phase1.3

「これは……戦うことを専門とした、戦闘ロボットだ!」

「ロ、ロボット?!」


 美月は目の前の土管だったものと、ハルを交互に見た。


 横になって積まれていた時はなんともなかったのに、こうして縦になっている姿を見ると、いかにこれが巨大なのかよくわかる。大人2人以上はあるだろうか。

土管の目の下に描かれている紋章は、明るくなったり暗くなったりを繰り返している。


「こ、これ、さっきまで普通の土管だったんだよ?!」


 穹の指す人差し指は、震えていた。

その土管は、こちらに向かってこようともせず、何のアクションもしてこない。

しかし、同じくこちらも何も動かなかった。動けなかったといったほうが正しい。


「確かに、さっきまでこれは普通の土管だった。しかし、今は戦闘用に改造されている!」

「改造?!」


 巨体につかれた黄色い目の光が、刃物のように美月達に刺さる。眩しくないのに、眩しい。


「一体なぜだ……。どうして急に……」

「に、逃げることはできるんですか?」


 穹が恐る恐るといった調子で、考え込むハルのコートの裾を軽く引っ張った。

ハルはそんな穹に顔を向けて、「それは難しい」とその首を振る。


「時間を稼いで、隙を作ってからでないと、逃げ切ることは困難だ。私がなんとかするから、ミヅキとソラはココロを連れて逃げてくれ」


 抱っこ紐を外しココロを穹へ渡したハルは、コートの袖を捲り、右手を宙に差し出した。手先が鋭い形状に変化し、腕がきらりと光を反射する。右腕が、剣へと姿を変えていた。

 刃の先を真っ直ぐ目の前の土管に定めている剣には、張り詰めたような空気を纏っているのが見える。


 美月は見るのが二回目のその姿にあ、と声を上げ、ハルのその姿を初めて見る穹は目を見開いた。


「ターゲット、抵抗ノ意思確認。戦闘モードON」

 今まで動かなかったロボットが、重量感溢れる足取りで動き出した。


「注意は引けた。二人とも、いまのうちに……」


 軽く振り向いたハルの視線の先に、美月はいなかった。

いつの間にか、彼女はハルの前に立っていた。


「コスモパワーフルチャージ!」

 淀みない真っ直ぐに渡る声で、変身の言葉を唱えた。

変身するのはこれで三回目である。美月はもう慣れたらしく、そこには一切の戸惑いの翳りが見られなかった。足を一つ前へ出した時、、ブーツが石を踏む音が鳴った。


「ほら、穹も!」

「な、なんで僕も?!」

「援護してちょうだい! 力を合わせれば、きっとなんとかなる!」


 穹は声になっていない声で何やら呟いていたが、迷っている暇は無いと観念したのか。なるべくハルの顔を見ないようにしながら、ココロを渡した。

 美月の隣に並ぶと、辿々しく変身の言葉を紡いだ。そしてぎくしゃくと自分の格好を見て、ジャケットのしわを軽く引っ張った。


 美月の真っ直ぐで強気な目と、穹の伏せ目がちで弱気な目。それらと、一つの黄色い目が交差した。


「新タナターゲット捕捉。攻撃性能強化」

 ロボットの手足が太くなった。


 そんなことせずとも、さっきのままでも充分手強そうだったのに。舐められるのは好かないが、あまりに本気を出されるのも嫌だ。

美月はむっと眉をひそめた。


「姉ちゃん、なんか強化されちゃったよ?! どうしよう!」


 視界の端でばたばたと手を振る穹から目を背けたまま、「どうしようもこうしようもない!」と一喝した。


「早く片付けて、雨が降る前におじいちゃんを迎えに行くよ!」


 今、やるべきことが別にある。大小など関係無い。それはやり遂げなければならない。邪魔などさせない。


 ロボットが手を大きく振りかぶった。拳が地面に落ちるまで、少しの猶予があるはずだ。


 美月は勢いよく地面を蹴った。攻撃を仕掛けるなら今がチャンスだ。

だが振り下ろされた拳は、美月が思っていたよりもずっと速かった。


攻撃をしようと固めていた拳を、慌てて防御の姿勢にして受け止める。

重い衝撃が伝わった。ぶつかり合った拳を中心に、体中に電流が流れたかのようだ。

 手を離しそうになるのを堪えるのに精一杯だった。そのせいで、もう片方の手が振りかぶられたことに気がつかなかった。


「姉ちゃんっ!!!」


 間一髪、すれすれでその手を受け止めたのは穹だった。両手で持ち上げるようにして支えている。だが美月と同様に、穹もこの状態をキープするのが限界のようだった。

真っ赤になった顔から、「おもい……」と絞り取られたような声が出される。


 この状態からどう抜けだし、どう攻撃に転じるか。考えを巡らせ始めた二人の注意力は、散漫になった。


「危ない!!」


 ハルの叫んだ声に、美月も穹も反応が一呼吸遅れた。

ロボットが片足を後ろに引いたかと思うと、見えないボールでも蹴るように、勢いよく突きだしてきた。


 巨体から繰り広げられたキックは、当たっていなくても凄まじい威力だった。

傍を掠め去った風に煽られ、美月と穹の体は大きく後ろに飛んだ。


「こ、こいつ強すぎるよ!」


 穹は吹っ飛びつつも、どうにか足で地面に着地できた。だが美月は受け身をとったものの、崩れて倒れてしまった。


「……それでもやるの! 大丈夫! 力を合わせれば!」


 転んだ体を半分起こした先で目に入ってきたのは、ハルの後ろ姿だった。

ロボットは美月や穹にはもう興味を示しておらず、ハルに向かって真っ直ぐ近づいている。


「穹、今なら……」


 駆け寄った穹に、美月は目配せした。穹は何度か大きく瞬きした後、小さく頷いた。

美月は半身を起こした状態のまま、穹は美月に駆け寄ってしゃがみこんだ状態のまま、固まった。


 ハルがじりじりと後ずさりし、その分ロボットが近づく。

目の前にいたハルが、二人の後ろまで下がった。

地響きを鳴らして、あと一、二歩、もう目の前までロボットが近づいたという時。


 美月がさっと穹の目を見た。穹は瞬きで応じた。二人の体にわずかに力がこめられた。


 二人は大きく跳び上がった。その巨体の左右に挟み込み、ほぼ同時ともいえるタイミングで、美月は拳を、穹は足を使い、一切の力を叩きつけた。

渾身とも呼べた。手は一切抜かなかった。


 だが、目の前の巨体は、わずかも動かず、傾きもしなかった。

代わりに返ってきたのは、力一杯叩きつけた分の力だった。


 あまりの痛みに、美月と穹の力は緩んでしまった。

ロボットが片腕を大きく振り、巻き起こった風に為す術もなく吹き飛ばされた。

美月と穹は、ちょうどハルの両隣に落ちるような形で、着地した。


「いくらなんでも強すぎでしょ……!」

「やっぱり無理なんだよ!」


 美月はどうにか体を起こしたものの、これからどう動けば良いのかわからなかった。穹はもう諦めているのかなんなのか、倒れこんだ状態のままだった。


 殴っても蹴っても、相手はびくともしない。逆に自分達のほうが痛い思いをしてしまう。これで一体、どうやって戦えば良いというのか。


「ロボットの元、が土管というものである以上、あのロボットがとても堅いのは仕方が無い」


 ゆっくりと近づいてくるロボットから目を逸らさないまま、おもむろにハルが口を開いた。

そちらのほうに美月が目を向けると、更にハルは「溶かしでもすれば、あっという間に動けなくなるだろうが……」と呟く。


「溶かし……って、無理だよ、そんなの!」

「ならば、とりあえず相手を転ばせてくれないだろうか。あれほどの巨体だ、転べば起き上がるのにも時間がかかるだろう。その隙を狙うんだ」

「転ばせるって、どうやって……?」

「足だ」


 ハルはロボットの足の辺りを指さし、指先で弧を描いた。


「正確には足首、だ。あのあたりは堅くない。攻撃が通るはずだ」


 ロボットの腕と足首に当たる部分は少しだけ細かった。更に関節を動かしているようにも見えるそれらはコンクリートにも鉄にも覆われておらず、堅い物質でできている印象は見受けられなかった。


「正面からいけば防がれる。どちらかが引きつけるんだ」


 ハルの声が少しだけ抑えられ、テレビ頭が美月と穹を順番に見る。


「それなら……!」


 美月は穹の顔を見た。穹は疲れ切ったような表情をしていたが、「わかったよ」と小さく頷いた。


 前を向き、一気に駆け出すと、ロボットの前で跳び上がった。

両者の拳が構えられ、ぶつかり合った。

痛みと衝撃で穹の顔は歪んだが、それでも耐えて、空中で何度もぶつけ合っている。


 ハルが小さく頷いたのを確認し、美月も駆け出した。

穹が頑張って懸命に注意をひきつけているおかげで、ロボットは迫り来る美月に全く気づいていないようだった。


 巨体を支えるだけの機能しか持っていないような、白色の足首が目の前で揺れている。


 美月は片足に狙いを定めた。足首も想像以上に頑丈だったときのことを考え、体当たりしてからの足首を抱きかかえて後ろに倒す方法をとろうと思った。両腕を前に出し、構える姿勢をとる。


 油断さえしなければいい。このままいけば上手くいく。美月は確信した。


「あっまずい!」


 上方から切羽詰まった穹の声が聞こえてきたのは、その時だった。

ロボットが繰り広げたパンチが穹に命中した。穹は防ぎきれず、攻撃を受けてしまった。


 それまで穹一点に向けられていた注意が、別の場所に向く。


 美月が狙いを定めていた足が、後ろに下がったのが見えた。

危険だと思う間も無く、その足は前へと突き出される。

強力なキックは見事ヒットし、美月は大きく後方へと飛ばされた。


「うう……」

「も、もうだめだ……」


 咄嗟に防御し、二人ともどうにか動ける状況ではあった。

しかし、同じ手はもう使えず、打つ手がない。


 ロボットが大きな体を揺らして近寄ってくる。その速度は先程までのゆっくりとしたものではなかった。満身創痍の二人にとどめを刺そうとしているのが嫌でも理解できる。


 穹の身が縮こまり、ハルが、前へ一歩歩み出た。

 美月は、思わず目を瞑った。視界が真っ黒に遮られた中で、ロボットの重々しい足音だけが聞こえてくる。


 その時。その音が、ふいに止んだ。

瞼を開け、目の前の光景がどうなっているのか確かめた。


 ロボットはすぐ目の前で、今にも駆け出しそうな姿のまま、固まっていた。

点滅していたマークの光が消えており、黄色い一つの目も閉じられている。

時間が止まったかのような土管のまわりを、幾つかの水の塊のようなものが、メリーゴーラウンドのように回っていた。


「止まってる……?」


 恐る恐る近づいてみたが、ロボットは何の反応も示さない。

美月は何か見ていないのかと、穹の目を見て問うた。


「それが、突然水の塊が後ろから飛んできて……」


 首を傾げながら立ち上がろうとする穹の横で、ハルが勢いよく振り返った。

美月、穹、ハル、ココロ……。美月と立ち上がった穹がそれ以外の人物の気配に気がついたのは、その直後のことだった。


 振り向こうとしたいのに、なぜか出来ない。美月はもう一人の自分に、振り向いては駄目だと告げられている気がした。


 背後から冷気を帯びた空気が漂ってきた。この空気を、美月は知っている気がした。


今日。それも時間にしてさっきのこと。その時、経験したものだった。


 見たくない。なのに、体を捕まれ強引に振り向かされたかのように、美月の体は後ろを向いた。


 商人と名乗ったあの男性が、そこにいた。作り物のように完璧な笑みをたたえて。


「また、会いましたねえ」

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