Part2:集まる仲間編

Chapter1「来訪、宇宙生物」

phase1「空からの来訪者」

 「……よし、これでいいはずだ。ミヅキ、ソラ。変身をしてみてくれ」


 トレンチコート姿のその人物は、液晶画面のついたバングルのようなものを二つ手にしていた。


 宮沢 美月は、ベルトが黄色いほうを取った。

宮沢 穹は、残った水色のベルトのほうを手にし、顔を見上げた。


 頭部がブラウン管テレビという、およそ人から最も遠い場所にいるような――実際、ロボットである――存在、ハルは、特に恐ろしくもなんともないが、そのあまりにも人間離れした姿を見ると、反射的に、一瞬だけ体が縮こまってしまう。


 マーキュリーがダークマターに帰っていってから、実に一週間という時間が流れていた。

その間、特にこれといった事件は何も起きず、まさしく平和そのものだった。


 束の間の日常を堪能していた美月と穹がハルに呼び出されたのは、そんな折だった。

 聞けば、先の戦闘を分析した結果、より円滑に仲間同士で連絡を取り合い連係プレーをしやすくするため、コスモパッドを改造するというのだ。


 「もともと変身できるように改造したのは他ならぬ私だ。簡単に出来る」とも言っていた。


 なので美月は穹と自分達のコスモパッドを、ハルに預けた。二日経った今日この日、再びハルから「終わった」と呼び出されたのである。


 そして、話は冒頭に戻る。


「コスモパワーフルチャージ!」


 変身時の口上を名乗るというものは、実に非現実的で緊張する。

美月も穹も、表情を堅くしながら、名乗りを上げた。そう言った。


 またもや画面から光が溢れ、美月と穹の全身を包み込む。

一瞬の後に晴れたとき、二人の服装は大きく変化していた。


 シャツにベストにジャケットという堅い格好だが、この姿になるといつも体が軽くなるのだから不思議だ。白いマントがふわりとはためく。


 美月はどこが変わったのかわからなかった。ワンピースの裾を軽く持ち上げ、その下に穿いているレギンスを引っ張ったとき、耳の辺りに違和感を覚えた。


 左耳を触ると、何か硬いものに触れた。その状態のまま穹を見ると、穹の左耳にも、何かついている。それは白くて丸く、黒いマイクのようなものだ。


 穹はズボンのしわを直していたが、美月に言われて耳を触ると、「これって確か」と目を閉じた。


「あ、インカム?」


 その辺りを触りながら、穹は思い出したかのように目を見開いた。


「そうだ。今度から、ミヅキとソラ二人の間のみだが、変身中インカムを使って会話をすることができるようになった」

「何それ! 凄い便利じゃない!」


 前々回の戦闘時、美月と穹は思うように連携が取れず、大苦戦した。


その次では、嘘のようにしっかり連携が取れたが、あれは仲直り直後の特殊な状況というのが大きい。いつも毎回あんなに楽にいくとは限らないし、本人達にもその自信がまるで無かった。

 なのでこの機能は、素直に有り難いと感じられた。


「もしもーし、聞こえる?!」


 ハルの説明を聞き、通話が開始されるというボタンを押すと、インカムに手を当て、早速喋ってみた。

 壊れていなければ、聞こえてるはずだ。

だがなぜか、横にいる穹は引きつった笑みを浮かべている。


「う、うん、聞こえてるけど……。えーと僕も喋ってみるよ。……あーあー、マイクテス、マイクテス」


 その声は、しっかりと、はっきり聞きとれた。インカムからではなく、すぐ隣から。


「ちょっと、これじゃテストにならないじゃない!」

「だからそういうことだって!」


 むくれた美月に、穹はハリセンでも持ってきそうな勢いで突っ込む。


「二人とも。これが活きてくるのはお互いが離れた場所にいるときだ。今ははっきり言って、役に立たない」


ハルの冷静な言葉により、火花が飛び散りそうだった美月と穹の間は、なんとか冷却できた。


「アップデートを重ねていけば、出来ることが増えていく。単に戦うだけでなく、様々な技を繰り出したりも可能になるらしいぞ」


 へええ、と美月はまじまじとコスモパッドを見つめ、穹はあれこれと想像を巡らせた。


「技か……。どんな風になるんだろう?」

「ビームをバババ! って出したりとか、光る剣が出せたりとか、そういうのじゃない?!」


 SFでよく出てくる技といえば、美月の想像力ではそういうものしか思い浮かばない。

穹は白い目を送った。


「いや、武器が最初に変身した時点で支給されてないからこれからも出てこない」


 喜んでいるところを悪いが、とハルが割って入ってきた。「なんで?!」という声が二人分、重なった。


「二人に最も最適格な武器。それが、己の拳だ。コスモパッドは、そう判断したのだろう」


 ビシ、と音が聞こえてきそうな程鋭く、ハルは二人の手に向かって指を指した。


「こ、拳……」


 グローブの嵌められた両手を美月は見つめた。

これから先、何かあった場合は自分の拳で語れ。そういうことなのだろう。

見えない圧力に押された気がして、美月はううう、と声にならない声を上げた。


 そんな美月に、ハルの腕の中にいるココロは、おかしそうに笑った。

ご機嫌に、手をパチパチと叩いていたりしている。


 月日の経過というものは実に早い。あの流星群の夜、ハルとココロの邂逅から、もうすぐ一ヶ月が経とうとしていた。


 6月に入り、梅雨入りもそろそろかという頃合いだった。5月の爽やかさを覆い隠すようにして、雨雲が生まれる日も多くなってきている。


 そんな中、美月も穹も、週に何度かの割合で、ハルの宇宙船を訪れていた。

学校が終わった帰りだったり、休日の日だったり。そうやって週に何度かハルの宇宙船まで行き、そこで少し過ごして帰る。


 この日々に慣れ始めてきていること、日常の一部と化してきていることが、未だに不思議な気持ちだった。


 主にすることは、雑談だ。


 ハルは宇宙船の修理で忙しく、ココロと散歩する時ぐらいしか、表に出ることが出来ない。また時間も足りず、なかなか町まで行けない。

しかし、地球での暮らしは知りたがっている。なので代わりに、美月や穹が、地球での日々について口頭で説明していた。


 説明といっても、二人はただ今日あったことなどを話しているだけだ。

 それでもハルにとっては大変興味深いらしく、二人の話を食い入るように聞く。


 今日も、家から持ってきたお茶の葉っぱで、ハルがキッチンで淹れてくれた緑茶をお供に、なんてことない話に花を咲かせていた。


 会話を交わしている時。ハルが宇宙から来たことも、ロボットということも、忘れそうになる。


事実、忘れているのかもしれない。


 壊れた宇宙船の中。頭部がテレビで出来たロボットと、その“仲間”である赤ちゃんと、向かい合って、喋っている。そして更に、笑い合っている。


 美月はこの状況を、疑問に感じなくなっていることに何よりも驚いていた。

その一方で、楽しいからいいじゃないかとも、思っていた。


 実に穏やかな、平和と名のつく空気が流れていた。



 その空気が、轟音と共に破られた。

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