優先するため、中に入る」

「ハルさんっ!!」

「というより、寒気と吐き気の症状は、熱中症なのではないか?」


 え、と体が固まった。は、とクラーレが目を見開く。


「重症だな、今すぐに休ませたほうが良い。とにかく日光を避けるんだ。ちょうど建物があるんだ、この蔵の中に入ろう」

「あの、僕は平気ですし、というか入るって、あの」

「よしわかった。ほらソラ行くぞ、歩けるか」

「あの」

「って凄い顔色悪いじゃねえか! おいハル、ソラ本気で危ないぞ!」

「わかった」


 おもむろにハルは扉まで近づくと、ばりばりと音を立ててお札を剥がし始めた。穹は叫びかけたが、声は出てこなかった。


 扉を開けるために不必要な物とばかりに次々とお札を破っては、下に落としていく。そこには恐れも躊躇も微塵も一切感じられなかった。地面に散らばるお札に書かれた字が、血で書かれているように見えた。


 結局短時間の内に全て剥がすと、ハルは扉に手をかけ、引っ張った。だが南京錠が抵抗を示し、そこは開かれなかった。がちゃんと大きな音を立てるだけで、扉はそれ以上動かない。穹がほっと安堵した時だった。


 ハルは振り返ると、「シロ」と呼んだ。

 ぱたぱたとシロが傍まで飛んでいくと、「食べてくれるか」と南京錠を指さした。シロはハルの顔と鍵を交互に見ると、一回尻尾を振った。


 ハルがシロを抱え、鍵の傍まで顔を近づかせる。直後、がきん、と大きく高い音が山中に響き渡った。がりん、ごりんと大きな音が鳴り、それを飲み込む音が小さく聞こえてくる。


 シロが扉から離れた後、そこには南京錠の姿はどこにもなかった。歯形の付いた何かの鉄の塊らしきものが、不安定に扉にぶら下がっているだけだった。


「開いた」

「よし入るぞ。ソラ大丈夫か?」

「全然大丈夫じゃないです」


 動けない体を、クラーレに無理矢理引っ張られる。足を踏ん張ってもクラーレのほうが力は上で、無情にも蔵が近づいてくる。


 開け放たれた扉の向こうは何も見えない真っ暗闇で、大きく口を開けて獲物を待っている生き物に見えた。闇に食われる自身を想像すると意識が遠のく気がしたが、気絶には至らなかった。いっそ気を失ってしまえばましだったのにと自分を恨んだ。


 半分程遠のき、しかし半分は残る意識を持ちながら、蔵の敷居を跨いだ。最初は真っ暗で何も見えなかった。だが蔵にある格子付きの窓、開け放っている扉から差し込む光のおかげで、すぐ目は慣れた。漂う埃の匂いと共に、内部の全貌が視界に映った。


「ひゃああああああああ!!!!!!!」


 悲鳴を上げていた。天を貫くような甲高い悲鳴にシロがびくっと体を跳ねさせ、ココロが目をまん丸くさせて穹を見た。穹は腕をぶんぶん振りながら、全速力で回れ右をして蔵の中ら脱出した。ばくばくと、心臓が激しく鳴っていた。


「あれは、さすがに気味が悪いな……」


 クラーレが口元を押さえ、蔵の中から出てきた。穹はお腹にあらん限りの力を込めた。


「だから言ったじゃないですか!!!!!」

「すまん……」


 嫌な予感は当たっていたのだ。恐る恐る蔵の中を覗き込むと、瞬間、背中に氷が落ちてきたような感覚に襲われた。


 蔵の中は広かった。壁に何段にも渡って取り付けられた棚、部屋に沿うように置かれた長い台。木製の棚や台の上に、様々な種類の人形が置かれていたのだ。

 和風や洋風、サイズや身長。置かれている人形は大小種類問われていなかった。そのどれもが、頭に埃を被っていた。


 ほとんど隙間無く飾られた人形が整列する様は、どんなにデザインが愛らしくても、不気味さしか生まれない。


 外から覗き込んでいると、薄暗い蔵の中、入り口近くに飾られた人形の一つと目が合った気がした。目が怪しく光ったように見えて、穹の体は痙攣を起こしたように震えだした。


「もうこれは危ないです! というかもうアウトです! 僕達呪われました、はい!」


 人形達が揃って全員穹を見ている気がする。その瞳には怨念のようなものしか感じられなかった。蔵の壁にべたべたと貼られていたお札が、雄弁に物語っている。ここは開けていけない場所、立ち入っていけない場所だったのだと。


「ここまで多いと、ちょっと気分が悪くなってくるな……」


 クラーレの顔色は悪かった。人形の数はあまりにも多く、数えるのも困難なほどだ。ずっと見ているとじわじわと追い詰められていくような感覚に囚われる。


 だが、クラーレの体調が悪くなったのは、そういう精神的なものではないはずだ。まさに呪いの力が働いていると、穹は確信した。自分達に現在進行形で祟りが降りかかっているのだ。


「もう出ましょう、本当に出ましょう! ハルさん!」

「この辺りにパルサーがあるはずだが」

「ハルさーーーーーん!!!!!」


 ココロは落ち着かなさげにずっと辺りを見回し、シロは縮こまってクラーレの後ろに隠れたというのに。入り口の辺りで付近を見回していたハルだけ、唯一ずんずんと奥へ突き進んでいく。


 人形の位置を動かすために手で触れたり、両手で二つ持ち上げたり、とにかく好き勝手に行動している。


 穹の頭はぐるぐる回っていた。これは絶対に罰が当たるケースだ。当人であるハルだけでなく、同行者の穹やクラーレにも降りかかるだろう。このあまりにも禍々しい気配だと、ココロやシロにまで危険が及ぶ可能性が高い。


 果たしてどんな罰が当たるのだろう。こんなに好き勝手してるのだから、自分の想像を遙かに凌ぐものが降ってくるのでは。


 戻ってきて欲しい願いも空しく、ハルはどんどん奥に行ってしまう。ハルと同じく平気だったクラーレでさえ、入り口付近で立ち尽くしたままでいるのに。


 外の光の届かない奥まで進んだのか、ハルの姿が暗闇に紛れて、完全に見えなくなった。


「ソラ、クラーレ! 来てくれ!」


 しばらくした後で、ハルの姿は捉えられないのに、ハルの声だけが響いてきた。


 本物のハルが言っているのか。ハルがどこか別の世界に連れてかれて、穹とクラーレも連れて行くために、何者かがハルの声を真似しているのではないか。

 瞬時に穹はそんなことを考えた。最近そんなあらすじの本を読んだのが影響していた。


「……よし、行くか」

「うううううう……」


 半分泣きそうになりながら、穹はクラーレと共に敷居を跨ぎ、蔵の中へ入った。ぎし、ぎしと古びた木の床が軋み、一つ歩く度生き物の声のように鳴る。


 古くなった建物、古い人形、埃の匂い。それら全てが、寒気を増殖させていく。


 幾つもの人形の視線を受けながら、もう死んだ方がましなのではないかとさえ思い始めた。誰にともなく、心の中で何度も謝りながら進んでいく。


 そうして蔵の一番奥まで来た。前へ歩いて行く内に扉から入る外の光も遠ざかり、辺りが薄ぼんやりとした暗さに包まれている。闇に紛れて、ある一体の人形の前に立つ、ハルの後ろ姿が見えた。


「これだ」


 振り返ったハルのテレビ画面が、仄かな明るさを放っている。その明かりに照らされる物体を、意を決し見た。


 靴の爪先まで隠れるほどの丈を持つ、桃色のドレスを着た人形だった。


 レースとフリルがふんだんにあしらわれたデザインに、頭に乗る小さなティアラ。物語の中に出てくるお姫様といったらこんな風、というイメージにぴったりだった。

 腰まである金色の髪はウェーブががっており、僅かな光を反射させて輝く目は、血のように真っ赤な色をしていた。


 30cm程の大きさの人形の首に、緑色の虫籠のようなものが掛けられていた。

 この人形の付属品にしては場違いな、妙な機械が取り付けられた虫籠。中には、真っ白に光る物体が収められていた。淡く瞬きながら、籠の中で光り続けるその物体。


「ついに見つけた。パルサーだ」


 ハルは屈むと、パルサーに顔を近づけた。クラーレも同じようにカゴの中を覗き込んだ。

 穹もそうしたかったが、人形の赤い目に圧を感じ、出来なかった。よくこの人形に顔を近づけられるなと感心した。


「これで、宇宙船が動く。……良かった」


 ハルが、カゴに手を伸ばす。それを見ながら、なんにせよ、と穹は思った。これで、パルサーが手に入ったわけだ。素直に良かったと、心の底から思っているのは事実だった。


 ハルの手がカゴを掴み、人形の首から外そうと手を動かす。


 その瞬間だった。


 ぱた、と人形が前へ倒れた。


 ことん、と微かな音を残し、床に落下する。まずカゴが床に落ち、その上に覆い被さるようにして、人形が落ちた。


 ぴく、と人形の体が、僅かに動いた。


「あああああああ!!!!!!!!」


 気がついたら、クラーレの腕を掴んでいた。ハルの腕を掴んでいた。そのまま、蔵の外に飛び出していた。

 敷居を跨げず、足を引っかけ、前のめりになった。ばたーん、と自分だけでなく、ハルもクラーレも転ぶ。



「何すんだいきなり!」


 体を起こしざま、クラーレの目がつり上がった。なかなかの剣幕だったが、怖いと思う余裕は無かった。


「い、いや動いたでしょうが! ほらやっぱり言ったんだよ、ここは危ない! 駄目な場所! 僕達呪われた!!」

「あんなの風のせいに決まってるだろうが! な、ハル?」


 むく、とハルが起き上がった。抱っこ紐の中のココロが下敷きにならないよう、瞬時に体勢を変えていたようだ。きょとんとした目のココロが、不思議そうにハルを見上げる。


 木々のざわめきに聞こえて、小さく何かが聞こえた。


「風ではない」


 それはハルの声だった。テレビ画面に表示された口が、小さく動く。


「外的要因の力ではない」

「なんだって?」


 クラーレが聞き返す。ハルはじっと、蔵の中を見つめている。


「人形本人が動いたと考えて、間違いない」


 音がした。小さな音だった。にもかかわらず、確かに聞こえた。聞いてしまったと感じた。


 蔵の中から聞こえてきたのは、衣擦れの音だった。布を引きずる音を伴いながら、闇から何かが現れた。背の低い影だった。


 人形だった。前に掛けられていたはずのカゴは、今度は後ろに掛けられていた。まるで、その背にカゴを庇うように。

 距離が一歩分縮まった。穹達は指先一つ動いていない。動いたのは、人形のほうだった。


 裾を引きずり、人形が前へと歩み出る。


「……嘘だろ」


 クラーレが低く呟いた。愕然とした表情だった。今起きていることを何一つ理解できていない瞳の中に、確実な恐怖の色が浮かんでいた。シロが頭を低くし、体を縮こませた。震えていた。


「まさか、こんなことが」


 ハルの様子がおかしくなっていた。前へ歩き出そうとしたと思ったら、一歩引いたり、また前に出たりと落ち着かない。コンピューターが上手く処理できていないことは明らかだった。うう、とココロが顔をしかめる。


 気がついたら、穹は誰よりも前に出ていた。人形と正面から向かい合っていた。人形の目から、視線を外さない。

 両膝を地面に付ける。次に、額と地面を合わせる。


「申し訳ありませんでしたあっっ!!!!!」


 ずかずか入ってきたこと、邪魔したこと、眠りを妨げたこと。それら全てをぶつけるつもりで声を発した。その為か、山の中に穹の声がいつまでもこだましていた。


 もう駄目だと直感した。間違いなくこの人形は怒っている。激怒している。雰囲気から伝わる。祟りという名の怒りの鉄槌が下されるその瞬間の、秒読みが始まっている。土が異様なまでに冷たく感じた。


 だが、いつまで経っても、それは訪れなかった。


 頭を上げた。霊圧のようなものが感じられなかったからだ。寒気も吐き気も生じていない。


 視線をゆっくりと動かし、人形の赤い瞳と目を合わせる。腹をくくって見た作り物のそれからは、何も宿っていなかった。怒りもなければ恨みもなく、そもそも感情の類いが一つも見受けられなかった。


「もしかして……お怒りになってらっしゃらない……?」


 人形が一歩近づいた。確かに歩み寄ったと見える動き方だった。赤い目はどこまでも無機的で、ただの物体にしか見えない。なのに、自分で動いている。


「どうなってんだ、まじで……」


 クラーレがそっと近寄り、人形のウェーブがかった金色の髪を遠慮がちにつついた。人形の体がクラーレのほうを向き、直後クラーレから距離を置いた。触るな、と言っているように思えた。


「す、すまねえ……」


 クラーレが即座に手を引っ込める。シロが近寄り、鼻をひくつかせて人形に匂いを嗅ぐと、やはり人形はすっとシロから離れた。


「一体これは……。これもロボットの一種なのだろうか? 少々調べてみるか……」


 軽く屈んだハルが、人形に手を伸ばした瞬間だった。人形が素早く動いた。氷の上を滑るような歩き方だった。風を切りながら、穹の後ろに身を隠した。


「えーと、ハルさんのこと、怖いみたいです」

「怖い、か。ロボットも人形も、似たようなものなのだがな」


 頭のアンテナが少しだけ垂れる。穹は苦笑いしながら、「怖い人じゃないだけどなあ」と呟いた。


 人形は、穹の背中に隠れたまま動かない。


「えーと、じゃあ、パルサー貰っていいのかな……。ちょっとごめんね?」


 人形から、この人間達を呪ってやろうという気迫は感じられない。

先程は突然倒れることをやってのけたせいでパルサーがすっかり頭から抜け落ちていたが、今ならいいかもしれない。


 カゴについてある紐をそっと両手で掴む。人形と目が合った。赤色が鈍く瞬いた気がした。


「ぎゃっっっ!!!」

「どうしたソラ!」


 気がついたら後ろ向きに倒れていた。駆け寄ってきたクラーレに、呻き声しか返すことができない。


「き、急に頭が物凄く痛く……。あと凄まじい吐き気と寒気も……」

「はあ?」


 そんなわけないだろ、とクラーレが肩を落としながら、人形に掛けられたカゴを手で掴んだ。人形が、クラーレの姿を見つめた。


「っ!!」


 頭を手で抑え、足をふらつかせながら、クラーレが人形から飛び退いた。


「なんだこれ! 頭凄い痛くなるし目眩がするし気持ち悪いんだが?!」


 血色の悪い顔になったクラーレが叫んだ。でしょう、と穹が同意を求める。


「あれ、もしかしてあの人形、怒ってる……?」


 人形が、先程までと違う、と思った。体全体の空気が、禍々しく歪んでいる。そういう風に見えているだけか、実際にそうなのかは、わからなかった。


 やはり曰く付きは曰く付きだった、と思った。




 それからは軽い攻防が繰り広げられた。何としてでも人形が手にしているパルサーの入ったカゴを手に入れようと四苦八苦した。だが近づけば原因不明の体調不良に襲われ、動くこともままならなくなる。


 この体調不良というのが、少し我慢すれば、というレベルではないのだ。雨が降ろうが槍が降ろうが今すぐ病院に向かいたいと感じるほど、耐えきれないレベルで気分が悪くなるのだ。


 人形から離れれば、というよりパルサーを触ろうとしなければあっという間に治まるので、この人形の力であることは間違いなかった。


 クラーレと交互に人形に近寄っては体調を崩すを繰り返した結果、「無理だ!!」と二人して白旗を揚げた。これ以上続ければ本気で体がおかしくなると危険信号が鳴っていた。


 ではロボットのハルならどうかと言うと、それも上手く行かなかった。ハルが近づくと、途端に人形はちょこまかと小回りの利いた素早い動きを見せて見事に逃げてのける。


 それに無理矢理追いかけて無理矢理捕まえても、やはりカゴを手にすることは叶わない。


 一度人形を追い込んで捕まえたハルだったが、なぜかすぐに地面に置いた。

 理由を問うと、曰く、「コンピューターが正常に作動しなくなる」とのことだった。人間で言う、目眩や頭痛のような状態になるらしい。


 つまりお手上げだった。人形は頑なにパルサーを譲ろうとせず、手に入れようとすると守ってくる。人形の持つパルサーを穹達が手に入れる術が、現段階でどこにもなかった。


 今、人形を囲むように、穹達は地面に座り込んでいた。中央の人形は、人形の顔をしたまま涼しげに立っている。薄く笑ったまま変わらない表情に、素知らぬ顔、の形容が最もよく似合っているなと思った。


「詰んだな、こりゃ」


 木に背を預けて座るクラーレが吐き捨てた。気だるげに首を上に向ける。シロが真似をして、同じように空を見た。


「解析がしたい。分析がしたい。この人形を隅々まで調べたい。この人形は、私が何としてでも全容を調べ明かしたい。だが現時点では到底叶わない。ままならないものだ」


 正座をするハルが一人言を延々と呟いている。そんなハルを置いて、ココロは人形を食い入るように見ていた。人形から片時も目線を外していないが、肝心の人形はココロのほうを見ていない。


「せっかくここまで来たのに……」


 はあ、と膝を抱えて座る穹が、ついため息を零した。どうしたらいいものか。行き止まりの壁に当たっている気分だ。その壁そのものは、こんな小さい人形だというのに。


「どうやったら、パルサーを渡してくれる?」


 尋ねてみても、人形の口は動かない。穹とクラーレ、二人分の重い吐息が重なった。


 と。人形の体が動いた。地面を滑り、穹達の間を抜ける。


 どこに行くのだろうと、目で追った時だった。突然、歩く速度が上がった。

 足に車輪でもついているんじゃないか。それくらい滑らかで素早い動き。気がついた時には、そんな動きで階段を下りていく人形の姿があった。


「お、おい、逃げたぞ!」

「追うぞ! 絶対に私はあの人形を解析する!」

「ち、ちょっと待ってええ!!」

「ピイ! ピーーイ!!」

「あ~! うあ~!」


 ばたばたと纏まりのない足音を鳴らしながら、穹達は人形の後を追い、階段を駆け下りていった。

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