phase4.2

「時間も悪かったし、場所も悪かった」


 戦闘後の余韻。静謐の訪れる公園内。呆然し、興奮が冷めない美月に対して、穹は毅然そのものだった。


「ちょうど仲直りした直後だったんだよ。雨降って地固まる……ってね」


 余裕に溢れる笑みを浮かべる穹に対して、マーキュリーはただ立ち尽くすばかりだった。

今何が起こったか、信じられないという顔。

初めて彼が見せたその表情に、美月は自ずとわかった。自分達は、勝ったのだと。


「で、ここ。ここはね、ずっと昔から遊んでた場所なんだ。ここにある遊具、全部遊び慣れてるものばかりなんだよ。遊び尽くしてたからね。扱い方っていうのかな、慣れてるんだよ。そういうの」


 マーキュリーは一歩、二歩と後ずさった。一瞬だけ、焦りの中に、恐れの色が浮かんだ。

しかしすぐにそれは、怒りへと変化した。


「……まさか、こんなことになるとは」


 後ろに退いた足が、前に進み出す。


 まだするつもりなのか。美月が身構え、穹が笑みを消した、その時だった。


 甲高い電話のベルのような音が、その場にいる人全員の鼓膜に触れた。

マーキュリーは瞬時に、服から青色のスマートフォンのような形をした端末を取り出した。


はい、はいと受け答えする姿勢は、実に低い。この姿だけ見たら、とても自分達に向けていたような、慇懃無礼な態度をする人には見えない。


「はい、申し訳ありません。ですが……」


 頭を下げるその顔色が、突如変わった。「えっ?!」と目が見開かれ、時間が停止したかのようにそのまま固まる。


「し、しかし……」


 何を喋っているかはわからないが、有無を言わさぬという電話口の相手からの気配は伝わってくる。

しどろもどろになりながらマーキュリーは何かしら言っていたが、「……はい」という言葉を最後にそれは途切れた。


「……わかりました。すぐに戻ります。〈サターン〉、本当に申し訳ありませんでした」


 端末をしまうと、見開かれないと見えない黄色い瞳を、こちらに向けた。


「……そうですね。確かに、そちらの“運”が良かったと認めざるを得ません。ですが、次はこうはいきませんよ。……まあ、この星での商売ができただけでもよしとしましょうか」


 運、という言葉に、穹はそれまでしっかりと上げていた顔を伏せた。

マーキュリーは足音を立てながら、来た時と同様に公園の出入り口まで歩いて行った。


「この星、じゃなくて地球!」


 美月が一歩足を出した時には、既にマーキュリーの姿はどこにも無かった。

カラスが鳴いている。影が濃くなって、輪郭が溶けてきている。

気がつけば、柿色の太陽の光は、だいぶ弱くなっていた。


「ミヅキ、ソラ。二人とも、大丈夫か」

 その場から離れ、身を隠していたていたハルが、いつの間にやら傍に来ていた。

二人の具合を確かめるように体を見た後、頭をマーキュリーが去って行った方向に向ける。


「……とりあえず、しばらくは大丈夫だろう」

「……うん」


 緊張の糸が緩み、座り込みそうになるのを踏ん張って耐える美月の横で、穹は冷や汗を拭った。

 変身を解除して長く息を吐き出すと、ようやく脈拍が一定のリズムを叩き始めた。


「それにしても、あのシーソーを使った動きは凄かったな」


 ハルがシーソーのほうに頭を向け、感心深げな様子で言った。


「あれはね、子どもの頃やってたのよ。似たようなこと」

「そうそう。今考えたら、凄い危ないけどね」


 座らずに、ジャンプしながらシーソーに乗るという遊びにはまっていた時期があった。

近所に住む友達からの告げ口があって家族に大目玉を喰らって以降は、封印していたが。


 美月は穹の顔を見た。何、と穹は小首を傾げる。


「なんでも!」


 腕を組んだ後、穹とは違う明後日の方向を見た。


この作戦が、上手くいったのは。穹が、ちゃんと覚えていてくれたおかげ。

そんなことを言葉にするつもりは、ない。


「では改めて!」


 美月は手を天へ高く掲げた。

「私、宮沢 美月は、ハルとココロを守る護衛人になります!」


 上げた手を、そのままハルへと差し出す。ハルは頷いてその手をとり、ココロはその指に触れてきた。


「じゃあ僕は……護衛人を守る護衛人ってことで」

「うわっ、頼りない」


 口に手を当て、わざとらしく大きくのけぞる美月に、穹は力なく笑った。


「頑張るよ、僕。“昔”、姉ちゃんが僕を守ってくれたように。“今”は、僕が守る」


 自分の言葉を確認するように何度か頷いた後、穹はハルと向き直った。

じっと、テレビ画面を見る。次いで視線を下げ、ココロの赤と青の目を見つめる。

ココロはきょとんと頭を傾けたが、やがてその顔が笑みをたたえたものになった。


「あ~」


 ハルの腕から身を乗り出して、手を伸ばしてくる。

穹はそれに応えた。人差し指でとん、と指先に軽く触る。


 絡んで固まっていた糸がほどけるように、穹の顔が柔らかくなった。

タッチした手を広げ、ハルに見せる。


「ハルさん。これから、よろしくお願いします」


 息を飲んだように、ハルの口が小さく開いた。

その口の口角が、徐々に上がっていく。

うん、とブラウン管テレビが上下した。


「こちらこそ、よろしくお願い致します」


 かしこまった挨拶に、思わず笑ってしまいそうになる。吹き出しそうになるのを堪える穹の手を、ハルは握った。穹は一瞬目を見開いて、ハルとハルの手を交互に見た。

手を離した後、ハルと握手した手をまじまじと見つめた。


「あ、びっくり。本当にロボットなんだね」

「そう言っているだろう」


 美月は胸に手を当て、上下させた。何だかとても、心が軽くなったような気がする。

ここ最近、ずっと味わえていなかった感覚だ。穹も同じような気持ちを味わっていたらいいなと、顔を見た。


 辺りが暗くなってきたせいで、はっきりとは見えない。

けれど穹の顔を見た美月はまた、ほっと息を吐きそうになった。


「穹、知ってる? ハルね、物凄く沢山の本を持ってるんだよ。書斎見たの!」

「えっ?!  嘘?! 本当?! ハ、ハルさんっ!!! 是非とも招待してください!!!」

「構わないが、ソラには読めないかもしれないよ。地球の本ではないからな」

「地球の本じゃない……? ますます気になります!!! 今から行こう!!!」


 ハルの腕をぐいぐいと引っ張る穹に、翻訳機能がどうたらとぶつぶつ呟くハル。

面白いのか楽しいのか、きゃっきゃっとはしゃぐココロ。


「穹~。気持ちはわかるけど、もう帰らないとだよ」


 頭を天上に向けた後、美月はハルにしがみつく穹を引き剥がす為、駆け寄っていった。



 この先、何がどうなるかまるでわからない。

怖いことも、嫌なことも、起きるかもしれない。

しかし、きっと、それ以上にとても素敵なことが沢山起きるような、そんな予感がしていた。


 濃い紫色の空に、一つの星が煌めいていた。

それはまるで、これから起こる出来事を示唆しているようだった。




Part1:出会い編 【終】

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