Chapter1「彼方からの来訪者」

phase1「流れ星が運んだもの」

 周囲はすっかり闇に包まれている。

空を見上げると、満天とは言えないが、数多くの星が見える。

星を隠すような雲も、今のところは見当たらない。


 宮沢みやざわ  美月みづきは、ほっと安堵の息を漏らした。

晴れるという予報だったが、自分の目で見るまでは不安は拭い去れなかった。


 5月の爽やかさを含んだ夜風が、美月の栗色のポニーテールを揺らした。

後方に生い茂っている雑木林が、風に揺られてざわざわと音を立てる。


 周りを見回しても、自分達が持ってきた電球式のランタンと懐中電灯の明かり以外は全く無く、辺り一帯はとても暗い。


 また、実に静かだった。夜の静寂に混じって、どこからか虫やカエルの鳴き声が聞こえてくる。


 やや遠くに、自分達の住んでいる町の明かりが見えた。


「じいちゃん。水瓶座流星群って、水瓶座の星が流れるの?」

「いや、違うよ。見える方向にたまたま水瓶座があるだけで、水瓶座そのものは何も関係無いんじゃよ」


 レジャーシートに座った美月の隣で、弟のそらと祖父の源七げんしちがそんな会話を交わしていた。


 今夜、水瓶座流星群が観測の極大日を迎える。


 美月達は、美月と穹の通う中学校の裏に回って少し行った所にある裏山に来ていた。

 今三人は、裏山を少し登ったところにある、崖の上の開けた場所にいる。


 二年生の美月は何度か興味翻意で登ったが、穹は先月入学したばかりなせいかこの裏山に登るとき、どこか物珍しさと不安を足したような表情を浮かべていた。


 今晩の流星群を見に行こうと計画し、じゃあどこで見るかという話になった時、この場所はどうかと提案したのは、源七だった。


 ここは意外と誰も知られていないが、実は星がとてもよく見られる場所なのだと。

天体観測には絶好の場所であり、そして絶好の穴場スポットでもある、と。

 実際に訪れてみると、源七の言ったとおりだった。町の明かりが遠くて邪魔されず、星が実によく見える。


 天候も気候も最高だった。おまけに今夜は新月で、月明かりが無い。

こんな最良の条件が揃う事なんて滅多に無いと、源七はしきりに口にしていた。


「あの星のどこかで生きている、宇宙人も……こんな風に、星空を見上げているのかもしれんな」


 美月は、そんなことを言う星が大好きな祖父の横顔を見やり、再び夜空へと顔を上げた。


「ところで、流星群はまだ?」


 先程から全く星が流れず、美月は若干退屈に感じ始めていた矢先、穹が口にした。

源七はそうじゃなあと、腕時計を目にする。


「もうそろそろだと思うがな」

「うーん、退屈……」


 穹がふわあとあくびをする。


「ふむ、そうじゃな。……二人とも、上を見てみなさい」


 源七が、夜空に向かって指をさした。

 言われるがまま二人は上を向くと、源七は丸い銀縁眼鏡をかけ直しながら、


「あそこに七つの星が見えるじゃろう。あれが北斗七星じゃ」


 と、空の一点へ指を指した。


「あそこからあそこまでの星を全部繋ぐと柄杓の形に見えるじゃろう?」

「あ、確かに! ……でも、だいぶいびつな形ね」


 美月の言葉に穹はウンウンと頷き、源七は声を立てて笑った。


 他にも星座がどこにあるか、源七は二人に教えてくれた。


 星座盤などは持ってきていない。源七はどこに、どの星座があるか、全部頭の中に入っているのだ。

 忘れないように、毎日必ず図鑑を見ていると本人は言う。


「で、あれが獅子座じゃ」


 一通り説明し終えると、源七は真上の空を指さした。


「あの星からあの星を繋ぐと、獅子座の完成じゃ」

「へえ、昔の人達って凄いね。普通いくら星眺めてたって、僕は星座なんて思いつかないよ」

「私もだよ!」


 昔の人々はどうやって星座を作ったんだろうと考えたが、上手く想像できなかった。


「今みたいに夜も明かりがこうこうと、なんてことはなかったからな。昔の人達は、夜暗くなったら、星を眺めるくらいしかやることがなかったんじゃよ。毎晩毎晩、ずうっと星を眺め続けているうちにふと、星座が思いついたんじゃ無いかな」

「じゃあ、曇ってる日とかは本当にやることなくて暇」


 だったんだろうな。美月はそう言おうとした。だが、その口は開いたまま、続きが発せられることは無かった。


 すぅっと、美月の頭上を一筋の光が走った。

源七が慌てた様子で明かりを消したのが目の端にうつった。

完璧な闇が辺り一帯を覆った。一瞬、何も見えなくなった。


 美月は懸命に目を凝らし、空を見上げ続けた。

やがて目が暗闇に慣れてくると、その光景に美月は、言葉通り心を奪われた。


 幾多もの光の筋が、漆黒の空を駆け抜けていく。

目で追うまもなく、その光はすぐに消えてしまう。

だが、またすぐに光が現れ、そして消えていく。


 虫やカエルの声も、風の音も、何も聞こえなかった。聞こえていなかった。

光の音が、聞こえてきそうな気がした。

全ての意識が、頭上へと向けられていた。


 いっさいの静寂の中、美月は願い事を言うのも忘れ、ただひたすら

空を走り抜ける多くの光に見入っていた。

 

自分が泣いていることにも、気づかなかった。






 流星群の観測されている夜空よりも、ずっとずっと上にある場所。


 地球からほど近い宇宙空間に、突として、星以外の物体が出現した。


 所々外壁や装甲は剥がれ落ち、加えて火事の跡のように黒く焦げた機体。

 その、もとは白かった宇宙船の操縦室内に、一人の人影がいた。

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