phase4「強襲!三人目のセプテット・スター」

 宇宙船の方向へと駆けている間も、音は絶えず耳に届いた。それは、嫌な予感を風と共に運んできている。


 ガンガン、と何かを叩く音。ガシャンと何かが割れる音。そしてまたドーンという、何かを叩きつけるような音。

それらが不規則に、けれども間はほとんど空いてない感覚で、聞こえてくる。

どの音も、同じような種類だった。硬くて大きなものが、殴られているような。


 とても、嫌な予感がする。

 美月には、そう感じる他出来なかった。


「ミヅキ、ソラ、ミライ! 今のうちに変身をしておきなさい!」


 行きとは変わって、先頭を走るハルが、振り向きざま叫ぶ。

美月はすぐさま軽く、穹は戸惑いの動作を間に挟みつつ、頷いた。


「えっ、変身……?」


 唯一、一番後ろを走る未來だけ、きょとんとしていた。えーとと言いながら目に宙をさ迷わせている。大事な舞台上ですっぽりと台詞が抜け落ちた役者のようだ。

ちらりと振り向いて未來の姿を見た美月は、再び前を向いた。


 説明している時間は無い。

美月と穹は、ほぼ同時ともいえるタイミングで、コスモパッドに右手人差し指を当てた。


「コスモパワーフルチャージ!」


 光が全身を包んでいるその間も、走り続ける。


「あ、そういえばそんなだった!」

「未來、シロお願い!」


 のんびりとした口ぶりの未來の胸に、美月は抱いていたシロを押しつけるように渡した。

こんな状況だというのに、シロはぐっすりと眠っている。


「だからシロじゃ……」


 全員の走る音と呼吸音に紛れたせいで恐ろしく小さかったが、穹が不満げな声を漏らすのが聞こえた。


 シロは凄い。それを見ると、ほんの少しだけだが、この焦りと緊張のみが入り交じった空気が、和らぐ。

今この状況で思うことではないかもしれないが、美月はそう感じた。


 しかしその一瞬の安らぎも、すぐに薄れる。


 木々の隙間を通って、現場の風が吹いてきた。

何かの焼け焦げる匂いが、鼻孔に届く。熱気のようなものが肌に伝わってくる。

ピリピリとした空気が、全身を包み込み、体中の肌が粟立つ。


「近いぞ、気をつけろ!」


  ハルが言い終わった直後、美月達は開けた場所に出た。


 ハルとココロの、宇宙船がある場所。今まで、何度も行き来した、見覚えある場所。

全員の目が、大きく、大きく、見開かれた。




 美月が、最初に見た宇宙船の姿は、今もありありと思い出せる。

黒焦げで、でこぼこな機体。所々剥がれ、配線やコードがショートしている様子がよく見える外壁。


 今、その光景が――その光景よりも――ひどい様となった宇宙船が、目の前にあった。


至る所から黒煙が立ち上っている。外壁は大きく捲れている。窓ガラスはほとんどが割れている。バチバチッと、ショートした配線が、電流を流して動作不良を訴えている。


凄惨な墜落現場かと見間違うような変貌ぶり。しかしそれは事故ではなく、事件だった。


「出てこいハルーーー!!!」


 鼓膜もろとも揺さぶるような怒声。その主と思われる人物は、扉の前に立っていた。


 濃い赤色の動きやすそうなパンツスーツを身に纏い、燃え上がるように真っ赤な短い髪の毛を炎のように揺らしながら、大きな動作で両の手を振っている。握られているのは、髪の色と同じ色合いの、大剣だった。


 見るからに重そうな剣を、難なく振り回し続けている。風を切る音が、美月のいるほうにまで届く。その剣がのは、宇宙船の扉だった。


 白い扉は黒く焦げ、ほとんどがぼこぼこにひしゃげていた。もういつとれてもおかしくないと、美月が感じた瞬間だった。


 ばきいっ。


 扉が、

がたん、と扉が機体から外れ、地面に落ちていく。


「もう家は割れてんだ!!! 観念して出てこい!!!」


 だん、と大きな音を立ててその人が宇宙船内に入り込んだ、その時だった。


「えええええええん!!!」


 ココロが、大きな声を上げて、泣き出した。怒鳴り声に迫力に、明らかに様子のおかしい周囲。怖がるのも無理のないことだった。だが。

くる、とその人がこちらを向いた。つり目がちの真っ赤な目が更に見開かれる。


「そこにいたか!!!」


 両手剣の切っ先が、こちらに真っ直ぐ向けられた。


「全員揃っているなんて都合が良い。あたいはコードネームマーズ。セプテット・スターのマーズだ! ビーナスちゃんとあの馬鹿に恥をかかせた仇、今ここでとらせてもらう!」


 炎の弾丸が飛んでくる。美月は一瞬だけ、そう見えた。

実際には、両手剣をまっすぐ構え、猛スピードで走ってくるマーズの姿だった。


 すれすれで避ける寸前、ストーブような熱風を感じた。

固まっていた美月達は、避けたせいでばらばらに散ってしまった。


美月は左方向、穹は右方向。間一髪で下がったハルと未來は、その二人の間にいた。


 第一撃を外したマーズの業火のような目がとまった先にいたのは、美月だった。

目で焼かれてしまうのでは。そんな眼が、こちらを見ている。

剣の柄を持つ手に、力を込めるのが見えた。


 まずい。そう感じた瞬間のことだった。

大きく、太く、切断される、風の音。

真っ赤な剣が、美月に向かって振り下ろされた。


 けれど、距離がある。振り下ろしたところで、刃には当たらない。避ける構えをしつつ、ほっと、美月の心臓が緩んだ時だった。


 熱風。確かに、その風を感じ取った。


 ふわりと、その体が宙に浮いた。


 あ、と言う間も無かった。


 美月の体は、大きく飛ばされ、ちょうど後ろに生えていた木に激突して止まった。


 背中が、痛い。


折れたのでは。ずきずきと、肉どころか内に広がる骨も悲鳴を上げている。

肩から伸びる白いマントが、ぱさりと垂れた。


「姉ちゃん!」


 慌てた様子で、穹が走り寄ってくる。

来ちゃダメ、と口を開いたときだった。ぐるん、とマーズが振り向いた。振り向きざまに大剣が上から下へと振られる。


「っ……!」


 弟の声も聞こえなかった。あの熱風にかき消されたのか、それとも声を出す暇も、出すことも出来なかったのか。穹も同じように飛ばされ、地面に転がった。


「ミヅキ、ソラ……!」


 木と木の間にいたハルが、一歩踏み出した時だった。

マーズの両手剣の刃が、右から左の風を切った。

直後。


 ばきばきばき。


 細かな枝を散らし、葉を落としながら、重々しい動作で木が倒れた。

ハルの前に、通行止めが出来たかのように、木が寝そべる。


跨げばすぐ越えられそうなのに、美月には、やけにハルとその奥にいる未來が、遠くに見えた。


「あんたはあとだ!」

「なぜセプテット・スター本人が相手を?!」


 珍しく、ハルは大きい声を出した。怒りが滲み出ているというより、マーズの気迫に押されないようにするために、あえて怒声に近い声を出しているようだった。


「さっきも言っただろ、敵討ちだ敵討ち! それと興味があんだ。あのアホとビーナスちゃんが攻めてきたってのに、降参どころか逆にこちら側が撤退しなくてはいけなかった。そんなあんた達の力がどれほどのものか、この身を通して知りたいんだ!!!」


 めらめらと燃えたぎる炎を、一瞬だけマーズが背負ってるように見えた。


「た、戦うっていっても……」


 美月は手を握りしめた。嵌められたグローブの鮮やかな黄色が目に入ってくるが、頭の中はその色を認識していなかった。

 ビーナスの襲来時、彼女はマーキュリーの時のように、戦闘用ロボットを繰り出してこなかった。

対ロボット相手でも大変なことに変わりは無いが、それでも戦える。恐らく、バトルもののアニメや漫画などの影響だろう。


 だが、対人間の場合は。


 美月も穹も、格闘技など習ったことがない。人間相手にどう戦えば良いか、全く知らなかった。


「この子達は関係無い!」

「どうだっていいだろうが!!!」


 ハルは倒木越しに、マーズと押し問答を続けている。

マーズの声は非常に大きく、ハルも負けじと声が大きくなっている。

その後ろで、シロを抱えた未來は、何一つ飲み込めていないといった表情で、呆然と立ち尽くしている。


 マーズはまだこちらを見ていない。今のうちに、何かを考えねば。秘策を、打開法を。


 だが、脳は面白いほどに回らない。


 美月は縋るような思いで、ベストについてあるブローチに触れた。それはもちろん何も答えてはくれない。ただ、ああ星形をしているなとわかっただけだ。


 いくら怖い敵とはいえ、人の形をしているものを、殴ったり蹴ったりするのは。


どうすれば、どうすれば。その言葉が駆け巡れば駆け巡るほど、周囲の景色が徐々に狭まっていき、自分を追いやり、追い詰めていく。


 ひゅっと息を吸い込んだ時だった。


『姉ちゃん、聞こえる?』


 遠くにいるはずの穹の声が、耳のすぐ傍から聞こえてきた。

美月は穹を見た。穹は座り込んだまま顔を下げ、覆うようにして頭に手を添えていた。


 なぜあそこにいる穹の声が。声を捉えた耳に、手を持っていく。


こつん、と何か硬いものが当たった。


 すっかり意識の外にあったが、その瞬間はっと頭の中が明滅した。

インカムが衣装に新たに加わっていたことを、思い出した。


「うん、聞こえてるよ」


 耳に手を添えたままだったが、これだとマーズがこちらを向いた瞬間に何をしているかばれてしまう。美月はインカムから手を離し、穹と同じように顔を地面に向けた。


『戦いだけど、相手の武器をはじき飛ばすだけでいいかもしれない。こっちは素手で向こうは武器がある。初めからフェアな戦いじゃない。きっとあの人、自分の方が有利だと思って、油断してるはずだ。そこを突いて、僕らが武器を奪う。上手くいけば降参して、撤退してくれるかもしれない』

「ということは、狙うのは……」

『うん。手だ。僕は、右を』

「私は、左、ね。やり方は?」

『ビーナスが姉ちゃんにやったように、腕を掴むのは?』

「うん。やってみよう。タイミングは?」

『この直後、はどう?』


 返事の代わりに、美月は頷いた。一瞬だけ顔を上げて、穹を見て、上げた首を上下させた。

遠目で、穹が瞬きをしたのが見えた。


 美月が、勢いよく飛び出した。穹も、立ち上がりながら、走り出した。


 狙うは剣を持つ腕。外れるかもしれない。でもそれでいい。驚いて武器を離してくれる可能性だってあるだろうし、ぶつかって痛いと感じれば、誰だって隙が生まれるというもの。


 声は出していない。インカムを通しての、小声での会話だけ。自分でもかろうじて聞き取れるレベルの声量だった。インカムが高性能なおかげか、ちゃんと聞こえたが。その上、コスモパッドの変身のおかげで素早さも大きく上がっている。


 マーズは気づいていないようだ。ハルと、その後ろにいる未來に、意識が向いている。


 気づかれるわけがない。いける。目の前が、一瞬明るくなったように見えた。


 美月は、やったと叫びたくなった。


 目一杯伸ばした両手は、マーズの左腕をがっしりと掴んでいたからだ。

穹の手も、右腕をしっかりと掴んでいた。


 見開かれたマーズの赤い目が、美月と穹を交互に見た。


美月は穹を見た。穹も美月を見た。


 美月はぐ、と手に力を込めた。


自分の手に、他人の皮膚の感触が伝わった。



 次の刹那。美月と穹は、先程自分達が倒れ伏せていた場所に戻っていた。

背中は先程よりも、更に大きな悲鳴を上げていた。


 ぐうう、と美月は呻いた。背中に手を当てようとするが、届かない。痛いところをさすりたいのに、届かない。


攻撃は、確かに届いていたのに。そこまでは良かった。その後だった。

マーズが掴まれた腕を、引いたのだ。

その腕を突き出すと同時に、美月は跳ばされていた。穹もだ。


「何、あんた達。奇襲攻撃? 正々堂々と、立ち向かって来いよ! あたいはな、あんた達が素手でも、武器を持っていても、負けはしない!!」


 鼓膜を、周りに生えている木の葉を揺らす声。ただ声量が大きなだけではない。相手を畏怖させ、屈することの出来る声の色だ。


「駄目だ、ミヅキ、ソラ! 逃げるんだ! 相手にしてはいけない! セプテット・スターは、高性能戦闘用ロボットと同じくらいの強さを誇る! 今の二人では歯が立たない!」


 ハルが、森の奥を指さした。


「山を下りろ! 町まで行けば、下手に手出しはできないはずだ!」


 もとより、戦いに固執はしていない。


 穹が地を蹴って、走り出した。ハルもしっかりとココロを抱きしめると、未來の手を強引に掴んで背を向けた。


 美月はわかったと返す代わりに、駆け出した。

高く高く飛び上がって、木を越える。


 その時。聞き間違いでなければの話だが、マーズの声が聞こえてきた。


美月は、背筋が突如として冷えた。


「堅い決まり事さえ無けりゃ、所構わず暴れ回れるってのに! ……まあ、全員、山にいるうちにとっ捕まえりゃいい話か!!!」

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