phase5.1

 未来の姿は、また背景に溶け込むようにして見えなくなり、再びの竜巻へとなった。


 目を白黒させる美月の横で、穹が「どうしたの?」と小声で尋ねた。

穹には今の未來が、見えなかったのだろうか。


 どうしたのと聞きたいのは、美月のほうだ。本当に、どうするつもりなのだろうか。


 だが、あの笑み。あれはまさしく、未來の笑顔だった。

太陽のように、明るくて、眩しくて、一点の曇りもなければ裏も見えない。

真っ直ぐな笑顔。


 美月は、戦いの場に視線を向けた。目に、力を込めた。少しでも目で追おうとしてのことだった。


様子が変わったのは、その直後だった。


 飛び回る赤い光が、消えた。

その光が上方向に飛んだ。


 遙か上空。うんと遠く。

刀を水平にした未來が、そこにいた。


 険しい表情だった。先程あんな笑顔を浮かべていた人物とは思えぬほど。

だが目を見れば、同一人物だとわかる。


 笑顔のように、目も真っ直ぐだった。

真っ直ぐな目で射貫くようにして、真っ直ぐに刃先をマーズに向ける。


 次の刹那、未來の体は地面へと一直線に下りていた。


 もちろん、来る方向がわかっている相手に無防備でいるほど、相手も甘くない。


マーズはしっかりと、剣を構え、防御の態勢をとっていた。

刀と剣がぶつかる。その一瞬の直前。


 くるり、と未來が刀を回転させた。


 マーズに向けられているのは、刃ではなく、柄になっていた。

その柄が指し示す先は、剣ではなかった。

もう少し、ほんのちょっとだけ、ずれたところ――。



 ガンっっっ!!!!!!

とても短く、とても重く、とても鈍い音が、丘にこだました。

 刀の柄。それは、マーズの手の甲と、ぶつかり合っていた。


「ぐうっ……」


 ふ、と、マーズの手が緩んだ。解かれるようにして、剣を持っていた手が開く。

赤い大剣は、為す術もなく、地面に落ちていく。


 それを見逃すほど、未來は甘くない。


 マーズが手を伸ばすよりも早く拾い上げると、力一杯森の方向に向かって投げた。

剣は木々の向こうに姿を消した。着地する音は、わずかにも聞こえなかった。


「……参った」


 絞り出すような小さな声は、震えていた。吐き出されると同時に、マーズの体は、地面へと崩れ落ちた。


「帰ってくれますか?」


 突き付けてこそいないが、鞘に戻す気配もない。未來は刀を手にしたまま、静かに問うた。

マーズは二回、首を縦に振った。


「舐めていたことは、否定しない。だがその結果が、このざまだ。……すまなかった」


 この通りだ、と頭を下げるマーズの姿は、鎮火して今にも消えそうな火種に見えた。


「あんたとは、またいつか、ちゃんとした場で、戦いたいものだね。その時は、お互い、全力を出そう」


荒れ狂う炎を沈ませた張本人である未來は、その言葉に、静かに頷いた。


「あんた、名前は?」

「未來。星原 未來」

「ミライか。覚えた」


 その名前を飲み込むようにして頷くと、マーズは立ち上がった。そこには敵意も、戦闘意欲も、すっかり無くなっているようだった。


「もう戦わない?」

「今は、な。雨も降ってきそうだし」


 マーズは空を仰いだ後、がしがしと頭を掻いた。


「凄い地球人もいるもんだね。……ああいや、宇宙人だったか。だがまあ納得だ。地球人でこれほどの奴なんて、絶対にいない」


風が吹けば消えてしまいそうな、静かな立ち姿。さくさくと芝生を踏みながら、彼女は、山の中に消えていった。

 足音が遠ざかっていき、完全に聞こえなくなる。

未來は、そこでやっと、刀を鞘に戻した。


「未來っ!」

「未來さん!」


 ばたばたばたと、慌ただしい足取りで、美月と穹は駆け寄った。

こちらを向いた未來の表情は、晴れやかだった。


「ああ、強かった~!」


 うーんと背伸びをし、だらんと伸ばした腕を下げる。そこに、先程の冷静で沈着な面持ちは、影も見えなかった。


「敵もなかなかやるんだなあ。緊張した~!」


 そう言う割には、緊張していた素振りは微塵も感じない。少なくとも、今この瞬間は。


「強かったのは未來のほうでしょ! あの強さは何?! 戦い馴れしているあの強さは……!」

「この服のおかげだよ。普段じゃ絶対に無理だよ」

「いやいやいやいや!」


 事実、美月も穹も、変身をしても苦戦を強いられたことが何度もある。

なのに未來は、ほとんど危うい場面がなかった。


「あと多分、向こうが本気を出してなかったっていうのも大きいかなあ」

「そんなのもわかるんですか?!」


 相手の戦闘力を憶測するほどの余裕もなければ知識も無い。穹の言葉に、美月は何度も頷いた。


「そんなことはいいから、行こう。ハルさん達、待ってるよ」



 未來に連れられて丘を下りると、町の入り口当たりに、今やもうすっかり見慣れたテレビの頭が見えた。そのテレビ頭は、ココロとシロ、両方を抱えている。


 涙の跡が残るココロの目は閉じており、ハルの腕の中ですやすやと眠っている。

シロは逆に目を覚ましたのか、ハルに抱きかかえられたまま、ぱたぱたとトカゲのような尻尾を振って、美月達を出迎えた。


「無事だったのか、ミヅキ、ソラ、ミライ!」

「未來がね、マーズを追い払ってくれたんだよ」

「何?!」


 美月の言葉に、ハルは大声を上げた。


「セプテット・スターを……? そ、それは本当か? 嘘を吐いているんじゃないだろうな?」

「嘘ついてどうするっていうのよ。私達三人、全員無事なのが何よりの証拠だよ」


 美月の後を追うように、未來もはい、とにっこり笑った。


「ししし、信じられない……。まさか、そんなことが。いや……。嘘だろう……?」


 ハルは何度も頭を振ったり、かと思えば上を向いたり、また振ったりした。その体は、がたがたと小刻みに震えている。


「なにせ地球人離れしてますからね、本当に!」


 えへん、と未來は腰に手を当てた。未來以外が言ったら笑えない冗談だなと、美月は顔を引きつらせた。


「……とにかく。ありがとう、ミライ。おかげで助かった。ミヅキとソラも、ありがとう。危ない目に遭わせてしまい、すまない」

「いいのいいの。何とかなったんだし」

「うん。ハルさんも、ココロも、シロも……」


 そこまで言ったところで、あっと穹は声を上げ、口を閉じた。


「……穹、今シロのこと、シロって……」

 口を手で抑えているも、美月は見逃さないし聞き逃さない。

ぐいと詰め寄ると、「だってつい……」と穹は手を離した。


「なんだっけ? アラギルスだっけ? それはやっぱり格好良すぎるよ。シロのほうがいいって」

「アルギュロスだよ……」


 ことの本人であるシロは、くりくりとした緑色の目を瞬きさせ、きょとんとしている。うーんと唸っていた穹だったが、そのしかめっ面が、少し崩れた。


「そうだね。白銀っていうより、真っ白だもんね、この子は」


 穹が喉元を撫でてやると、シロはとても気持ちよさそうに目を細めた。

シロ、と話しかけると、「ピイ!」と高い一声を上げた。その一言で、決定的になった。


「これで、名前も決まったね! これからよろしくお願いします、シロさん!」


 ぱん、と未來が手を叩いた時だった。

その耳が、突如として光に包まれた。


 美月と穹は目を見張り、「え?」と未來はそんな二人に目をまん丸くする。

その間にも、未來の左耳は、淡い光で包まれている。


 ぱっという効果音が聞こえてきそうな程、その光が散った時。

未來の左の耳には。インカムがついていた。


「どういうことです、ハルさん? あれって確か、何回か戦わないと現れないものなんじゃ……」

「未來はまだ一回しか戦ってないよ?!」


 問い詰める美月と穹に、未來は置いてきぼりをくらっていた。

え、え、と視線をさ迷わせながら手を耳にやり、やっとインカムがあることに気づき、目を見開いている。


「そう。いわば、経験値の度合いによって、コスモパッドの機能が強化されていく。ミライの場合、戦闘回数は一回だが、その一回のときに相手したのが、よりにもよってダークマターのセプテット・スターという、いわば強敵だった。それを退けた。だから現時点では、ミヅキとソラよりも、ミライのほうが、総合的な経験値が多い」


 それと、とハルは、美月達のコスモパッドを順番に指した。

「またアップデートが出来るから、やってみなさい」


 画面上には、アップデート完了を指す旨と、YesとNoの項目がある。ミヅキとソラはYesをタップし、未來も見よう見まねで、同じようにYesを押した。


 黒い画面が、眩く光る。と思った瞬間には、光が消えていた。

コスモパッドの画面は黒いままだった。衣装をざっと見返してみても、特にこれといった変化は感じられない。


「どこが変わったの?」


 そのまま思ったことを美月が聞くと、「画面をもう一度タップしてみなさい」との答えが、ハルから返ってきた。


 言われるがままに、美月は一番早く、もう一度画面をタップした。


すると。


 真っ黒だった画面が、突然切り替わった。そこには、白い液晶画面を背景に、青い星と、赤い星のマークが二つ、縦に並んでいるものが映っていた。


 美月は、同じように画面をタップした穹と未來のコスモパッドを覗き込んだ。


穹のコスモパッドには、黄色い星と赤い星が。未來のコスモパッドには、黄色い星と青い星が、美月と同様に、縦に並んでいた。


「黄色い星はミヅキ。青い星はソラ。赤い星はミライだ。これで変身をしていない通常時でも、コスモパッドを通じての会話が可能となる。喋りたい相手の星のマークを押せば、すぐに繋がる。それと」


 シロを手渡すかわりに、三人のコスモパッドを預かったハルは、そのまま慣れた手つきで指を動かし始めた。片手でぽんぽんと、画面を素早くタップしている。


 返されたコスモパッドを見ると、二つ並んだ星のマークの下にもう一つ、新たな黒い星のマークが追加されていた。


「その黒い星を押すと、私に繋がる」

「あれ、ハルはコスモパッド持ってないのに?」

「私にプログラムされている、会話機能のナンバーを入力したんだ」


 え? と美月は聞き返した。穹は苦く笑っていた。未來はただ、にこにことした笑みを浮かべていた。ココロはすっかり眠っていた。シロは元気そうに、地面の上を小さくジャンプしていた。


 その地面に、ぽつ、ぽつ、と、まだら模様が出来はじめた。全員が空を見上げると、灰色の雲の隙間から、雫が滴り落ちてきている。

気がつけば、すっかり雨の匂いが立ちこめていた。


「うわあ、降ってきた!」


 美月が手で雨を塞ごうとするが、どうやっても隙間を伝ってきてしまうものもある。

「すぐに帰ろう。それじゃあな、ミヅキ、ソラ、ミライ」


 慌ただしくハルはシロを抱え上げると、山に向かって歩き出した。


「あれ。ハルさん、宇宙船……」


 未來の声に、その場にいる全員が、魔法をかけられたかのように静止した。


 ハルの宇宙船は、今も変わらず山の中にあるだろう。マーズに壊され、ぼろぼろになったあの状態で。


「……なんとかする」


 背中を向けたままのハルの声は、いつも通り平坦としていた。

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